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152号 太陽

152号 太陽

優等生であった息子の茶髪
「人に出会うのも恥ずかしい」と母親は言った
臍だしルックで付け睫毛のずっこけ娘
「あれはわが子ではない」と父親はぼやいた

その息子が電車のホームから
転げ落ちた老人を救い
臍だしルックの娘が恵まれない
施設の子どもたちに絵本を読んでいるという

どっちが本物でどっちが虚なのか判らない
スマートホン片手の息子と娘 だが

「絆」という掛け声
「オリンピック」という喚声
「平和のための国防軍」と言われれば

どれも嬉しいまことの言葉のように思えるが
それは進軍ラッパ一つで変るのだ
「一億一心」「挙国一致」「八紘一宇」

茶髪、臍だしルックなんて可愛いものよ
それよりも言葉の中に潜むもの
それよりも言葉の奥に隠れているもの

今日も我が家の洗濯物を揺るがせながら
自衛隊機が爆音高く飛んでいった

いつものように隣に座ると
あなたは尋ねましたね

わたしが隣でいいの
そのときなんと答えたのか

どうしても思い出せないのです
憶えているのは
コップ酒を飲んだあとの
とびっきりのあなたの笑顔です

信号が青になって
あなたが旅に立ったと
教えてくれる人がいました

夕闇の中で
境目を失くしていく街の影が
傷くてたまりません

あなたが歩いている
白い町の小さな郵便局の
赤いポストに
切り取った風景を投入してください

伝える言葉をなくした 
あなたの消息が
一葉の便箋に託され
むらさきの風に乗って
灯りはじめた街に届くように

あなたが渡っていく
渦巻く明るい銀河から見える
透けていく私の背中や
あなたがいた街の
青い信号機のことも

竹林に入る

風が止んでいる
下草はない

太陽が見えない
北も南も解らない
帰る方向を見失ったようだ

過去と未来が地下茎で繋がり
時間が絡まっている
竹の春は秋
竹の秋は春
季節さえも狂いはじめた

今は一体 いつなのか
此処は一体 どこなのか

からめとられた私は彷徨う
竹の時
永遠の今

雨がふると
なつかしい人を思い出す

男も
女も

きっとさいごはこうやって
一つの荷物にくるんとまとめて
あっさり持って行くだろう

よかったことも
わるかったことも

私という記憶の中につめこんで

目をつむって
開けるだけで
闇になることがある
目の前にかざした
自分の手のひらすら見えない
見えないどころか
俺が腕をのばすと
はるかかなたに
手は行ってしまって
これは手だ手だなどと
口々に騒ぐ声が
闇のかなたからきこえてきた

騒いでいるのは
現代人ではない
未来人でもない
近代人のどこか古くさい声だ
闇は心だけの世界だから
歴史を褶曲できる
攪拌さえできる
かなたの近代人に
俺は大声で呼びかけた
騒ぎがピタリとやんだ
そのかわり
獣の荒い息がかえってきた
平安の世の鬼にちがいない
俺は食われるのか

心だけが
肥大していくから
闇はときめく
俺の唯心で
肉体を溶かし
世界を流せそうになったとき
何者かが
蛍光灯を点けやがった

ああ見えてしまった
いつもの夜が

闇を想え
光では生きられない
精神がはりつめる闇
ときおり
鬼の悪臭が
鼻をよぎっていく闇
おのれの手のひらすら
あとかたもない闇
この世の漆黒を
はるかに超える闇
闇の右側に労働を積み
闇の左側に肉体を積んで
闇のまんなかにすわれ
すわって
読経がひびいてくる
闇を想え
かなたから
おのれの名が呼ばれる
闇を想え
甘い希望の
朝をこばむ
闇を想え
闇を想え

おまえはいつもモノトーンで出てきて 俺とオーバーラップする なぜか部屋の照明は落ちて 二人と机まわりだけになる 今の俺と膝の位置は数ミリずれている スタンスのずれのように 顔もほぼ重なっているが おまえの顔が数ミリだけ前方にある そんなときは考え方がほぼ一致している 二十五歳で読んだいまや日焼けして黄ばみきった哲学書をひもとくと 二十五歳の俺が出てきた 考え方がちがうからか 少し離れて出てきて 窮屈な間合いでこちらを振り向き皮肉に笑い 煙草臭い息をふきかけた ボールペンの赤が歳月で褪せたアンダーラインがいくつか引かれている こんなところで感動しやがって 昔の俺と今の俺が向かいあうことはない おそらくどちらも俺だからだろう かといって同一人物とは限らない ずうっと点いているように見せかける蛍光灯が じつは高速で明滅しているように 別人が明滅していくのかもしれない いや俺はしょせん俺かもしれない このことは誰も教えてくれない 細胞はひとつのこらず入れ替わるという そこで昔の俺をめざして細胞分裂を巻き戻していったが 途中で砂嵐になったのであきらめた 自我などイリュージョンだと聖者はいう もはや他人の俺も存在するのか さて難解な詩集をひもとく おまえが今度はいつもとちがって色褪せて出てきた おまえの顔は数ミリだけ上にある それにしても息がつまる 存在のオーバーラップという閉塞が

あなた
どこへ
行ったの

ただいま
といっても
答えない

何食べたい
ときいても
答えない

あなた
どこへ
行ったの

朝の散歩しようよ
夕方の散歩しようよ
あしたのパン
買って帰ろうよ
といっても
答えない

どこへいったの
あなた

きのうも
きょうも
さがしたの
どこにもいないの
どこに行ったの

19才と20才で
出会って
57年もはなれなかったのに

わたし一人にして
鳥になって
飛んでいったの

涸(か)らびた茎
花もなく 葉もなく
北風にさらされ
震い奏でる絃

 死んだ青い蝶が残した
 雌あおむし 雄あおむし
 もぞもぞ うごうご
 茎の首を這う 喉をしめつける

 滅びゆく美
 今わの極みの青い蝶は星の目をしていたが
 薔薇の胸衷(むな うち)はそれどころではない
 父に逆らい駆け落ちまでして 今さら
 身うちを頼るわけにもいかず

 何はともあれ
 もう逃げられない がんじがらめだ
 もぞもぞ きりきり
 乳房を這う 乳首を噛む

 痛みから立ち上がる
 苦悩と愛育で明け暮れた年月が
 わたしの生を創った
 「運命愛(アモール・ファティ)」*
 冬を奏でる絃の音色は
 星の目をした青い蝶よりも 眩く
 潔く散った夏の薔薇よりも 深く
 
 死んだ青い蝶の残したものは いま
 あげは模様の翅を風にひらめかせ空に舞う
 雨の好きな雄蝶は気圧が下がると空を飛ぶ

蝶たちよ ときには
ふりかえれ
花蜜を吸いとり 茎や葉を食いつくし
この寒空の下に残した薔薇の棘のことを


                  *ニーチェの言葉「運命愛(アモール・ファティ)」
                   人生の苦しい物事を有益と認め、愛そうとすること

爺は孫の手をひき
石段を上る
我が家の裏の小高い丘にある
神社の石段を

子供の頃毎日上った石段
無人のお堂の奥に神棚があり
鐘を鳴らして願いごとをして
手をあわす

己によく似た顔をした孫に
己の幼い日のあそびを伝えていく

半世紀の時を経て
藁ぶきのお堂は
建て直され
お堂の周りの樹木は
いくつか台風でなぎ倒されても
神様への石段はまだ崩れず

七月八月
攻め立てるような
蝉しぐれ
怒り立てる雷
肌を痛めつける太陽

九月
猛スピードで
上陸した風神が
木枝を震わせ
うるさく居座る夏を追い払い
その後に
あさがおが咲き始めた

ブルー ピンク 紫と
小さなパラソルの形をして
季節に遅れて開いた花

逝ってしまった酷暑の中に
美しい日々もあったと
思い出させる秋のあさがお

長良川沿いの国道を細君と懐旧のドライブ
急な雨
雨脚は細いのに真っ白に見えるほど密度が濃くて視界ゼロ
昔々、双子の赤ちゃんがいた商人宿は今、食堂専業でしばし雨宿り

壁には剥がし忘れの夏の地元観光協会のイメージポスター
瀬渡しの木桟橋のベンチに 単衣の女
それが意図なのか、裾から襟に至るまで全て、やや乱暴な鱗模様
帯は市松に鱗を散らせた九寸の名古屋

蛇のそれは三角だが、はじめてみる六角模様、多分魚鱗のつもり
鱗は、写真に手で書き加えられたような痕がある
豊かな髪は丁寧に編みこまれ丸めてピン止めされているが
訳ありげに被る男物のパナマ帽に収まりきれずにいる

男は、「知人らしきを見かけた・・・・」と
少しだけ躊躇のあと「ここで待っていなさい」と言って
女に帽子を預け向う岸に渡ったのであろう
錯覚なのか時間とともに鱗が裾の方から三角に変わっていくようにもみえる

女の顔は端正な彫りの『若女』 そこに止まっていることの不思議
だから帽子はきっと『行平』が残していった烏帽子
香の残るものを戴いて淵にうつる幻につられてすっと立つ
ずっと昔、川と海を行き来していたころの魚の記憶

「そうでしょう」と相槌を求められ
応えの代わりに 勘定を済ませて外に出れば
村雨は泣き止み光さえもどったというのに
対岸の松山に吹く風が川を渡り来て どこか うら寂し

「あら 虹までかけてしまって」
帽子をとってポスターから抜け出した女人が魚となって滝をのぼり
空に駆け上って龍となってさらに虹となって
道行く人の頬をほころばせます

  空洞

たしかに 家は あるのだ…
たしかに 糧(かて)は あるのだ…
たしかに 生きて は いるのだ…が…
――朱を吐いて夏の洞(うろ)もつ百日紅…


  情懐

東の空が夕焼けている
老婆が独り空き地に佇んで
合掌する指尖に望月がかかりはじめた
――祈(ね)ぎ事の多かる年や九月尽く…


  報告

こんなに歩くことが出来ました!
こんなに見ることが出来ました!
こんなに食うことが出来ました!
―大勢の友ら談論年の暮れ… 

  変貌

多年見続けていたひとに
ふっとこころが波立って漂うひととき
この先の人生を推し量りながら手を差し伸べる
――一年(ひと とせ)を十年(と とせ)に延ばす胸内(むな うち)のわが秘め事をかくて記せり…


  生涯

どこまでのぼりつめられるだろう
いつまで持続するのだろう
果てに辿りついたひとはみな隠れてしまうのだろう
――歩き行くおちこち若葉折り取れず散りし落葉を掌に眺めいる…


  傾斜

ふいにひそかに心を奪うひとがいる
何気なく気づいてしまう仕草がある
突然言葉を奪いとる機会がある
――わが齢(よわい)いくつ紅葉の葉を数えむしりつづけて立ち尽くす夕…

私には聴こえるのです
あの日の
津波の引き波に流されていく
あなたの声が

今 どこにいるのですか
長いご無沙汰です

笑顔が見られるのなら
夢の中でもいい
そう思って待っています

あれから大分時間が過ぎました
腐敗していったものは
肉体だけでしょうか

ときどき
あなたの声が聴こえてきます
寒さ苦手でしたね
温かくしていますか

気丈なものがあって
やりくりの苦しさにも
笑っていたのを覚えています

一日の中で
ふと振り向くことが
何回もあります

あなたの声を
いつも探しているから
私には
声の足音が聴こえるのです

どこからか
ひょこっとやってきて
ただいま!
という声がする

そんな気がして
三年が過ぎていきました
心は大きく
沈んだままです

あなたは
私の中にいるのですが
便りを出しても
そのまま戻ってくるのが残念です

お盆を三回迎えました
迎え火を焚いて
待っていたのがわかりますか

そっと戻ってきていたのだろうと
思っているのですが
それでいいですか

理由などはなくても
ただ思うことで
あなたの声が聴こえてくるのです

懐かしいものが
いっぱいあって
話したいことがいっぱいあって

寂しいからと
写真だけは飾ったのですが
それでも寂しいです

私には聴こえるのです
あの日の
津波の引き波に流されていく
あなたの声が

太陽がサンサン
目が覚めた
鼻がヒクヒク
くしゃみ出た

鼻ペチャで
日当たりのよい顔と
まるで人の顔を
四畳半一間のように
例えて

明るくて
住みやすくて
のどかで
笑えるとかなんとか

太陽がサンサン
鼻にサンサン
ふたり

寝っころがって
二度寝する
日は昇る

青空がきれい
雲が白い
太陽が眩しい
水がおいしい
今日もリピート

     愛と君の世界
     遠い空へ続く愛の世界
     光依る曇り空を見つめたならば
     僕は生きている意味を実感した


この空は僕に続いているのだろうか
君を見たあの春に咲く花のような
美しい憧れを感じたんだ
僕の花ではなくて
夢の限界を感じたのならば
やけくそに遠い草原の上を走り出した
この世界は僕と君だけのものではない
青春の叫び「ウォー」


    愛と君の世界
    遠い空へ続く愛の世界
    光依る曇り空を見つめたならば
    僕は生きている意味を実感した


遠く果てしなく続いている空を見上げ
君を見た夢の中  僕は国王
僕が統治の世だったり
僕だけの世の遊園地の次元
笑って遠い世界の中走り出した
夢の中 君は幸せそうだった
僕の叫び「I love you」

    
    朝起きた世界
    僕らの不自由な世界
    今日も僕は誰かと笑いあう
    僕は生きている意味を実感した


君と僕の世界
遠い僕らの愛の世界
遠く果てしなく続く曇り空を見つめたならば
僕は生きている意味を実感した

昇る朝日に
湧き立つ朝霧
霞んで過ぎ去る
連なる山々枯木立
ゆったり進む各駅停車
車窓の内側もしかして・・・
不安な霧が心に湧き立ち
眺める人が

昇った朝日に
消え去る朝霧
くっきり過ぎ去る
連なる山々枯木立
途切れる山々その彼方
姿を現す拡がる内海
朝日に輝き
キラキラキラリ

車窓の内側もしかして・・・
不安な霧が心を離れ
眺める人の心晴れ
向かう病院もう近い

私が蝙蝠に触ってみたいと
思うようになったのは 
夜行性動物舎で 蝙蝠を見てからです

逆さのかっこうで腕組みをし 
眼球をともしたり
消したりしていました

夢想家のようにも 厭世家のようにも 
正直者のようにも 嘘吐きのようにも 
頑固者のようにも お調子者のようにも見えました

ともかく懶惰な熱情を 
うつらうつらと空中ブランコさせていることは
確かなようでした

それからです 温かい夕暮れ時 
手を高く上げながら 神通川(じん づう がわ)沿いに
自転車を走らせるようになったのは

頭上をヒラヒラと旋回する 結び目のある
ハンカチーフのような蝙蝠に触ってみたい
と 手の中に包み込んでみたいと

生の終わり近くにいる寝床の父を
見舞ったことがあった

あれから 川の流れのように
遠く歳月がさらさらと流れ去った

(想い起こすことはことはただ一つ)

死と隣り合わせの父の枕元に
一枚の写真が立てかけてあったこと

丸まげに髪を結った若い女の写真である
――この女のひと! 誰?
――オ前ハ知ラナイノカ
――亡クナッタ母親ジャナイカ

ふーん… 誰の目にも触れさせてこなかった母の
初めて知る娘期の写真である

何時、親父の胸のアルバムから剥がして
枕元に置いたのだろう

あの世の慈悲に抱かれたひとりの人間の
愛おしくも哀しい装いをそこに見た

〝ああ、つまらぬ〟と涙流しながらも
それは 微かにいのちを支えていた父の

たったひとつの美しい永遠(と わ)の面影ではなかったか
蛍火のように清らかな母の形見であった

私の腕が半島であるならば
あなたは静かな内海である
懐かしい硬質の輪郭だけを
薄暗闇に残して
(それがことばというものだ)
豊穣な海の重量が消えていく
瞬間がある

魂は夢の彼方へ
淡い虹色の

国境を越えたのだろうか
泣き声で
呼びもどしたりはしない
僕は信じている ほんとうは
あなたが僕の後ろについてきていると
しかし
オルフェのように
ふり返ったりしない
生きていても
死んでいても
これは出会いの日の
変わらぬ約束だから

私も一人の男として
越えようとするだけだ
オルフェウスの垂直の国境を

透析に通う
送迎車にゆられ
窓外に流れ過ぎていく
ある秋の日の
朝の風景
街路樹の欅は
高層住宅の影になって
色づく葉も暗く沈んでいる

だが
日の光が
そこだけ当たって
美しく輝くもみじ葉の一角が
一瞬
目の中に飛び込んできて
燃え上がるいのちの眩しさに
射られて目を閉じる

と出し抜けに
八月の海辺に佇む僕がいて
烈しい潮風に
しぶきが飛び
盛り上がっては崩れ落ちる
波の轟きが
高まりゆくボレロの旋律のように
耳を覆い尽くしたのだ

巻き貝の内の窪みに 眠るごと
螺旋の夢は 汝が腋の下

緩やかに起伏する丘 その隅の
三角州(デ ル タ)に遊ぶ せせらぎを嗅ぎ

四脚の獣となりて 絡み合う
草原(サバ ンナ)の風 光る水滴

宇宙(コス モス)の芯(コア)の密室 汝れひとり
四辺(ぐるり)に充てる 蜜に溺れる

乳房の白き高みを 括れさす
紅き破線に 息づく余韻

小夜更けて 空きし小腹に食わすべく
耳の貝殻 齧らす指よ

夏空を驟雨走りて 濡れし汝の
鎖骨の窪みに 溜まり残せり

徳利はトルソならずや 傾ける
頸の端より 注ぐ真清水

落武者の無念の色や 裏山の
径きわまりて 照らすもみじ葉

魂鎮め もみじ葉を白磁の肌に
染めんとしてや 衣脱ぎたる

奥庭に鋭く鳴きて 影過(よ)ぎる
浅き午後好し 影なき身には

菜を添えて 差し出す銀の四方鉢
紅き口唇(くち びる) 細き指先

彩かなる〈時〉は 寡黙に抱くべし
乳白色の 匂う肌もて

文机に徳利置けば 咲き出だす
桔梗一輪 頸の端より

世界遺産となった富士山
三千七百八十六メートルの
高みへ達したい人々の夢が
雲海を越えて
瓦礫の登山道を
長蛇となって登っていく

晴れの日
遠く離れた関西の地から
初めて望む山容は
八十歳のこころを洗ってくれ
仏像のように陽炎に霞んでいた

ある人は八千八百四十八メートルの
世界最高峰の氷山エヴェレストの
頂上に立った
五億年前は三葉虫やウミユリが
棲んだという海底だったという
その人は長年諦めなかった夢を
八十歳にして実現した
人生の希望・勇気・実行を
ようやく達成して
人生最高の幸せと叫ぶ

私は未だ人生最高の悦びを
知らない

走馬燈を
持っているんだな にんげんは
そのひと
ひとり ひとりの

走馬燈は
夜になると あかりがともる
だあれも知らない
そのひとだけの
地獄と極楽の 走馬燈を
巻きもどしては
眺め
繰りひろげては
灯にすかして
じっと 眺めて見るけれど
やっぱり
今、に戻ってくる

たったひとつの
走馬燈だけを
持って死ぬんだな にんげんは

懐かしい その手ざわり

握りしめれば 方寸におさまり
掌(て)を開けば
瑠璃の浄土までのフィルム

スナックの裏通り
うす汚れた ポリバケツに
つっ込まれ はみ出した
枯れた花々は
いつも 私の足をひきとめて
うなずく

人の世の勝手に
季節なく 咲かされ
剪りとられ
売られ
飾られて
淀んだ
脂粉の香の 片隅に
虚しい 愛の言葉に
さやぎ
枯れて
いま やっと捨てられた
花は どんなに安らかだろう

あとは 通りがかった神さまが
こう言って下さるのを 待つばかりだ

――さあ、私といっしょにおいで、

「ひと枝いただいていいですか」
「どうぞ どうぞ」
通りすがりの家の垣根ごし
今を盛りの金木犀
ガサガサと苅りとっていく
「もう盛りは過ぎたけどナ」
ボランティアのにわか植木屋さん
「花が開くときに匂うんだ」
上の方のひと枝を長く折ってくれた
「これなら 二、三日いけるかな」
ふーっと
うれしい香りが広がった
「ありがとう」
よそのお庭で秋をいただく

長い夏が去り 急な秋の深まり
花も木も草も 冬支度にいそしむ
私も上衣を一枚 羽織る

来年のこの日を
同じ姿で 迎えられるか
と……

地蔵さんの前で
月の光 ほろほろ

魚(うお)の童子
虫のエルフ
鳥の使者

地蔵さんの前で
夕の光 はらはら

魚遊び
虫遊び
鳥遊び

どうしたのだろう。

あんなに暑かったのに
いつの間にか
冬になっている。

今年は秋がなくて
夏から冬がきた。

異常なんだ。
なにもかもが。

すっかり地球も
狂ってしまって。

それだもの。
人間が狂ったって当り前。

当然のように
このおれも
狂ってしまって。

知らない土地で
酒など飲んで
わめいている。

いや 動物のように
吠えているんだ。

夜中に
月に向かって。

一目見て
反りが合うと感じたら
話も弾む
一緒にいたい
逢いたいとなったら
危険信号
でも でも
たいしたことはない

その人には
その人の生活が
私には私の生活がある

でも でも
逢って話したい
見ないと気になる
危険信号

秘密にしておこう
たしたことはない
危険信号点滅

時代と私は何処に向かうのだろう

生きれるかもしれない

この世に来た意味があるのかもしれない
わたしを必要としてくれる
そんな気がして花が咲いたのかも
生きよう
そう思える意味があるのかも
生意気に死んだ心算だなんて
そんな言葉をはきながら
荷物を処理していたのは
つい先日のことではないか
思い上がりも甚だしいことなのに
いつ死んでもいい
そんな空しさが手を動かしていた
信じてくれる若い人
その笑顔に応えるのが
長く生きてきたわたしの
たった一つの出来ることではないか

朝間早(あさ ま はえ)ぐから晩(ば)ゲ遅ぐまで働(かへ)でも
盆も正月も無(ね)ぐ働でも
旅行サも行がネ美味(う め)のも喰(か)ネで働でも
全部(みんな)税金サもってがれデ
一銭も残らネ
鳴呼――馬鹿くせ馬鹿くせ
泣きたくなるじゃ

申告帰りのパーマ屋のおばちゃん
顔(つら)突っ伏してほんとに泣き出した
俺(おら)だぢあっけにとられたども
次第にンだなンだなって
皆んなで相槌打ち始めで――
5分も経ったベガ おばちゃん
パッと起き上がると泪バ
グイっと拭って
「サ 昼休み終った 働ぐガ」
ってケロッとして出はって行った
皆んなまだあっけにとられたども
てんでに((それぞれに))
「サ 俺ども午後の分働ぐガ」
って出はって行って
店内サ吐き出され充満したストレス
喫茶店のママ
今日も生ごみ用の袋サ詰め込んで
溜息ふとつ
自分のためにコーヒー豆
挽いた――

神経質な人は
内向的だ

でも
それでいいんだよ

外向的な人は
小さなことにとらわれず
明るく
おおらかで
人付き合いが良く
職場を明るくしてくれる

だから 皆
その明るさ
そのおおらかさに惹かれ
ついてゆく

神経質で内向的な人は
小さいことも気になってしょうがない
そして 小さいことにもこだわる
引っ込み思案の人が多く
人付き合いが下手で
ほとんどの人は
無口で目立たない

時には
死についてばかり
考える
人生の苦しみについてばかり
考える

でも
神経質でいいんだよ
内向的でいいんだよ

神経質で内向的な人は
その神経質で内向的なことに苦しんでいるとき
ある時
ふと
庭の片隅や野の片隅に
ひっそりと咲いている
普通の人には気が付かない
小さな花を見つけることが
出来るから

神経質で内向的な人は
その神経質で内向的なことに悩んでいるとき
ある時
ふと
普通の人には気が付かない
かすかに 優しく吹いている
柔らかな風を感じることが
出来るから

神経質でいいんだよ
内向的でいいんだよ

神経質で内向的な人は
ある時
ふと
おてんとうさまって
なんて優しく 温かく
自分を照らしていてくれたのだろうと
気づくことが
出来るから

ペリカンのおしゃべりくちばし春の水


大鷲の恋掠めとる街雀


春風やベンガル虎のおおあくび


ライオンのたてがみ食べる春の塵


サバンナにピューマの匂ひ紙風船


山猫の半目醒めたる日向ぼこ


麗かや尻を揺すりて犀の尿

紅い葉がはらはらと舞い落ちる
一枚 また一枚と
旋廻する風のリングに乗って

清澄な空気で染め上げたせっかくの錦を
そんなふうに一瞬で裂いてしまう
あなたのため息の理由(わ け)は なに

街の河岸に続いた紅い並木の光景
燃えるような それでいて秘めたる発色
底なしの恋の凋落のような危うさを漂わせ

残り一枚になった葉が今静かに散っていく
せつな宙に舞い上がり 西日に照り輝き
葉脈の先を切ないほどに紅く 艶めかせ
これで最後 最後なのに
なぜそんなにも妖しく 激しく舞う
あなたが伝えたいのは なに

夕焼けを浴びたリアス式海岸の 美しい
複雑な海岸線も 数式で
表現できると教えられたとき
その数式が読めないことを残念に思った

〈公理〉と〈定理〉と〈証明〉
証明された命題は受け入れなければならない
それは 数式と交わす約束
1+1=2
教室の子どもよ なぜ2になるのか などと
問うてはならない

数式が告げること それは
数式が語るように 世界を
解釈しなさい ということ

数式には血の匂いはしない
数式の内部にも空があって
夕焼けの背後にもののけが潜む昏い場所はあるか
篠つく雨が降っているか それとも
凪いだ海のように静かであるか

わたしには読めない数式が
眼のまえの海の静かさで
世界についての解釈を黙示している

数式の語る
約束にしたがって
陽は昇り陽は沈む
すばらしい夕焼け でも
夕焼けを美しい
と わたしが想うことを
数式は どう語るのだろう