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187号 予感

187号 予感

Sandglass   柴田三吉


胴のくびれを
時が落ちていく
それ自身の重みで

時は流れ去らず
丸みをおびた庭に
音もなく降り積もっていく

手のひらにのせた器を
いくたび逆さにし
愛でてきたろう

こころと こころは
細いくびれで
つながっているから

時はくりかえされ
追憶のことばとなって
消え去ることがない

青い小箱に収めた
時のレプリカを
手渡してくれたひとよ

――三分と、五秒でした
余りの ひと匙は
たがいの生への祝福だ

わたしたちが去っても
歳月はこのしずかな器に
とどまるだろう

私が 沼 だった頃   新保 啓



私が 沼 だった頃
君はきれいな花を咲かす
菖蒲だった

私が 野原 だった頃
君はやさしく吹く
小さな風だった

私が 林 だった頃
君は枝々がその重さを知っている
リスだった

私が 橋 だった頃
君は欄干に凭れて
流れる川をじっと見ていた

私が 詩 だった頃
君は田作りをしていた
早苗から稲穂へと
見事な田園風景を

(追伸)
私が 詩 だった頃
君は船で 私を誘った
詩平線の向こうへ
行ってみようか と
私はそれを受諾した
いずれそのときがきたら と

葉   吉井 淑



朝はかくべつ
空のもの
葉脈に
水滴がひかり
浮く世を
かくにんしている
さぐっている
はしゃいでいる

びっしり集まっていても
一まいずつは
はてしない距離
ひとりだから
さやぐ
そよぐ
さわぐ

彼岸花   高丸もと子



赤い触角が触れ合っただけで
激しくもつれ合う彼岸花
神経を火花の形にして咲くまでに
どれほどの道のりがあったというのだろう

蓮の花と共に
天上花の地位を二分していたというこの花が
いつの間にか
忌み花として野辺に捨てられてしまった

現世の煩悩の岸から
はるか涅槃の向こう岸に
渡っていけますようにと
足元にあかりを灯す彼岸花は
今もまだ凋落の途上にあるというのだろうか

今日渡り終えた分だけ
人の棲む影も揺れ
花はいよいよ
赤に咲き昇っていく

イプセン   加藤廣行



しかしそれでわたしは星になれるのか
行く末ばかりか
ペンを持つ手まで偽る日々

十一月は雨で始まる
降っていなくても
涙の特異月
坂を昇りつめたところに
無言の表徴が立てられている

こんなに近くに詩を書いている人がいるなんて
考えただけでもぞっとする
こわいよ
詩を書くなんて
新聞記事やテレビの中のことだとばかり思っていたのに
口から先に生まれてきたんじゃないんだって
言葉から先に生まれてきたとはね
ほら 口のあたりから
言葉がざらざらこぼれてる
帽子に鏡を仕込んでるんだって
髪がくしゃくしゃな人が来たら気をつけないと

十一月は雨で始まる
降っていなくても
饒舌の時雨時
底知れぬ階段を降り始めて
振り返ると浮遊している言葉の房

それでもわたしは訪ねまわる
整いすぎた形式を引き受けてくれるところはないか
彼方の明滅に共振する暗闇の真正がないか

踝(くるぶし)   升田尚世



踝を瀬にまかせて
中洲の縁に立つ
きらり反射する雲母に
水は細かく割れて流れる
遠く あなたの
おいでになる方角を
両腕を垂らし 見ている

そこは激流ではないが
ひと掻きするたび
あなたは
こちらへ向けて懸命に
泳ぎ至ろうとするのだった

もうじき
わたしへと伸ばされる
白くふやけた指先を
しっかりとつかむ為だけに
両腕は いま
こうも冷たく震える
水は足元を流れ
ときどき
暮れかかる空を
長細い鳥が渡ってゆく

やがて
ささやかに
星々が瞬き始める
紫に染まる唇を受けながら
頬に張りつく
その巻き髪を梳く
まぼろしを視る

キイと鋭く
耳に近く鳥が鳴いたとき
あなたの腕(かいな)はどこかの浅瀬に
だらり横たわってしまったのだと
踝を瀬にまかせたまま 知った

さよならのために空を抱く…風のはなし   来羅ゆら



今日
私は死んだ

骸の私は
荷車に乗せて
高い岩山の頂上に
運ぶ

一歩一歩
私を運びながら
私は私を
ことばでなく
肉体の
労働として記憶する

そして
どんな獣が
どんな生き物が
或いは
どれほどの光と風が
私を
消し去るのか
解放の物語として
記憶する

それから

それらすべてを
忘れるために
さよならのために
空を抱きしめる

軽くなった荷車は
いつか
山を降りはじめるだろう

消え去ったことは
永遠を得たようなものなのだ
溶けた記憶は風になり吹きすぎる
この軽さの心地よさ

冬の白菜   平野鈴子



あなたが
白菜の芯がお気に召さぬなら
あしたは
「あっ、美味しい」と言わせてみせます
同じ長さに切りそろえ
生姜も線に切り
塩をし水分をしぼる
香ばしい胡麻油に花椒(ホアジャオ)*と
唐辛子を加え
酢と砂糖を入れ味を調(ととの)えれば
明日は味わい深い一品になり
ビールのお供に箸がすすみ
花椒が格段に風味をあげる
甘酸っぱくピリ辛の
辣白菜(ラパイツァイ)*となり
もう嫌われ者とは言わせない
「どう? どう?」
このかくし玉を
グレードアップした一品で
口には白い泡がほほえんでいる
寒さが加速するごとに
甘さも増す
冬の白菜
もう犬の気霜(きそう)*さえ見るからねえ



         *花椒  中国の乾燥した山椒の実
         *辣白菜 四川料理の白菜の甘酢漬
         *気霜  寒さで白くなった吐息のこと

心の風花   平野鈴子



ハハコグサが黄色にそまり
葉はマットな姿をみせている
文字を追うのに疲れた日
ダンゴ虫を石ころのしたにみつけた日
歩み上手のセグロセキレイがピザ屋のまえをとことことこ
心なごむいま
カノコユリ・トクサ・シオンの芽が
競いあうように伸びるおもしろさ
ムラサキカタバミがほこらしく咲いた日
季節の植物が五感をとぎすませてくれ
生きる糧となっている

その日何も心にひびかない事務的な
パソコン打ちの封書が兄嫁からとどいた
元気ないま墓じまいしました
新しい住所が記されていた
しかし当人は東京に樹木葬の土地を七十万円で買ったと言う
服部霊園に苦労して買った墓なのに
我が両親の心はいかばかりだろうか
愕然とし乱れた心をとりもどすため
そっと目をとじる
切なくなるのです
もがきながら生きるのでしょうか
蛸唐草のそば猪口で我が身をお煎茶に酔わせてもらうのです
遠い空に目を送りこの想いは雲にのり
流れて消えるわけではないのでしょうか
合祀に追いやられたやりきれなさ
畏敬も尊厳の心も感じられないあさはかな選択
胸にからむわだかまり
先人達に対しての申し訳なさに ただ祈る
多くの御先祖様の御霊よ
安らかであれ と

マスク世代   斗沢テルオ



ももちゃんは3歳
コロナ禍に生を受けました
〝保育園落ちた〟世代のお母さん
家の中でもマスク育児
ようやく入園できたけど
毎日マスク登園
保育士さんもマスクでお迎え
園庭ではマスクで砂遊び
ももちゃんは未だ先生のお顔
見たことありません
――この子たちどんな大人に
  なるんだろうね
――何とかなるっしょ
――だよね~
ゆとり世代のママ友さんたち
マスク時代でマスク世代の子を育てる
しらけ世代の俺は思わず
マスクを額に当てる(?)

目は口ほどにものを言うらしい
おしゃべり目は猫目か
鼻も口も耳もマスクで隠して
図らずもコロナ禍で生まれた心眼力
キツネ目横目目配り
色目流し目秋波で恋をし
逆目で夫婦喧嘩
猿目で出世窺うには
上目遣いで脇目もふらず
空目逃げ目冷視
それでもいつも目は据わっている
そんな目力世代がつくられていくのだ

頑張れ! マスク世代
君たちに栄光あれ!

夏の廃校   牛田丑之助



きみは壁に寄りかかる
重みを預けず
膝丈のスカートを翻して
窓際に歩み寄る
校庭では学徒動員の壮行会だ
祝祭が空気をさざめかせる

彼が校庭を隻足(せきそく)で駆けた日々も
きみが片目で窓際から見つめた日々も
窓と一緒に溶け落ち
一人ずつ羽交い絞めされた教室で
書初めが旗めいている

無言の校内放送と
国語教師の使うチョークの軋みと
傾いだ十字架の呻きが
忘れられた記憶の中で響く

灼熱の校庭では幼馴染も烏骨鶏も干上がり
窓からは羊水の風が吹き込み
祓われた静謐が戻って来る

彼らを追うすべはない
ただ一人きみは 壁に寄りかかる

音楽教師のように信念に殉じては
生きられなかった

きみはきみとして 
死に絶え 生まれ変わる 幾度も幾度も
重力を喪ったままで

空の色   葉陶紅子



血を流す傷を眺めて 静やかに
無色の叫び ひと日を埋めぬ

中空に梯子を架けて 画筆(ふで)で刷く
穢せし空の 色を消さんと

中空の 無色無韻の死に坐して
静かに刷けば 静かに息す

中空に端坐し この身素粒子に
砕けど残る 硬き弾痕

弾痕はなが左証(あかし) われが乳汁(ちじる)を
滴(したた)らせ刷け なが指先で

中空を刷き刷きゆけば 新しき
色出で来ると いつか思いぬ

鳥生(あ)れる空の色問い 誰知らぬ
ひと日ひと日を 倦まず眺める

見えない島 見えない人   葉陶紅子



彳(た)ちながら眠る 裸身の女人らの
石の膚(はだえ)に 夜天は回る

服(まつ)ろわぬ者は 果てない海洋の
見えない島に 漕ぎ出す運命(さだめ)

女人らが 石と変じし列像の
裸身のうちの 鼓動見えずや

新月の夜 女人らは石像を出で
海に潜って 叫び泣くてふ

海中に揺らぎ泳げる 女人らは
消えにし大陸(りく)の 住人なりき

境界の間(あい)に息つぐ まれびとの
裸身うるわし 乳白色の

われは母 先つ祖の母らと同じ
貌もて生きる 先つ祖の母

早朝に   水崎野里子



まだ外は暗い
ただいつもこの時間に起きる
なぜ? わからない
わたしが起き出すと夫は眠りに行く
なぜ? わからない
自然に出来上がった生活規範
息子は就寝中

しばらく一人で孤独に浸る
一人のコーヒー ゆっくり飲む
外は暗い 未明の時 わたしは
夜明けの魔女になる

来た郵便物を開ける
今日の予定を確認したり
ただ一人の空間を楽しむ
コロナ禍自閉の家族生活
うるさくないわけではない

六時前 夫が起き出す
もう日は昇りあたりは白い
朝だ
小さな家庭内の生活
食事 三度かな?
誰が今日 どこそこに行く
行かない
どこそこに電話する
しない

貴重な平和だ
どこかで 茶色い戦争
止めろと言っても止めない
みたいだ

そこでは
家庭生活は破壊され
一人のコーヒーもない
夜明けの魔女を
楽しむこともない
ないだろう

朝だ
一日が始まる
静かに生きたい

一人で歩いて行く子ども   水崎野里子



某氏と電話で話していた
氏は見たそうだ テレビで
子どもがひとりぼっちで
荷物を背負って歩いて行くのを

少年か? 少女か?
家族はどうなった?
食糧はあるのか?
飲み水はあるのか?

痛ましくて聞かなかった
聞けなかった
誰か パンを!
きれいな飲み水を!

だがテレビの画面に
叫んでも 無駄だ
わたしの想像の中で
その子は夕日の荒野を行く

遠い親類
遠い友達
遠い難民収容所
遠い孤児院

わたし達は
たくさんの悲劇を見てきた
惨劇を経験してきた
いつ無くなるのか?

大国の名で
国家主義の名で
小さな個人が
個人の尊厳が

踏みにじられる
小さな幸福が
爆撃される
今 その子は

リュックひとつ背負い
わたしの想像の中を
どこまでも歩いて行く
破壊の荒野は広い

人間の権利は
幸福の追求にある
何も出来ない自分に
わたしは歯軋りする

ごめんね おばちゃんは
何も出来ない

<PHOTO POEM>アニマルセラピーをどうぞ   中島(あたるしま)省吾



熱風の日々
みんなイライラしている
しょうもない奴が多く観えるのは暑いせい
みんなバテぎみで、心のゆとりがなくなっている
今日も金曜日朝のスーパー帰りに
いつものこと
野良猫ちゃんが現れた
すりすりと寄ってきたので、ちくわやった
遠山の金さんの再放送あるので
食べてる間にそ~♪と帰る
脳内洗浄
猫ちゃんには上から目線だ

<PHOTO POEM>絵を描く   左子真由美



まず輪郭を描く
透明な瓶の輪郭
まっすぐなようで少しゆがんでいる
瓶のなかには乾いた花
誰が閉じ込めたのか
時のなかで眠っている
ちゃんと見極めなくちゃ
ひかりがどこから来ているか
影はどうやってできるのか
それから忘れないでね
瓶には見えない裏側があることを
    
花を描く
瓶のなかで紙くずのよう
くしゃくしゃになった
小さな永遠を
真っ白い紙の上に写す
丁寧に極上のやさしさで
そして
息を止めて見つめたとき
水しぶきをあげて
透明な魚が
跳ねていたら出来上がり
そうしたら
ゆっくり書いてね
絵の隅にあなたのsignatureを

良くない秋が来る   下前幸一



なんとなく静かだ

風が変わった
透明な朝

蝉しぐれが止んだ

夏が衰えていた
トマトの樹がしなびていた

慣れと戸惑いの狭間に
僕たちは浮かび
コロナの時代を漂っていた

嘘に嘘を重ねた男が殺された
国葬で顕彰されるという

教育に良くない秋が来る
うそ寒い夏の終わりだ

偽宗教に感染した政治家たちが
男の死を貪っている

乾いた畑のカマキリのように

言い逃れ
言い訳
すり替えのたぐいに群がっている

無感覚なウイルスは蔓延し
やがて厳粛な時間に我々は晒されるだろう

良くない秋が来る

良くない時代が忍び込んで来る

震え   中島(あたるしま)省吾



男性ヘルパーは
本当は嫌だ
私は性的な女性と
話が出来ない
性的な女性が
近づくと
歯が震えて
涙出る咳して
斜視になり
血圧も上がる
キリスト教会でストーカー呼ばわりされて除名処分されたの
いつまでも続く心の傷だ
しかも、キリスト教会のその女性は結婚して
平然とのほほんと夫婦でキリスト教会超教派の若者グループで
伝道結婚した
青年部の鏡だ
いいね爆発、超教派の教会の人気者コンビだ
ネットで観た
私はどうしようもない奴だ

唯一、電話番号を知っている教会の壮年長老がお母さんに
「生活保護貰ったら地獄行く。ずるしたらあかん」と生涯言い続けられました
壮年長老にしたら、キリスト教やってない母が神の力ではなく、
人間の力で幸せにならさない、という行動でしょう
私はお母さん死んでからどうしようもなく生活保護者になりました
祝うどころか、働け、と
また、どこの会社も雇ってくれない
と、言われ続けています
よその教会員と合流するときは
チラシの裏に描いていた落書きを「うまい」と唯一時、ほめて聞かせます
いつも落書きするんならよその教会行け、と言うのにです

詩の世界では
私は幸せ者で
人生が終わっても
関西詩人協会に流されたので
どっかで、追悼の表記があるかもしれません
妬む神と教会で十戒で総唱ます 創世記にあります
だからして、政治に関わっている一宗教をだいたいどこの牧師も説教で○に
 憑かれていると、なんてこったと口をそろえて言いました
妬む人もいます
だからして、本を出せた自分の今に幸せだとかは言わない

愛ってなんだろ   中島(あたるしま)省吾



愛ってなんだろ?
愛ってなんだろう? と君が聞く
今度、友達の奴に誘われて、温泉旅行行くんだ!
やめて、やめてやめて、ぶっ壊すぞ
俺は愛だから
君への愛が、これが愛か
興奮した
悲しんだ
これは愛である

別々のところへ   佐倉圭史



ある秋の日に
少年が―林の傍を歩いていた時に―
突然、落ちてきた栗の実を拾った
そして少年はその栗の実を、大切そうに持って歩いた―

当然、栗の実を取り巻く空間というのが
林の中の栗の木から、どんどん遠く離れていった
奇妙だといってよかった―

家に帰った少年は―またまた大切そうに―
栗の実をテーブルの上の小皿の中に置いた

もはや少年ですら、栗の木の存在を忘れていた

パリの空のもと   安森ソノ子



リュクサンプール公園を訪れ
ジョルジュ・サンドの像の前
生涯書き続けたサンドと対話する
尽きない会話の峰々は 真昼のエッセイになっていく

足をのばし 訪れるロダン美術館
「狂気の晩年のなか 天国へ旅立ったカミーユ・クローデルよ
 彫刻家である貴女の作品群とロダンへの愛は幾世紀を経ても 火柱だ」
人々の背を押す 強く広がる峻烈な光
その芸術への魂は
後世の現世人に どれだけ敬愛されていることか

セーヌ川を望む書斎を兼ねた自室に戻り
ほっと一息 くつろぐつもりが
一人でに 右手はペンを握っている
両手で活字にした文面は
胸の高なりを一気に表す
次々と訪れたい所へ行き 海外での思索を深める心は 青春

パリの空のもと
子供の時から思っていた〝パリで仕事を〟という希望は 実現の予感を抱き
 「出来ますよ」と囁く
日本で出す書物と共に 生む苦しみをのり越えて 完成を目指す大切な本

体力保持 体を鍛える体操をし
人生百年時代を生きたいと――
しかし突然 寿命が尽きたとしても
詩は何人も迎えること
乙女心は納得に包まれて

パクスnuclear weapons   藤谷恵一郎



アキレスは亀に追いつけない
ゼノンの逆説
時間と距離を際限なく細分化しているだけ
ゼロへと加速度的に落ち込んでゆく時に囚われ
現実にはアキレスは瞬時に亀を追い越す

パクスロマーナ パクスブリタニカ パクスアメリカーナ
今や超巨大覇権国家はなくなり
パクスnuclear weapons
覇権国家の代わりに大量破壊兵器が鎮座した
戦争への核兵器による抑止力
何と恐ろしい逆説だろう
現実にはパワーバランスの際限のない消耗戦
撒き散らす終わらない恐怖を引き連れた戦略戦術が
世界の社会の表通り裏通りを罷り通る
フェイクニュースが偽旗が戦略戦術の名の下に増殖
パクスnuclear weapons
核兵器を保有する 核兵器を持たせない で
戦争は起こり
核保有国が非核保有国を侵略し
国際連合は五大核保有国の拒否権で機能しない構造
何と恐ろしい逆説に世界は動いているのだろう
時がゼロへ加速度的に落ち込むまで
飛んでいる矢は静止しているという逆説を信じ
矢の前に身を晒すようだ

パクス平和憲法
終戦の廃墟の空に人間の尊厳の両翼を広げた
現実には列島の空の国境を海の国境を
侵略のために侵攻してくる他国軍があれば
ミサイルがあれば 戦わなければいけない
人間の尊厳の両翼を広げはしたが
羽ばたいてはいない
戦後のレジームとしてではなく
未来へのレジームとして世界に動き出すまでは

妹   吉田享子



悲しみの谷は
涙でふさがれ
見るもの色を失って
音のない世界に沈んでいる

検査結果の悪さに胸がつぶれる
気が変になりそうな堂々巡り
このうえまだ検査がひかえている
何の治療もないまま
時を見送るばかり

それでも何ごともないように
けなげな妹は私を励まし
残される夫がかわいそうと涙ぐむ
人のために懸命に生きてきて
ひっそり死んでゆくのだろうか

私を先に看取ってもらいたかった、と言えば
やめてよ もうたくさん
声をたてて笑う

妹が見送った数だけの
人々の願いが
友人たちの祈りが
切り取られた奇跡のように
妹を生かしている

明るく時間の先を行く妹よ
置いてきぼりにならないように
涙をふいて顔をあげ悲しみの谷を出よう

カタバミーナの秘密   白井ひかる



植物って能天気で平和だなと思う
こうやってジョウロから水をもらって
綺麗な花さえ咲かせていればいいのだから
でも いつの間にか生えてくるカタバミだけは目障りだ
油断しているとすぐに増えてしまうから
さっさと引き抜かなければならない

  いつもの朝のシャワーを浴びたカタバミーナは
  自分たち植物が能天気な存在だと言われるのを聞い
  て6700万年前の祖先に思いを巡らした。

  科学技術の発展の果てに居住環境が極度に悪化した
  ため祖先たちは新天地を求めて太陽系外惑星WAS
  P―96aと呼ばれる星から宇宙船に乗り長らくの宇
  宙の旅に出たのだった。

  偶然辿り着いた地球では当時火山活動が活発で大気
  中の二酸化炭素濃度が非常に高く気候の温暖化が進
  行するなか草食恐竜のウクライナプスと肉食恐竜の
  ロシアノサウルスによる壮絶な覇権争いが繰り広げ
  られていた。温暖化による環境悪化によって生物の
  絶滅へのシナリオは目に見えていたが祖先たちは草
  食恐竜側と肉食恐竜側に真っ二つに分かれていつ終
  わるとも限らないこの戦いに巻き込まれざるを得な
  かった。

  憎しみが憎しみを呼び攻撃と報復の応酬が100万
  年も続いただろうか。ついにカタバミーナの祖先は
  戦いを終息させるべく地球上をすべて覆いつくすほ
  どの巨大エネルギーを持つ新型爆弾をメキシコのユ
  カタン半島で爆発させたのだった。もともと高度な
  科学技術を持っていた祖先はそれが地球上の生物の
  大量絶滅を引き起こすことは分かっていたが繰り返
  される殺戮を前に最終決断をしたのだった。そして
  二度と殺し合いが起きないように自分たちは動物と
  して生きることを放棄し以後植物として生きていく
  ことを決意する。

  やがて地球は哺乳類の繁栄する新生代が訪れるがカ
  タバミーナたちは現在まで植物として生き続けるこ
  とを頑なに守り続けている。人間の今の科学水準で
  はカタバミをどんなに研究し尽くしてもカタバミー
  ナの存在に気づくことは不可能だ。

カタバミーナは空を見上げた
先の尖った円柱状の果実はいよいよ成熟し
真っすぐ空に向かって立っている
そして自ら無数の赤い種子を
辺り一面
勢いよく弾き飛ばした

霊気満山 高尾山   吉田定一



六根清浄 六根清浄
この夏 35年振りに高尾山に登った

「高尾は私にとって病院よ」
と 登山を共にした女性の一人がいう

頬に触れる 冷たくて爽やかな風に
身も心も 清らかに洗われる 

まさしく樹々に覆われた山道は
天然の病院だ

彼女たちは毎週一度 高尾に登っていて
その度に 魂が癒されると――

「たましいをおもい朴(ほお)の葉ひろい持つ」*
句碑を横に見て 山頂を目指す

六根清浄 六根清浄
高尾山 薬王院を通り過ぎる

自然が与えてくれる力なのだろうか?!
不思議と 足腰の痛みもなく歩く

心のふるさと祈りの山 山頂599mに
都心からわずか 2時間ばかりで着く

遠景を眺めて 頂上に佇む
ああ 全てが忘れられる

長く連れ添ってきた寂しさ哀しさから
やっと解放される想い……

これから生きていかねばならない
穏やかな わが身の時間に辿り着く



     *俳句―和知喜八。水原秋櫻子の主宰する
         俳句誌「馬酔木」に俳句を発表。