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185号 嘘

185号 嘘

残りの雪   有馬 敲



冬の青空をうっすらと残して
高野川がゆっくりと流れてゆく
わが物顔に泳いでいた二羽のコサギが
枯れたヨシの林のなかにあわてて飛び立つ

臙脂(えんじ)色のコートを着ていた
銀髪の老女が白いマスクをして
付きそいの中年の女性が
杖を後ろ手に持って歩いて来るのを見ながら
いつものように堤の上を話してゆく

北山は遠く
白の残る頂上には
昨日の雪がかすんで見える
とつぜん 自転車が過去を追い抜くように
素早く走り去る
一昨日打った腕の三回目のワクチンが
まだ痛む

頭の上の桜のつぼみは固い
ぼくは流れの途中の石段に腰かけて
堰水が逆に流れてゆく姿を
じっと見つめている

詩を読む人   岡崎 葉



詩を読む人には
詩を書く人と詩を書かない人がいる
詩を書く人の中には
詩が好きで多くの詩を読んで
自分の詩を成長させてきた人や
他者の詩は読まないであるいは読めなくて
自分の詩に没頭する人もいる

詩を読むことは詩を書くことと
同じくらいエネルギーが要る
時間と空間を確保して
居心地のいい生活環境を整えたり
集中力が高まる時機を逃さずに挑む……
そうした苦労もなく
さらっと読んで幸福感にひたれる詩は
ほんとうにいい詩だ

自分が詩を書かないで詩を読む人は
率直な感想を述べてくれる
くどいとか よく分からないとか
時には情けないことを書くな、とも
けっして否定せず無視もせず
長くながく詩と付き合ってくれる

この世でたったひとりでもいい
自分の詩を愛してくれる人を見つけることが
一生の課題だと思ってきた
見えない群集のどこかで手を振りつづける
たったひとりの 詩を読む人

詩を作る水澄まし   船曳秀隆



巨大な橋をくぐる
遥かな大河に
壊れていく神経のような細さの
水澄ましが漂っています

水澄ましは か細い身体で
線の細い詩を作りはじめる

それは
周りの風景さえ粉々に壊れていくかのような
繊細な詩でした

水澄ましは 細長い身体で
ますます線の細い詩を作り 朗読する

それらは
自らをも滅ぼしていくかのごとく
詩でした

詩を読む声が
水面を顫動させて
その僅かな水紋にすら
水澄ましは呑み込まれそうでした

巨大な橋の上から
人々の拍手の音が
一層水面を震わせて
その水紋が
水澄ましの全身に押し寄せ 呑み込まれた瞬間
とうとう水澄ましの身体は
水紋の水勢によって壊れて 
詩作が出来なくなりました

壊れた身体で詩作をしようとする程に
作品は壊れつづけ
自身でもその壊れ様に驚き
今までの作品と身体だけは守る為に
水澄ましはついに 詩作を辞めました
 
巨大な橋をくぐる
遥かな大河に
壊れていった神経のような細さの
水澄ましが漂っています

人/夏の夜   門林岩雄



 人


手で人の足を支え
支えられた人はまた 別の人を支え
こうして人はつながっている
闇の底から
              (令和四年二月)



 夏の夜


あの草むらに
青白く光っているのは
先ほどおりてきた
星の子ども
             (平成十二年十月)

今日また   加藤廣行



僕らは悩む
傘を持って出ようかどうしようか
何が降ってくるか分からない駅までの道で
時間は隕石を選ばないから
僕らは悩む
何語を遣って乗り込もうか
流れてゆくのが馴染みの景色とは限らないではないか
見下ろせば大陸が睨みあっている
地中海上空
何かしら地政学上のおこぼれがある筈だと
房州弁で水戸弁で東京言葉で世界浸透語で
バイリンガルを試してみるが
バイバイリンガル
いいことなんか来ないよ
クレオールが笑っている
おまえのことだよ
なるほど砂漠には何も降らないらしい
僕らは悩む
僕らの描いた内奥の美は勘違いじゃないか
歩いていないだろ頭の外を早足で
主治医も笑う
油ぎった言葉は食べ過ぎないこと
おいしい思想を呑み過ぎないこと
概念の肥大は個の肥大に由来する
いずれ版図を拡大したくなるぞ
そうハントならボーイもガールも悩まない
弄り続けるボタンが何に繋がっているか
見上げれば巨大化した象徴の群
雲がひしめきあって遠くで
気味悪く咆哮を始めた
ダイエットが必要だ
僕らは皆知っている
日々励んで悩んでいる
よいトレーニングは既にない 出尽くした
虹を見たいのに

           *神保光太郎「雲」(『南方詩集』昭和十九年所収)のエコーとして

揺籃 ―ケアプランセンター「蝶ちょ蝶ちょ」にて   吉田定一



 ♬ねんねんころり ねんころり
   ねんねんころり ねんねしな

足元もご不自由な 老婆(おばあちゃん)が
ケアホームのベッドの傍に立ちながら
胸に抱いている 人形の赤ちゃんを
優しく あやしている

赤ちゃんのお目々は ぱっちり
頭(おつむ)に 白い帽子を被り 
小さな可愛いまいだれを 胸につけ
口に 授乳用のゴム乳首 

 ♬ぼうやはよいこだ ねんねしな
   ねんねんころり ねんころり

遠い 記憶の底に眠る
若き日に還り着いたように
老婆(おばあちゃん)は 人形にわが幼子(おさなご)を
想い重ねているんだろうか

老婆(おばあちゃん)の 初産(ういざん)の子の幸せを祈って
あやしているような……
亡くした 愛しいわが子のいのちを 
あやしているようにも……
(いまはここにいて 抱くに抱けない 
 生まれたばかりの お孫さんかもしれない……)

 ♬ねんねのぼうやは どこへ行った
   あの山こえて 里へ行った

人形の赤ちゃんをあやし 
人形の赤ちゃんに あやされている老婆(おばあちゃん)の
一途ないのちに漂う寂しさ その後ろ姿に 
ふとわが自身が重なり 涙が流れる

(老婆(おばあちゃん)のように 俺も あの世に旅立った母に 
 今も抱かれ あやされているのかも……)
幾つになっても あなたは赤ん坊よ
と 耳元で囁く 母の声……

 ♬起きゃがり小法師(こぼし)に 振り鼓
   ねんねんころり ねんころり……

ああ 母の声を胸に 老いて静かに 
揺籃(こども)に還っていく 自分自身がいる

反復/例   佐倉圭史



 反復


郊外の巨大な殺風景というのが
中心街の機能的美学に成り得ないのは
殺風景という単位を
加算しただけだからだろう



 例


生活のどこかで
充実感を味わう例として
色というものを、心の眼だけで見る事だ
知的な者にとってはひたすら黒く
馬鹿者にとってはひたすら白い様に
或いはその逆の様に

わたしは狐   水崎野里子



わたしは狐
宵闇が迫ると
わたしは泣くの
コーン コーン

あなたは
来ない

さみしくて
わたしは叫ぶ
コン! コン!

すると
お月さまが
天から降りてきた

あたしは輝く輿に乗って
天の宮に行きました
天女が 踊って
キンポウゲの花盛り

わたしは狐の姫に化けて
金色の稲荷神社に
住み続けます
お月さまといつでも
一緒に

お月さまは
痩せたり 太ったり
する方 でも
不死不老

みなさん いらっしゃい
月の宮に
ここには
病も 死もない

老いもない
金木犀の香りが
ただよっています

ただ
太陽が昇らないの

コン コン

春は馬車に乗って   水崎野里子



今日 梅の花を見た
白梅 紅梅
電車を乗り継いで
やっとたどり着いた
ホームの庭

小さな庭
わたしは一人
ぐるりと一周
ベンチがあった
でも 座らなかった

母と座ろう いつか
齢九十四
九十五歳?
歩けなくなった母
懸命のリハビリ

九十五歳で
胆石の手術に耐えた
うちに帰りたい
帰せ!
しきりに母は言う
そう聞いた

母の家の近くに
見つけたホーム
入ってくれるかな?
一緒に梅を見たいです

春は馬車に乗って来る
きっと来る
春の女神は来る
虹色のドレスを着て
花の冠をかぶって
やって来る

紅梅と白梅の
木々を抜けて

世界はいつも
長い冬
耐えれば でも
必ず
春がやって来る
きっと来る

〝梅が咲きました〟
誰に言っているの?
リハビリセンターに戻った母に
コロナで苦しんだ
世界中の人びとに

遠い少女の日の記憶
炭火のコタツでお昼寝のわたし
目覚めたら
父が言った
梅が咲いたよ

ドラクロワの墓前で   安森ソノ子



「百年後 私はどう言われているだろう」と生前に言ったウジェーヌ・ドラクロワ
その言葉は 何故か頭をもたげ
今日も あなたの墓前にいる

ペール・ラシェーズ墓地を訪れ
ショパン アポリネール コレットの墓参りをした日 勿論ドラクロワ様の墓前へ

茶色い横長の長方形の墓碑の前には
造花が一枝供えられ
木の葉が一枚 ひらりと落ちてきた
固い意志そのものを表すような外観の墓碑に 手を合わせ
「あなたが壁画を描くために通った道を パリで私は一人で辿っているのです
 描かれた絵画 壁画に底知れぬ永遠の世を想うのです」と対話する背に 先人の声やわらかく

家政婦一人に見守られて 天国へ旅立ったドラクロワ
サンジェルマン・デ・プレ教会の近く
ドラクロワ美術館となっている旧居へも向かいました
ショパンと親しくなった後は
アトリエにピアノを置き ショパンの奏でる音楽を聴きながら絵筆を握った巨匠の貴殿

永遠の眠りについてからも この墓地でツツッと走って行けば ショパンの墓所
赤や白のリボンがかけられたあまりにも生生しいショパンの墓碑は艶めかしいが
ショパンは あなたのもとで音楽を奏でるために いつも来る 地下を伝って

同じ墓地で画伯の貴殿と音楽家ショパンの友情は いつの時代にも脈々と交差していることを
私は知っている
表現者同志の敬愛 友情の呼吸は 耳へ届く真実の波長で

Orlando(オーランドー)   葉陶紅子



樫の木の彼方から 空を背負って
巨人は来たる 同じ時刻に

椅子1つあれば 時代は廻りだす
前後左右に 疾くまた緩く

樫の木ゆ鳥は飛びたつ ビッグ・ベン
BTFの 時計台狂わせ

雷鳴と閃光のたび 己が身を
男(お)に女(め)に変えて 千年を生く

太古より ありとある生物と
無生物の死骸 汝(な)が踏む土は

太陽(ひ)は昇り沈み 花咲き萎れるも
汝は生く 時代(とき)と国をへ巡り

樫の木は 葉のさざめきのコーラスで
時を彩り 空を縁どる


         Orando:ヴァージニア・ウルフ原作、 白井晃演出で舞台化
         BTF:映画『Back to the Future』の略

眠れる町   葉陶紅子



寛布脱ぎ 頭蓋骨(ほね)散らばれる中庭の
青き夜に彳(た)つ 裸身の姉妹

月3つ 2重の都市の間(あい)に在る
町に生きるは 裸身の女人

乳房と恥丘に 蔦は絡みゆき
不在の乳首 つまむ指先

薄片に 切り分けられたマールスを
ルーペで覗く 鉱物学者

指先ゆ種子投げ放ち 天球に
アマツバメ座の 誕生を聞く

乳房生え腹丸み帯び 脱ぎ捨てし
フロックコートの 女人授乳す

女人らは裸身のままで 暁に
恥丘の奥の 王国(くに)に帰還す


         マールス:火星、あるいは、古代ローマにおける戦と農耕の神

ギャラリーはまるで巴里   平野鈴子



モスグリーンのドアーの中は巴里の町

椅子によりかかり煙をくゆらす老婦人
祖父と幼い孫と歩く後姿が胸にせまる
モンマルトルの丘からの眺め
バケットを無造作にかかえるパリジェンヌ
カフェのギャルソン
メトロから上がってきた大きなサングラスのマダム
駅のホームで自転車をおすムッシュ
マルシェの買物客
セーヌ川河畔の恋人たちのささやき
カテドラルの荘厳さ
声がとどきそうな自由がみなぎる巴里の息吹

クリアに煌めくコンフィチュール*
きのうはラ・フランス
きょうはイチゴ
あすはグリーンキーウィ
ブリオッシュ
クロワッサン
パリジャン
何がお好き

ヌーベルキュイジーヌ*から半世紀
あの偉大なエスコフィエ*はいま何思う
聞いてみたいこの場所で
外にでて我にかえる写真展
「カードと女とサラダはいくらかきまわしても十分でない」ですって(フランスの諺)


         *コンフィチュール 仏語でジャムのこと
         *ヌーベルキュイジーヌ 新しい料理法
         *エスコフィエ フランス最高の料理人(故人)

予期せぬことば   平野鈴子



昭和二十八年
東京芝白金の我家で大学生活を始めた親戚のお兄さん
小学生の私はもの珍しく興味津津だった

母は区会議員の選挙のアルバイトを見つけ
マイクを持たせ港区中を走らせた
アジアアフリカ学生会議でインドネシアの
バンドンに行く時には
楓婦人会のおば様方が羽田まで見送ってくれ
卒業で帰阪する送別会は
飲むわ歌うわ踊るわの夫人たちの芸達者で
腹をかかえ笑いころげ盛り上げてくれた人気者だった
到来物のロシアケーキ・季節ごとに届く和菓子・父の郷里から届く米・餅・野菜・果物
みんなで味覚を楽しんだ

父が亡くなり
ついに母が亡くなった弔いの日
まるでこの日を待っていたかのように
「これで縁を終わりにしたい」と
私に切りだしたお兄さん
耳を疑う予期せぬことば

大手企業のエリートコースを歩いた人
家族五人と寝食を共にした四年間の思い出話を共有できるのは私一人となった
同じ大阪の空の下
自然の流れを選ばずに
年月が血縁を乖離(かいり)させたのか
幻となったつめえりの学生服は複雑にからみあい光と影になり
老境にして彼のパーソナリティを知った
客観的に考えたこともなかった私である
その実家の墓には
戦後かれの父の後妻となり三人の子供を育て義母となった私の祖母が眠っているのだ

今宵の涙   平野鈴子



歌番組(ナツメロ)を見て生きてきた時代が
蘇ってきた

私だけが取りのこされたわけではなかった
みんな若かった
拒むこともなく涙が頬をぬらす
歌と時代が交錯し昔にもどる
樹木医が優しく木を抱擁するように
今夜はメロディが私を包んでくれた
そこには木洩れ日がさし込み
風がおだやかにそよぎ
ふわふわの落ち葉の香りをうけ
澱(よど)んだ心に温もりの手が密かに触れたようだった

涙があふれた

意志的な言葉   加納由将



どこから来ているか
この足でどこまで行けるのだろうか
疲れたのか
一瞬頭を横切ったが
振り切って書き続ける
白紙が話し始める
言葉を書き続けると
贅沢な時間を感じる
遠いところから
聞こえる足音は
ワクワクさせる
どこまでも
遠いところまで
行こうと思った

お母さん死んで手術の保証人がいない   中島(あたるしま)省吾



カップラーメンのみの生活、命の危機。施設も病院も自立支援で
入れない。自立できる方は自立してくんなましぃ
医者は法律改正違反で捕まるから不安薬減らしてもええかあ
減らさないで、の毎度の三分診察のやり取り。坑不安薬は必要
寝れなくて、すぐ自殺になる。障がい者施設合併、縮小
地域移行で施設入所順番待ちのライバルだらけ。生涯独身
彼女いない歴三十八年、素人童貞、一人暮らし、天涯孤独
お巡りさんが友達、キリスト教会で礼拝ストーカーとして警察罰金
後述の壮年に脅されあちこちの教会にストーカー悩み持ちの
男一人ぼっちで脅しのパワーのみで行く。現在、超教派黒リスト
二〇〇八年に女性に本あげて、話しかけたからキリスト教会除名
現在、彼女は結婚して、妊活中です。彼女の悪口を言うと旦那が
なんてこと言うんや、と怒ってきます。二十四歳のとき、初めて
聖霊派のキリスト教会に行き、婚前交渉したら盲人になると
サタンに憑かれる、と今でも唯一付き合いのある、教会内で唯一
電話番号知っている一人の独身の壮年に言われて、怖くて
結婚せずに現代版女性と上手く姦淫なしで、付き合えなかった
処女しか結婚できないと婚前交渉警戒は不幸にならないためと
邪魔されまして。毎度、そのおっさんのオマケが付いてきて
女が逃げました。素人童貞、ジャニーズ百科事典の元所属者でも
こんなんでした。キリスト教会は悪くないと全員が言い
今があります。今は頭は疲れ果ててハゲです
もちろん、バレンタインもクリスマスも縁がありません
家庭もありません。過去、お母さんと二人暮らしでした
二〇一八年末内科に行き、検査結果メタボリックシンドロームです
余命が二年です。カップラーメン三食、弁当三食の食生活が限界
限界の食生活は変えれませぬ。このほかに方法がありませぬ
ヘルパーに食事作ってもらいたい、と市役所に申請しましたが
男性ヘルパーしかあかんとか、財政難のため落ちましたぬ
彼女さんに作ってもらえと、彼女はいませぬ。お母さん死んで
急に料理は作れませぬ


この本が出て詩人と読者が泣いてくれませる、余命一年ごろ
養父、串本、十津川の寂びれた団地を観た
田舎の山中の団地を観た。人が生活していた
なんかあったらスーパーのお菓子、弁当も無理地区、孤独死
僕は最期まで粘ろう、生きよう

               *『関西詩人協会自薦詩集 第9集』(澪標)より

〈PHOTO POEM〉一枚の絵   高丸もと子



キミが残した 一枚の絵
古びた家のほとりには
小川流れて スミレの花

キミが残した一枚の絵
小さな橋の向こうには
大きなあの木 白い雲

キミが残した 一枚の絵
鍵がないので 入れない
壁のイニシャル はがれたまま

あれからまた 雪が降り 花が咲き
キミが残した 絵の中で
ぼくはキミの帰りを待っている


       *第15回まほろば歌曲作品
        矢野正文 作曲

〈PHOTO POEM〉ザ・カバーガール   長谷部圭子



斬新でレトロ
ヴィヴィッドなルージュ
コケティッシュ
マニッシュ
ガーリッシュ

エキセントリック
サイケデリック
ノスタルジック

トレンドを纏う
時代を纏う
ザ・カバーガール

〈PHOTO POEM〉未来奉行者   中島(あたるしま)省吾



本当に弱い人がいる
人権侵害したらだめだよ
政治も子供手当ても老人医療も
子供手当てが良いと言いながら、
それに恩恵されない人はどうするの?
老人医療が上がれば、
年配の方が病気になれば
「死ね」なんて姿勢で
皆、若者中心、や、未来奉行者は言わないよね?

祈りの鳥   藤谷恵一郎


 *

祈りの鳥よ 飛べ
我が脳内の地獄の空を

 *

鐘を突けば
鐘を突く者の魂が飛ぶ
夜の家並みを 空へ

鐘(ベル)を鳴らせば
見えない小鳥たちが飛ぶ
朝の街並みを 空へ

神の存否にかかわりなく

 *

飛び立つ空を奪われた籠のなかの
鳥よ
まだおまえには歌声がある

クレヨンの気持ちで絵を描く少女   藤谷恵一郎



先生なぜですか

なぜ女性はレイプされると

その体は穢れたと考える人がいるのですか

加害者の心と体こそ罪を得たのであり 穢れたのではないですか

目をそらさない クレヨンの気持ちで絵を描くと言っていた女の子

麦わら帽子の少女   藤谷恵一郎



あなたはどちらにつくの
勝ち組それとも
負け組

わたしは正しいと思う方につく

あなたがそれでいいのなら
お母さんもそうするわ

子供なりの覚悟をみせて
麦わら帽子のよく似合う少女

亡者踊り   牛田丑之助



鼓動よりも静謐で懈怠な声明
黒布から深夜の闇に光る白目
緩慢に枯れる花よりもさらに緩慢に
手に蝶の動きを与えよ

それ以外の音は
一族全員が死に絶えた廃屋で 
薬缶の湯が沸いた警笛と
新月よりも暗い納戸の中の
老婆のしわぶきだけだ

触ればわかる
女たちは生きていない しかし氷よりは生暖かい
手の動きに合わせて白足袋の小さな足を
思い出したように一歩出し 一歩引き
首切り地蔵の前から無名兵士墓地を過ぎ
バスの来ない停留所まで辿り着いている
途中で漆黒の穴に何人かが
吸い込まれるように堕ちていくが
声を挙げても誰も気にしない

またひとり 穴に堕ちたかもしれない
しかしいずれ女たちは
すべて世界の消失点に黒々と口を開けた
輝く白い闇の裂け目に
吸い込まれていく

不在   牛田丑之助



あなたを探すがあなたはいない
栗の花の匂いを辿って
不吉な街角をひとつひとつ曲がり
酔った牡牛で賑やかな酒場を一軒一軒のぞき
公園のジャングルジムの首括りを一人一人確かめたが
あなたはいなかった

あなたはどこへ行ったのか
あなたという影絵は存在していたのか
川沿いで透明な犬の背にひとり座り
日がな風の言葉を読んでいたあなたは
その陥穽によって私の腓骨を折り
だからこそあなたを渇望する 
悪霊が取り憑く相手を探すように

ただ一度だけあなたを見た
どこにも行かないバスを降りた雑踏に
あなたの赤いベレー帽が溺れ
鎖に繋がれ俯いた人びとの中で
そこだけに細く貧しい救済の光が射していた
しかしそれは一時のことで
すぐに羽虫のように群がる囚人の影になり
闇に沁み溶けた

あなたが始めからいなかったのを
始めがどこかわからない世界の混沌の中で
小指ほどの藁人形の私は便器の渦に巻き込まれて
陰気な花婿として探していたのだ

それでも溺死者が海面ではなく海底を求めるように
わたしはあなたを水泡にまみれて探すが
それは歪んだ彷徨をわたしに与えるだけで

誰がいったいあなただったのか

夜空   升田尚世



古い橋をわたる
県庁舎も保険会社の建物も
林になって眠りこむ
いきなり女が駆けだして
アスファルトにうずくまった
―ふざけてんのか?
そう途方に暮れたとき

夜空は星でいっぱいだ
強く肩を叩けば
涙まみれに黒い目だ
空を見上げて女は
ほおーっと息をつき
にっこり立ち上がった

歩道わきの水銀灯が
やなぎの葉に似た
細長い光を川面に散らす
柵にもたれて煙草を吸った
―今日って何日だったっけ?
うすい煙の向こうに
思い出そうとする

別れのような言葉を
運転席の窓越しにつぶやいて女は
ゆっくりと駐車場を出ていく
もう一本を吸い終えて
行方も見ないで
水に投げた

夜空は
ずっとそこにあった
星はちらちら貼りついて
ひとつも落ちては来なかった

施設でクラスター発生   田島廣子



1月17日 熱の出た人が急増 咳 のどいた
しんどい 食べなくなった
PCR検査全員行った 18名陽性
カラオケに参加していた人が全員

ガウン マスク 手袋 帽子 フェイスマスクで
私達は食事介助したり、持続点滴をしたりした
オムツ交換はヘルパーに全てしていただいた
 乗り切ろう
そんな思いで働いた
救急搬送するのに 夜遅くまで働いた
入院先が決まらずに2時間以上かかったりした
救急車の中で 可哀想にふるえていた

30名以上の残された陽性者は赤丸で記した 
わずかの陰性者と全員午前 午後に熱 酸素濃度測定
症状を毎日保健所にFAXをした
 1回に25分以上いないように!!
職員も陽性になり 欠勤が出始めた
 自己都合で休んだ
 休んで勝手すぎます
と、准看の管理代行からメールが来た
私は75歳 糖尿病 しんどくて自転車に乗れない
芋がゆがおいしかった 陰性になり出勤した

陽性でも、部屋から出て来てカートを押し歩く
ベランダを歩く 落ちたら死ぬよと手をつないだ
 風呂に入りたい 風呂に入りたいですわ
おしぼりを作り1本ずつ配り拭いたりした
入院先より帰ってきた利用者たち
 お帰り 皆 帰ってこれて良かったね
私は 食堂で 喋っていた

モリカケ山の樟   吉田享子



毒キノコは増殖する
最初に生えた一本二本が
五本七本十本と
刈ろうとしても刈れない力で
あっという間にそこいらじゅう
いいキノコまで毒していく
うまいものに目がくらみ
手もみ足もみぐうらぐら
頭ひとつ抜き出たやつが
ひとはだ脱ぐぞと息巻いたが
かばいきれずにまっさかさま

腐ってゆくのはごめんだと
ドングリたちがさわぎだし
山猫むっくり目をさます
金色目玉を怒らせて
ひたいに手かざし見渡せば
大きな樟の大きな洞から
薬効泡がブクブク沸いて
毒キノコを覆ってゆく

「もうおしまいですな」
山猫のつぶやきに
ドングリたちは手をたたき
小さくバンザイしたそうな


         *『どんぐりと山猫』のパロディー

ミルフィーユの何層目?   白井ひかる



あなたといっしょに
行きたかったわ
約束を果たせず謝るぼくに
きみはそう言うなり
くるりと背を向けた

それってマジ?
ぼくは目をパチクリさせる
この前はきみの方から
クールに断ってきたくせに

きみの心のひだは
ミルフィーユみたいに重なり合っていて 
一番上にふんわりのっかっている粉砂糖しか
見ていなかったぼくは
パイ生地の下にカスタードクリームや
生クリームがあるだなんて
思ってもみなかった

いったい本当のきみは
何層目?
ぼくは一番下の
生クリームが好きだけど

音のない新年   下前幸一



音のない新年
瞬きほどの休息に

僕たちは小さくうなずいた
心のどこかに蓋をして

傷の痛みに触れないように
死者たちの安堵を汚さないように

明日は静かにそして漠然と
白い闇に隠されていた

高を括った僕たちの
思考の尾ひれは傷ついて

途切れた記憶を引きずりながら
中途半端な希望を抱えた

今も足元が揺れている
何かが胸元で燻る今も

君を捜しているよ
ずっと昔に疲れた君の純真と

君の狼狽えと
君の悲しみ
君の落胆
そして後ずさる君の寂しさに

大きな正義が立っていた
威嚇と暴力に囲われて

血なまぐさい報道に
足元から時代が砕けていった

僕はなにもわかってはいなかった
人さらいの夕刻や

見境のない世界のギロチン
無期限の拘束と放逐のことなど

身にまとう思想とてなく
素裸で風にさらされていたのだ

ただ奥歯を噛み締めるように
傾きながら歩いていたよ

記憶を背後に失いながら
僕はこの瞬間を耐えている

帰る場所もなく
辿る道筋もみえないまま

触れはしない状況へ
そして一歩を踏み出したのだ

音のない新年のこと

葉っぱのお舟   阪南太郎



今、川を流れている
この葉っぱのお舟が
どうか無事に
海にたどり着きますように。
コンクリートで進路をさえぎられたり
どす黒い色に染められたりせず
必ず無事に
海にたどり着きますように。
そして葉っぱのお舟がたどり着いた
海がずっと青いままでありますように。
海をふるさととする数限りない生き物の
命が輝いていますように。

今すぐ旅に出なければならない   山本なおこ



今すぐ旅に出なければならない
行く先は遠ければ遠いほどいい
見知らぬ国であればあるほどいい

今すぐ旅に出なければならない
いくつも列車を乗りつぎ
いくつもの街や港や沼を通り過ぎて

やがて銀色の旗雲がたなびく午後
川べりの小さな村に着いたなら
お日さまに顔をあてながら草の上に腰をおろそう

白く光る道を
よく熟れた麦のにおいがわたっていくかもしれない

その村には涼しいひとみの娘さんもいて
家いえの庭先には
あらせいとうやひなげしの花も咲いているだろう

そのわきを子どもたちが走り抜けていく
手に手に網や竿をもって
元気のよい声で呼びあいながら

夕方になれば行きあう人ごとに美しい言葉がかわされ
一日働いて
人もろばも快く疲れうっとり眠りにつくのだ

今すぐ旅に出なければならない
読みかけの本はそのままふせておけばいい
約束は延期するだけだ

今すぐ旅に出なければならない
キャラバンシューズをはいて
ぱたんと扉をしめたなら