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183号 石と樹木

183号 石と樹木

行く手   徳丸邦子



先が見えたと思うこの時期
遥かな峰は青々ともえ
木々は手をのばし
私を手招きするようで

現(うつつ)の混迷の中にいる魂は
明かりを求めて
新たな旅立ちの緒(ちょ)につくようで

一歩踏み出す時の微熱
踏み出しては戻り
踏み出しては戻る足を
叱咤激励しつつ進む

行く手に立ちはだかるものを
鉈で切り払い薙ぎ払いする
腕の力は
まだ捨てたものではないとほめつつ

私の抱える飢餓は
茫漠として
形のない煙
少しの風にも消失
少しの熱にも溶け果てる代物

たえず脇道にそれるのは
今に始まったことではなけれども
 
失敗を恐れていては
夢の実現は不可能と言い聞かせ
遥かな峰を
手をかざして眺めている夏

クスノキ   升田尚世



クスノキは
天に向け繁る肺胞だ
手を当てればせいせい音がする
梢は洋々とわき上がる
葉と葉の間から
正午近くの陽が洩れて
広瀬の山並みが遠くに滲むのだ

  里山で出会うクスノキの
  葉を揉んで鼻に近づける
  (略)
  服(の)めばお腹に障るので
  注射の剤(カンフル剤)に工夫され
  今際のときを見計らい
  苦しい呼吸を安らげて
  大きく深く呼吸(いき)をさせ
  生涯(いのち)を修める作法となった

  銀山の坑道に蒸気を流し
  鉱夫の苦しみを救わんと
  よろけ、けたへ(気絶へ)の予防策*1 

あの夏の午後
表座敷で近親の者に囲まれて
小一時間ほど激しい呼吸を繰り返し
最後にひとつ
義母(はは)は 静かに息をした

月山富田城跡*2を望む丘に立ち
クスノキの傍らで息を吸う
満ちる香気に天へと目を開(あ)いた
高い空のずっと下で 今
葉の群れがゆったりと揺れる

逝く者の安息と
苦しむ者の気絶(けた)への先に
再生と済生の
美しい拍動を聴く


         *1 有原一三五詩集『酊念祈念Ⅲ』「深呼吸」より引用
         *2 島根県安来市広瀬町
            尼子氏歴代が本城とし、山陰・山陽制覇の拠点とした

パラレルワールド   下前幸一



パラレルワールド
見えているのに届かない
透明な球体の遮蔽

デジタル回線の向こう
観客のない競技場と
液晶画面のアスリート

ひとりテーブルのコンビニ弁当
カップ麺の、水たまり
蔓延する夏

自宅療養のうずくまる時

金メダルの賞賛と
体温計の落胆と
酸素飽和度の無自覚な絶望

受け入れ先のない
救急搬送の
サイレンと警告灯

「国民の命と健康を守る」口先と
業界権益の天秤と
対話のないデストピア

変異するウイルスが嘲笑する
私たちを
私たちの文明と
文明の焦燥と地崩れ
他ならない私の窮乏を

あなたはいったい何を見ているのかと
新型コロナの情景がふと真顔を見せる

私たちは引き裂かれている
それぞれの場所に閉ざされて
私たちは歓声をあげ
私たちは感染に怯え
私たちは官邸のように
青ざめ
高をくくりつつ
そして皮算用の日程を数えている

「アンダーコントロール」

すべてが始まった場所から
「復興五輪」を足蹴に
コロナに打ち勝った証と
どの舌の根が言ったのだろう

パラレルワールド
平行世界に言葉が沈む
一日の終わりに

体が鉛のようで

どこに行く   加納由将



体をどこかで落として透明なまま見つけられ
ない。どこまで抜けた体を一つで歩き回るの
だろう。的外れな目的地を目指して歩いてい
る気がする。迷ってしまう。どこにもいけな
くて動けない体で書き続ける。体は次第に動
かせず遠いところまで行こうとしているが進
まない。あえいでいる。

風   藤谷恵一郎



風が走り
影が走り
影のなかの夢が走る
樹間を樹上を
青空へ 青空へ
行ったきりの旅路
の遥けさよ

だが 夢も夢見ることがあるだろうか
もう一度あなたのもとへ帰ることを

栖   藤谷恵一郎



光がフッと差し
栗山の栗の木の葉が落ちる
一枚 一枚
少し広めの裏窓の向こう

やあ と言っているようで
こんにちはと言っているようで
さよならと言っているようで
たしかに
こんちきしょうとは言っていないようだ
散るのはいやだとも言っていないようだ
濃い緑の山の夏 われは隣人となる

森の精よ
われを受け入れ給え
われに力を貸し給え


         *能勢町にて 2021・8

伴天連(ばてれん)   葉陶紅子



伴天連(ばてれん)の 若き坊主(ぼんず)の禿頭を
占めるは丸乳(まろぢ) 紅き葡萄酒

籠る日の長きがゆえか なが咽喉(のど)は
恐竜のごと 唸り嘯く

黒日なる 憂鬱(メランコリア)に沈むなを
哀れみ 鳥は青き糞する

老いてさえ 伴天連坊主の禿頭を
占めるは丸乳 紅き葡萄酒

じやすぴすの壺の秘薬を 唇に
天国(パライソ)現ず 姫の素肌に

陰(ほと)開き口づける坊主 宇宙(コスモス)の
未生以前の 粒子たるべし

神と婚(あたわ)し からむDNA(らせん)を宇宙に
撒きちらかして 果てるが快楽(けらく)

恋   葉陶紅子



千年の命を乞いて 精霊に
木にされし男(お)よ 恋し! いずこに!

なを恋いて 戯(たわ)れ男(お)袖の千年に
褪せにし色を 誰にや問わん

わが恋は インディゴの空にはためかす
衣での白 至純の艶(あで)ぞ

世の規矩の埒外にある 鳥となり
わが彦求め 星を巡らん

風に乗り双翼ひろげ 海流(うみ)またぎ
千年の思(も)い 巣を賑わさん

わが男(おのこ) 蒼穹柱(ささ)え千年の
命を重み 風に彳(た)つ巨樹

両の手をひろげて われを抱きなば
次の千年 安らかならん

ホントのかお   ハラキン



 十一のかおをもつものの
 ホントのかおは どれかな?

 見えるままに ありのままに彫るだけなら 単一の相
しか表せない。それではリアリズムでしかない。いまや
多相でなければ すなわち無相でなければならない。
 刀を走らせ スーッと顔面を縦に切開し いわば真皮
を露わにして 真皮の深さで十一面を造形したい。電子
音を放ちながら縦に切れ目が走り 最表層の顔面が両端
に開き 頭皮に抑えつけられていた頂上面と化仏群いわ
んや暴悪大笑面が息をふきかえし おのおのの説教がエ
ンドレスで始まるという展開としたい。

 十一のかおをもつものの
 ホントのかおは どれかな?

 十一面観音を内蔵する立像モデルは 悪く言えば予言
好きの 善く言えば風狂の 中国南朝の和尚である。観
音の化身であるという噂だが 時空を気ままに行ったり
来たりしているから 噂は本当だろう。
 二十一世紀末の 四六時中霧雨が降っている街から 
メカトロニクスの友人がやってくる。もうここまで出来
ているから メカトロニクスは「画竜点睛」。彼の技術
支援によって 初の「化身しつつある」観音像が完成す
ると確信している。

 十一のかおをもつものの
 ホントのかおは どれかな?

 暴悪大笑面の偉そうな説教を聴きながら いまから風
狂の和尚と一杯やる。いぇいっ俺は無名の大仏師である。

無題   ハラキン



 「有題」はどうか。但しこんな語彙は無い。やはり「無
題」とするか。下手な題をつけると題がひとり歩きする
から つまり題が主役になってしまう。「無題」にして
突き放すのも演出として効く。演出? そう 表徴世界
の価値は演出。

 演出として設えて あとはオレが演技してゆけばよい。
このように何かを考えはじめると演技なるものが割りこ
んできて 結局 演技について考えざるを得なくなる。
まさしく 表徴世界の価値は演技。

 巨大な十字路を行きかう夥しい無題の群れ。そこへ 
不規則に 跛行する舞踏者の名演。

 誰が無題を発明したか。無粋な具象をどこまでも回避
できる大発明。言い換えれば 精神の内奥に空性を見出
す大発見であった。

 膝をゆるめて中腰になり 片腕を突き出し 手のひら
を先方に向け 手前 生まれも育ちも無題です。性は無 
名は題 人呼んで無題と発します。


 世界中の更地に
 無題の看板を立てよ

 見えてこないか
 無題の先の無我
 感じないか 
 無題の底の無尽蔵

旅   ハラキン



 幼稚園の制服を着ていると思われる。六十数年
前なので確かめようがない。記念写真も無い。父
親に連れられ 東京に数日来ている。いま乗って
いるクルマは 誰のクルマか。わからない。いま
運転しているのは誰か。父親ではないように感じ
る。
 
  運転席を見れば一秒でわかるじゃないか。

 いや 六十数年前なので もう視覚が無い。ク
ルマに乗っているのは何人か。自分と父親だけで
はなかった との認識がある。東京で世話をして
くれた女性も同乗していたと思われる。小柄な…。
としても車内で聞こえるはずの女性の声がまった
くしない。もはや聴覚も無い。

  走るクルマから見る東京はどうなのか。

 鉄骨とかコンクリートの都市ではなく 石造の
都市。僕はまだ幼く背も低いので クルマの窓の
外を見るには 少し顔を上向きにする。石造の都
市をやや仰ぎ見る格好となっている。それと 先
ほどから体感しているのは 停まる 走る 停ま
る 走る 停まる が頻繁であること。単純に 
信号とクルマが多いということだろう。仰ぎ見る
パースペクティブで クルマの窓枠に因り画角が
窮屈で 頻繁に停止する東京が いま生起してい
る。

  いま夕刻だが これからどこに行くのか。

 五歳の思考にすぎないが 小柄な女性の家に行
くのだと思われる。この旅のことは いやこの旅
のことも いつまで経っても 現在進行形のまま 
雲のように浮かんで いつでも僕を待っている。

ちょっと わたし   関 中子



おいしそう 朝
きれいな ウンチ
すなお
するり
便器にそって 磨くよう

こんなきれいに
お腹にいた
こんなきれいに
わたしのみんなで作っていた

すごーく うれしい
心配事の毎日
へんてこりんな梅雨入り
洗濯ができない不自由があって

あじさいがきれい
そう思う気もおきなくて
正体不明な地上物になっては
白っぽい空を見た朝に
生まれてくるものなんてない
思いこんだ朝に
違う朝を突然迎え入れたようだ

おいしそう世のかみごたえ
しみじみ いとしい
わたし 
畑をしよう
買い物をしよう

大歳の牛   牛田丑之助



夜といっても深夜ではない まだ赤白罵倒合戦をやっている時間だ

ほとほと 

と表の扉を叩く音がした
こんな年の瀬に こんな時間に誰だ
心張棒を外して少しだけ開けてみると
頭にターバンを巻いた夜の闇の男が立っていた

牛買ッテクダサイ

あばら骨の浮き出た白い牛が一頭背後に連れられている
私には牛を捌く技術もなく
曳かせる馬鍬もない
だからいらない と言うと
ターバンの男は 

お前の墓はない 

と言われたような困った顔をして 何も言わず かといって立ち去りもしない
こうしている間に桜田淳子の出番が終わってしまうのが気がかりで
早く帰ってもらいたいばかりに 
ちょうど玄関に置いてあった杜仲茶の代引き用の二五八〇円を渡したら
ターバンの男は牛を置いて闇に溶けた

牛は置いて行かなくてもよかったのに
しかしそのままにもできないので 玄関の中に引き入れ
鼠の首のノブに綱を結び付けて 
自分は炬燵に戻って桜田淳子を観ようとしたが
出番はすでに終わっていた

旦那 損な買い物しちゃったね

牛がバリトンで言った

俺 こんなに痩せていて食べるとこ無いっしょ

牛なんか食べないよ と答えると

でも俺重いもん運べないっすよ もう年だから

と言う

重いもんも運ばせないよ

じゃあ 何で俺を買ったんすか 何の役にも立たないっすよ

本当になぜ牛なんて買ってしまったんだろうと思った
いや買ったのではない 
ターバンの男に金を渡したら置いて行っただけなのだ
ただそれは牛には黙っていた

腹減ってるんすけどね 何かないすか

そこで十キロ袋の白土竜(しろもぐら)用カリカリの餌を鍋に出して牛の前に置くと

土竜っすか 俺 牛なんすけどね

と言いながらもガツガツと食べた 鍋まで食べる勢いだった
そしてひとしきり食べた後

旦那 腹いっぱいになったっす お礼にいいこと教えるっすよ

そしてちょっと声を潜めて

忘れらんないもんは思い出せないんすよ

と言った

次の言葉を待っていると

それだけっす んじゃあ

と言って膝を折って座り 呼吸を止めた
私も気づけばすこぶる疲れていて
桜田淳子を逃した悲しみも加わって
そのまま炬燵で寝た

翌朝 玄関の鼠の首の握りに綱が結ばれ 
その端が玄関にだらしなく投げ出され
床には白土竜用カリカリの少し入った鍋があった
この綱は何だったのだろう そして鍋は
何かあったような気がするが 覚えていない

忘れられないことは思い出せないのだ

それ以来 
私のまわりで
全ての輪郭と形がずれ始めているような気がする

巡礼   牛田丑之助



巡礼がユーカリに吊るされている
救済でも神罰でもなく
ユーカリの実のように
枝という枝で巡礼が風に吹かれ揺れている

根元には毎朝女どもがやって来て
大腿四頭筋をほじり返しては馬油を汲んで行く
巡礼はユーカリの成長を阻害しない
代わりに寄与もしない

雨が降れば葉から涙が滴り
巡礼からも雨雫が落下する
それをまた女たちが土甕に集めて
殉教の粉末に混ぜて捏ね 痛みで焼いてパンを作る

巡礼の希望はユーカリなのか
遥かラリベラ*の火炙り柱なのか
誰ひとり空を語り始めないまま
ただ風に揺られている

しかし日に何人かは命が尽きるので
神に堕ちないために徴税人がユーカリから降ろして
次元の断崖から捨てている
それが巡礼の約束の地だ


         *ラリベラ エチオピアの都市。エルサレムがムスリムの手に落ちた際に、
               新たなエルサレムとして岩窟教会を中心に建設された。

帰還兵   牛田丑之助



戦争は疲れたな
ああ疲れた くたくただ
蛭に血を吸われたな
ああ吸われた 痛痒かった
娘が命乞いをしてたな
ああしてた でも目を瞑って引鉄を引いた
焼夷弾が雨のように降って来たな
ああ降った 美しい笛の音をさせて
駅は混んでいるな
ああ混んでいる 妊娠しそうだ
でも密林に比べれば涼しいな
ああ涼しい でもここでも血の匂いがする
それは俺たちに血の匂いがついているからだ
そうかもしれない 洗っても落ちない匂いが
それでも明日からは小心な市民に戻るのだ
ああ戻る
照準を定めるより丁寧に
腕カバーをつけて売上伝票を書く
女子供が隠れている納戸の扉を開いて回るように
昼休みには
アルミの弁当箱を開く
もう戦争は嫌だな
ああ嫌だ 次にある時は
次にある時は なんだ
次にある時は
帰営後に南部銃を回収しないでほしい
深夜 自らのこめかみを撃つために

end   牛田丑之助



終わる
愛が終わる
死んだらお互いの骨を喰べようと
言っていても一本のLINEで終わる

終わる
人生が終わる
肝臓を食べようと左手をしゃぶろうと
勝手に心臓は止まり音も立てずに終わる

終わる
太陽も終わる
誰もいない公園で微睡(まどろ)もうと
風のない日向をひとりで歩もうと
人類の為してきた邪悪よりも遥かに容易く終わる

終わらないものを求めて
煙草屋の婆さんに教えを乞うために
猫の発情する裏道を辿って訪ねても
三か月前に婆さんは死んで店も終わっている

だから僕たちは終わるために始めよう
恋を
結婚を
ボランティアを
交接を
命を
終わらせないためには
唯一終わることのない争いを起こすか
終わる前に自分であることを
終わらせるしかない

<童話詩>じゃがいも家族   白鳥鈴奈



女の子の家の 畑の土の中
じゃがいも家族が 住んでたの
みんな仲良く お手手をつないで
ぐーぐー、すやすや じゃがいも坊やが 寝ています

つまんないよ 早く外に出たいよ~
じゃがいも兄さんが 言いました
私もつまんないわ どこかに行きたいわ
じゃがいも姉さんが 言いました
静かにしなさい 坊やが目をさましちゃうじゃない
じゃがいも母さんが 言いました
よく寝て よく食べて 大きくなったら 外に遊びに行こう
じゃがいも父さんが 言いました

ああ 寒い 寒い 洋服たくさん着て あったかそうですね
土から顔だけだしている 
ダイコンさんが 言いました
そうでもないさ 私も寒いよ おお寒い
こんな薄い洋服 何枚着てもおんなじさ
ダイコンさんみたいな 厚い洋服を着たいよ
白菜さんが 言いました

あれ? 上の方から 声がしたよ?
あれ? 下の方から声がしたよ?
上にいるのは だーれ?
下にいるのは だーれ?

気になった じゃがいも兄さん
土の中から ひょこっと 顔を出しました
そこにいたのはダイコンさん
大きな体に ごっつんこ
挨拶するまもなく じゃがいも家族
お手手つないだ じゃがいも兄さんに ひっぱられ
父さん 母さん 姉さん 坊やも みんなで ごっつん
 こ
坊やは 目をさまして おぎゃあ おぎゃあ
母さんは 坊やを起こしたと怒って ぷんぷんぷん
姉さんは こんな顔になってしまったと ぷんぷんぷん
父さんは 美人なダイコンさんにみとれて ニーコニコ

大丈夫?
心配して真っ青な顔の ダイコンさん
じゃがいも母さん 坊やをあやし
痛いの痛いの とんでいけー
優しくほっぺに チューチューチュー
ネズミさんの声と間違えた 猫さん
急いで走ってきて じゃがいも兄さんに つまずいて
土の上にゴーロゴロ
にゃんにゃん 痛いにゃん にゃんにゃん 痛いにゃん
猫さんの声を聞いた犬さん 急いで走ってきて
じゃがいも姉さんに つまずいて
土の上にゴーロゴロ
わんわん 痛いわん わんわん 痛いわん
飼い犬の声を聞いた 女の子
急いで走ってきて じゃがいも母さんと坊やに つまずいて
土の上にゴーロゴロ
えんえん 痛い えんえん 痛い
女の子の声を聞いた お友達 急いで走ってきて
じゃがいも父さんに つまずいて
土の上にゴーロゴロ
えへへ えへへと照れ笑い

ネズミさんも猫さんも 女の子も友達も
みんなが 土の上にゴーロゴロ
じゃがいも家族も 土の上にゴーロゴロ
たんこぶいっぱいこしらえ ぼーこぼこ
そのお顔を見て みんなが大笑い
大根さんも 白い歯を見せ大笑い
白菜さんも 洋服一枚脱いで大笑い
つられてじゃがいも家族も
ゴロゴロ 転がりながら大笑い

ユーチューブの画面製作   安森ソノ子



ラジオのパーソナリティを四年間つとめている日常に
「今どき ラジオにしがみついて聴く人 少ないよ」と苦い身内の声
「いや ラジオの必要性はあるのです
 年老いた人たちに 重宝されているのはラジオ」
身近な会社の代表は
「ラジオから ユーチューブに切り替えられたらどうですか」と熱心な提言

それなら「両方やっていきます」と 決心
主に京都と大阪で撮影をし 世界へ向けての発信だもの
勉強するにも張りがある
文字で先ず流れを書いて 動画でも表現して

コンテを画いて来る若者のAさん 出演 撮影 編集からの打合せも念入りに
〝一分一分が勝負だから〟の合言葉胸に
安森ソノ子CHの立ち上げだから後押しするというT女史は
「私も撮影の現場へ行く 楽しみにしている」と
大学の工学部で 電気の分野を専攻する孫息子は
「おばあちゃーん いつから見られるんやぁ」

「おばあちゃんはね
 明治十四年生まれの祖母から
 あなた達まで 五世代の世話をしてきた

 地球上の命 どの人々も大切だ 大事だと思うから
 温かい心で企画しようとするのかなぁ」と孫との語らい

三十年前から眠っていた着物たちは「出番多うなっても めんどうな事」と――

タイミング   今井 豊



この広い世界には
不思議なことがある
産まれてきたこと
生きていること
出逢うタイミング
どれもが奇跡の出来事
少しのずれで
産まれることも
生きることも
出逢うこともない

ふたりの間には
不思議なことがある
産まれた場所
生きてきた世界
全く違うのに
同じ場所で
同じ時間に
出逢った奇跡
そこからときめいて
始まった愛の軌跡
これからも変わらず
ずっと逢えますように

雪迎え   平野鈴子



蝉時雨・かき氷・風鈴・打ち水
青磁・白磁・吹墨・青海波の染付の器
息苦しい暑さであったのに
もうガラス器も影をおとし
夏仕様の器も暑さと別れをつげた

秋のたたずまいに姿をかえ
新米を味わい
野の味を楽しみ
海の幸を享受し
山野には美しい紅葉がおもむろにやってくる
季節の移ろいに身をゆだね
落ち鮎の有馬煮を味わいながら
いま秋にふれている

冬仕様の準備にむきあうなか
雪迎えの前に
寒さの中に立ちのぼる湯気
和やかにつつきあう土鍋のたのしみ
さあ黒織部の土鍋が待っている
木箱の真田紐(さなだひも)をとく手にも心なしか
高揚感が伝わってくる
雪笹(ゆきざさ)の器
しばれる未知の極寒もしらず
クマ笹に雪をたたえたこの器
さて何を盛りつけるか
ウメモドキやヤブコウジが赤い実をつけ
味を奏でる私のそばにいる
羽子板・松・鯛・おしどり・椿
冬の意匠をこらした箸置が食卓を和ます
手はずもととのった

文箱(ふばこ)のときめき   平野鈴子



さあ
みぎりのかわる頃からことばをつむぐたわむれの始まりにございます
緋色の漆塗りのくすんだ文箱がふたつ
便箋・封筒・ポストカード・記念切手・封緘印
これは私の心の宝石箱なのです
したためた手紙にそっと文香(ふみこう)をしのばせる
文字からの対話が心にひびくだろうか
受け取るかたが読んでくださるかの期待感で心はおどる
いつもの丁寧な嬉しいお便りは
ひなびた甘酒がのどもとを通るとき
故郷の優しさをも運んでくれるようだ
なのに誤字の粗相ばかり気になるがあとのまつり
ノーブランドの歯ブラシをおろした時の否応なしに味わわされる
 あのいやな歯ブラシの味のようだろう
きっと
娘さんと不仲の米寿の友人
話相手をしたり食事につれだしたり
ミツコ*や夜間飛行*をむりやりつけてはしゃぎ
若い頃を思い出し目頭を押さえ
「うちなあ昔天満小町といわれててん」
と聞かされていたことばがよみがえってきた
もう年賀状も届かなくなったいま
敬老の日には校区の小学生からお祝いの
メッセージカードがイラストに「長生きしてね」
と書いてある
子供の健康と成長を願い動物の絵葉書に
切手あわせをし年に一度の交流に目をほそめ
もう学校に返事が届いたかとにんまりする
ぬくもりの心やいたわりの心がつまった文箱
闇夜をキーキー鳴きながら飛ぶのは水辺の鳥にちがいない
あなたからの詩評もこの文箱に
あなたからの美しい絵葉書も
あなたからの絵手紙もこのなかに
朝がほのぼのしらんできたいま
わずかになった渦巻状のお香も薫香をたなびかせている


         *ミツコ
         *夜間香水
            香水の名前

ツバメは帰るか 帰らぬか   平野鈴子



竹ぼうきでツバメの巣をたたき落とす友人A(店主)
このゆるしがたいふるまいを二年連続みてしまった
「ツバメの巣があるといいことあるそうよ」と
何度伝えてもきく耳をもたなかった
店の軒先に巣を作っていた
何千キロの旅を命をかけてこの地をめざす
愛しきものに胸があつくなる
店の奥さんは次々と病におそわれ
店主も病にとりつかれ時代の流れで店も閉店となった
彼女は急性白血病で昨年この世を去った

わき道の家のガレージ内に作った巣
家族はヒナが落ちないように板まで取り付けた
友人B
三月になると突然すがたをみせる
巣を補強し左官屋さんまでひろうしてくれた
抱卵をはじめると
五羽のヒナ達は黄色の大きな口を広げ
餌をねだりオスもメスも多忙となる
巣立に近づくと目前の電線に並び
飛ぶ練習を何度もトライして巣立をする
二度目の抱卵の時通りすがりにカラスをみた
私は長い棒でおっぱらったがいやな予感を感じた
次の日カラスにやられ殻だけがガレージに
落ちていたので土に埋めたと肩を落とした家族から告げられた
ツバメのふしぎな体内暦と言おうか
海や山野で命を落とすかもわからぬのに
この地をと心に決めてきてくれる
このありがたさに心はふるえ
来年の再会を祈るばかり
あの飛翔する勇姿を

<PHOTO POEM>光のランウェイ   長谷部圭子



一筋の光のうえを

まっすぐに 歩く

一筋の光のうえを

ただ 自分らしく 歩く

わたしだけの 光のランウェイ

無観客の カーテンコール

一筋の光の向こうに

未来のたしかな 光(自分)が見えた

<PHOTO POEM>道路に咲くすみれ   中島(あたるしま)省吾



家の前に咲くすみれ
力強い
道路だろ
そこは
そんなとこでも
君は綺麗に
咲くのか
自分は売れない作家だ
行方、どうしようか
などと言っていることがばからしいんだ
君を見ていると

コロナウィルス   牛島富美二



 (一)
八方塞がり―蟄居してパーキンソン病誘発
読書三昧―眼疾・字重なり・映像多重・声帯不振
コロナ平原の黎明はいつになるやら―明けない夜もある?
―花菖蒲見惚れていても世はコロナ―

 (二)
コロナ10億分の1の大きさの数は未知数―ヒトの数は約78億人
一人の死者78億分の1
コロナに打ち克つしかない
―もう二度とコロナ時代に生きる者世界をあげて轍は踏まじと―

 (三)
連日のニュースがコロナ―聞き飽きたとなれない危機
ワクチン欲しがる国民―みよがしに変異するウィルス
ウィルスに人類を上回る知能があるのか?―
―先人の残した言葉「人間の将来の敵ウィルスと」―

 (四)
地球のコンクリート・金属重量―「人(ジン)新世」の遺物
生物重量を昨年上回っていたというニュース
コロナはそれに付け入って来たか―コロナの重量は知らないけれど
―この星の43億年歴史人類もまた一つの過程―

 (五)
コロナ―人類人口調査か
1億5千4百35万9533人まで数えた今日
まだまだ数えるのか―コロナの数は?
―世界中コロナだらけの世なる故オリンピックはヒト対コロナ―

 (六)
何処へ逃げようか海か山か
コロナに感染した野性生物や海魚のニュースが無い
山と海、この領土…
―八十(やそ)生きてかかる仕打ちの病魔ありとは残酷な外国の菌―

 (七)
失楽・失調・失語・失職・失心―コロナ冷嘲
この星覇者のウィルス―ヒト真似極微政府
地球温暖化が住みよい生き物
―千万年ヒト支配下のこの星も支配者の席交替時機か―

ある見方   佐倉圭史



煙が冬の空間を埋めていく

庭を暖める亭主の愛を、地面から

離れたところへと持っていき、また拡げていく

自由自在な形に変えながら――

  *

愛そのものの動きに限りなく近い動き

それを繰り返し、内包する愛をも増していく

東京(ぼく)   中島(あたるしま)省吾



現代版のオリンピックだった
ヒッキーはヒッキーのままだった
裏技の生き方をヒッキーはまだまだ模索している
正直者は馬鹿を観ない
素直な生き方をひざまずかない
ゆーちゅーばーその他とかで裏技の生き方を
ヒッキーのティーンエイジャーは模索している
卑怯者の生き方しかない

東京が泣いている
東京の愛と優しさが泣いている
東京五輪が無観客だった
もう一度死ぬ前にオリンピックを観たかったお爺さんお婆さん
夢が叶わなかった
現代版のデジタルに
ついていけなかった方もいた
ラインでのコロナ接種予約もついていけなかった
??????
ラインってなんですの
??????


店をやってても潰れそうな店主でもみんな戦っている
変わらない馬鹿なそら、元自分つくりのそら
さあ、自分の店のためだけ
アフターコロナに考える
ヒッキーのティーンエイジャーの若者なんてどうでもいい
死ぬか生きるかだ
アフターコロナの店の
立て直し

東京を観て
ティーンエイジャーの少年は頑張らない
ヒッキーを心がけて生きている
結婚もあきらめた
溜息を吐いた
素直に喜んだら
こんな目に逢うと
だから、ヒッキーでずるく行きたいんです、と
北京オリンピックが盛り上がる
東京オリンピックが滅茶苦茶、おいしくない
南京オリンピックはあるのか、豊かな中国だから
西京という街が韓国に在る、キムチがおいしいらしい

向かい風に吹かれたい   中島(あたるしま)省吾


押し寄せる風の中
向かい風に吹かれたい
日本が好きだからここにいる
いいことばかりじゃないだろう
人生ってものは


韓国人のキムさんとフィリピン人のフォーさん
二人は日本の飛行場で掃除の仕事をしています
二人はソウル大学の同卒生です
今日は日本では正月休み
二人で騒がしい正月三が日の日本中を歩いた
「あっ、課長さんだ」
キムさんが言った
課長さんは家族四人で住吉大社に初詣に来ていた
「課長さん」
キムさんが言った
「あっ、二人、来てたのか?」
「パパ、誰?」
「会社の人」
課長さんに二人がついて来たが、特に課長さんはフォーさんに
初詣の仕方などを教えた
御守りとは日本の神様が護ってくれること
神風で日本を護る神様が住んでおられる場所、八百万の神がいる、とか二人に教えました
アジアには、フィリピンとかにも教えたですが
朝鮮半島と中国には強烈に日本領土に変えて
直接、社を建てたりとかして神社を広めたんだ
でも、反発されて、戦争になったんだ、日本が勝ったけどね、と課長さん
キムさんが変な顔するので課長さんは言ってはならないなにかに気づきました

あっ

キムさんとフォーさんは女性です
フォーさんが言った
「御守り? ヤオヨロズノカミデオマモルン」
「キムさんは彼氏に護って貰いなさい。フフフ」
課長さんが言った
キムさんは苦笑いをした
タイミングよく、住吉大社の前を、急に右翼の街宣車が通った
「在日韓国人・朝鮮人は嘘つきです」
「韓国人は慰安婦、徴用工などで日本を貶めようとしました」
「日本の神様、神風に裁かれよ。日本の神様に謝れ」
などと言った。スピーカー車で街宣しています


キムさんは立ち竦んだ

キムさんは寒気がした



既に課長さんは神社の地図を
フォーさんに渡して
家族ごと
どこかへ行っていた

なにも起こらなかった三十一歳のときの文書   中島(あたるしま)省吾



~これは三十一歳のときの文書です
 なんかの罠のアダルト出会い系サイトに送った文章です~

いちかばちか、適当にメール
私は元ジャニーズの三十一歳です
地震が起きて悲しい。悲しい。寂しい
親戚も死んでいないし、大阪だけど
誰かと守りあって抱きしめあいたい
恋人探している女性なら奇跡ですが
男性なら無視してください
勇気あったら返信ください。写メ送ります
約束は絶対営利ではない。絶対
一度しか送りません。興味なかったら無視を
勇気がなかったらくれぐれも無理をせず
それぞれの彼氏と
人生を楽しんでくださいませ

ジョン・キーツのデイジーに寄せて   水崎野里子



あなたはかわいい
デイジーね
お庭にひっそり
咲いていた

わたしは探した
かわいい あなた
あなたは どこに?
そう あなたは ここに!

あなたは デイジー
太陽に向かって
その目を上げる
光を 受ける たおやかに

雨が降っても
曇っても 風が吹いても
あなたは 健気に
咲いている
 
私も咲くわ 春の陽浴びて
春の妖精 春風嬉しく
キーツとダンス

私も ダンス
スカーフひらひら
春の歌


         *前号でキーツのデイジーの詩を本誌に翻訳掲載

名花 女子体操選手の映像   中西 衛



「ナディア・コマネチ」
一九七六年七月 モントリオールで開かれた五輪の
女子体操選手で 競技の四種目 平均台で最難度の
十点満点を勝ちとり 最優秀選手として栄冠に輝い
た大選手である 絶対に失敗をしない選手として世
界の人々が喝采を贈ったが、十代のしなやかな身体
のどこに あの神秘に満ちた妖精の演技が秘められ
ていたのか

 幅十センチの平均台の上で
 両手をあげて
 まわり ひねる
 後方側転宙返り
 台に踏みとどまる
 連続抱え込み前方伸身とびの 
 着地を成功させる
 難度と 正確さ 美しさ
 比重する神経の
 浮力と引力の中の力学

 段違い平行棒では
 下から上へ飛び移る
 動のなかの寂
 逆回転
 捻る 抱え込む
 月面宙返り下り
 細身の柔らかな身体が
 弓のように
 浮いては沈み
 沈んでは浮き上がる

 空中のなかの神秘
 ライトがまたたく
 ライトの背後に
 見知らぬ部屋がある
 一の 二の
 三のドア
 ドアは無限に続く

こどものいろ   来羅ゆら



十二色のくれよんは
静かに並んで
こどもの今日は色分けされ
時は走っていく

一本のくれよんが
空を描く
迷うことのない空
こどもは空の境界線を走る

一本のくれよんが
海を書く
海の底は
宇宙の果てと同じ色をして
魚は天空を泳ぐ

一本のくれよんが
森を描く
森の緑を深く辿る
叢に小さな虫がいることを
こどもは知っている

一本のくれよんのそばで
壊れているパズル
あの子がひとつずつ集める
はまらないかけら

炎の上に建つ家
庭先の赤い花
どうして
こどもだけが燃えるのだろう

一本のくれよんが
人を描く
あの子が描く
黒々とぬりつぶす顔
黒のぐるぐるが
止まらない

(楽しそうなぐるぐる!)

こどもたちの小さな指が
あたらしい色を取りだす
ぐるぐるぐるぐる
みんなで世界をぬりつぶす

十二色のくれよんが
いのちを描く
混ざりあい
ぶつかり合って
ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐる
いのちを描く

化石   来羅ゆら



奇妙なものが
からだじゅうから
生まれてくる

萎びたたねは
手の先から
零れ落ちた
とつぜん音もなく

かたい殻の
灰色の卵は
どこから飛び出したのか
足もとに転がっていた

こめかみから
黄いろい水が
噴き出したこともある
あれはなつかしい泥の匂いがした

私から生まれたことは
痛みのかんじが
伝えてくるけれど
からだは奥深く眠っている

遠い記憶 おぼろな痛み
焦点が見つからない目に
きょうは
石を握っていた

からだが忘れ
月日が忘れたもの
古びたすがたの
黙するもの

夕日の落ちる
窓辺にひとつずつ並べて
眺める
私から生まれたものたち

萎びたたねになり
灰色の卵になり
黄色い泥水になり
手の中の石になり
私になって

夕闇の
見えない光に誘われ
鈍く発光し
秘かに熱を帯びて
並んでいる
奇妙なものたち

そっと
窓をあける

風の誘(いざな)い   笠原仙一



小さい頃
田舎の大きな家では 風は怖かった
強い風がやって来ると
必ずどこからか ガタガタと音がして
父や母を不安げにさがした

大きくなり 風は 爽やかな
ロマンの君 心地よいものに変わった
そして年をとり
今では風は 励まし いや 仏様になった

僕が 孤独な僕に陥るとき
風は必ず僕の側にやって来て
爽やかに 扉を開けてくれる
心に
命あることの新鮮を
呼び覚ます

創造の閃きが
パチパチと 感覚に触れる
心は
なびく 見つめる 想う 笑う
そして誘われる
気圏へ 木の葉のさやさやへ
タンポポに パリに マウントオルガに 世界に
人々の悲しみ苦しみに 無常に
真心に 優しさに
命の祈りに

ああ
気圏からの眺めは素晴らしい
水底からの太陽の光は 神秘的だ
あんな所に人間が
蟻さんのようだ
猫があくびをしている
山羊さんもいる 僕もいる

ああ 心は 風
地球は晴れている みんな生きている

八月   山本なおこ



てのひらに 蟻
おまえをつまみあげて乗せる

ちろちろちろちろ
手相をみようというのか

生命線だの 運命線だの
人間は名づける

おまえにわかるなら
おしえてくれないか

迷い道はどれで
回り道はどれか

からんとした八月の真っ昼間
ひとり私がはぐれている

芽を出すかどうか   阪南太郎



とにかくここに種を植えよう。

そして水をやり続けよう。

芽を出すかどうかは、分からない。

しかし、これだけは、言える。

種を植え、水をやり続けている限り、

芽を出す可能性は、ゼロではない。

生きてさえおれば……(と人はいう)   吉田定一



――生きてさえおれば……

まあなんとかなるよ なんとかならなくたって
晴れの日もあれば 雨の降る日もある

痺れて痛む わが身を煽(おだ)てて
さわやかに無駄口を叩いて 降る雨を眺めていよう

成し遂げるばかりが 人生ではない
ひとつの希望を抱くほど 純粋なものはない

すべての仮定(おもい)は未定だね 一期一会ではないが
幸せも不幸も 偶然の訪れのようにガラス窓を叩く

――生きてさえおれば……

そのことがいちばん難しい
難しいから なんとかなると思って生きている

弱い自分と出会っていられる
難しいことは 身体(からだ)が考えているさ そうか!?

あなたと会っていると 昨日とは違った
遥か彼方にいるような 未知な自分と出会う

まだまだあなたには あなたの知らないあなたがいるのよ
と 空の雲間から零(こぼ)れてくる 母の声……

――生きてさえおれば……

この言葉を踏み台にして 今しばらく生きていよう
そうだな 言葉のいらない約束もある

秘恋   左子真由美



湖に
風が吹いて
木の葉を浮かべた
世界のどこかで
かすかな音をたてて
けれど
わたしの恋は
その葉ほどの
音もたてますまい

野原に
ひかりが溢れ
白い蝶が飛んだ
美しい軌跡を残して
けれど
わたしの恋は
その軌跡ほどの
影さえ残しますまい

何も残さず
消えてゆくものもある
形になれなくても
たしかに
生きたものがある
かげろうの
一日かぎりのいのち
そのように
ひそかな恋も

野火   左子真由美



夢のなか
わたしが荒れ野のキツネであると
あなたはご存じでいらして
わたしを訪ねてくださった
山葡萄の実や身を隠す茅(かや)の葉を束ねて

わたしは人間の女の姿になって
あなたを待つのだった
そうやって二人で短い時をすごす
ほろろ ほろろ と
山鳩の鳴く野で

それ以上の幸せはなく
そして それ以上の寂しさもなかった

――雨になるかもしれないね
――雲がとても低いものね

遙かに高い青空を求めて
地上の木も泣くことがあるだろうか

キツネであることに
気づかぬふりのやさしいあなたと
傍目(はため)にはただのキツネであるわたしが
こうやって荒れ野で密かに会うことを
神さまだけはご存じなのでしょう

こんなに深く野に迷い込んだ
あなたがお帰りになる道には
はらり はらり
さくらの花びらが散りかかり
遠くで野火が燃えています