![]()
200号 詩(ポエム)
200号 詩(ポエム)
- 澪標 志田 恵
- 天上への風 働 淳
- 秋桜 木村孝夫
- 隙 白井ひかる
- 冬薔薇(ふゆそうび) 好光幹雄
- この高鳴りを 好光幹雄
- 子どもはみんな 来羅ゆら
- 雪が降るころ 井上義一
- こころ 笠原仙一
- 日干し煉瓦の家 志村京子
- 華 志村京子
- 冬至に 志村京子
- 晩夏あるいは秋の初めに 水崎野里子
- 心からの手厚いリハビリ 平野鈴子
- あんな味こんな味 平野鈴子
- 永遠 葉陶紅子
- 孤島 葉陶紅子
- <散文詩> 死の受容 吉田義昭
- <PHOTO POEM>フラッグ 長谷部圭子
- イムジン河、水清く 下前幸一
- この幸せを 阪南太郎
- サライ 井上良子
- 黙示のとき ― 悼歌 鴨居 玲 ― 川本多紀夫
- お日様 吉田享子
- 夜明けに 加藤廣行
- 死んだあなたへの 恋文 如月ふう
- 生命力 如月ふう
- 崖際の樹 升田尚世
- 雨 尾崎まこと
- 愛について 左子真由美
澪標 志田 恵
子どもを捨てる 親が嫌い
息をするように嘘をつく 大人が嫌い
酒と賭け事に逃げる 弱さが嫌い
流されて諦める 怠惰が嫌い
だから
嫌いな人の 真似をしない
自分がされて 嫌だったことを しない
泣き疲れて眠った 幼い日の自分に
好きなものが たくさんある 明日を
届けるために
最後の時は 好きなものを 思い出して
逝けるように
嫌いな人の 真似をしない
自分がされて 嫌だったことを しない
それが 私の 澪標
天上への風 働 淳
金木犀のかおる風に
懐かしい秋の日がよみがえる
佐賀にバルーンフェスタを見に行った
昨年は大雨で河川敷が水没して中止になった
その前もコロナの影響で中止や無観客だった
ひさしぶりの開催に出店もたくさん並んでいる
風船を空に飛ばして風をみる
バーナーの音が大きな深呼吸のように響き
巨大な球体が膨らんでだんだんと立ち上がる
次々と地上を離れるゴンドラに手を振る観衆
一気に空高く昇っていくものや
風に流れて田園の風景に離れていくもの
ずっと空の同じ場所に止まっているもの
空をびっしりと埋めつくす
色んな国から集まったバルーンたち
高さを変えて風を読んで
さまざまな色が広がっていく
さあ、空の上へ
悩みや不安のバルーンものぼっていく
逝ってしまった皆の顔もバルーンになって
ずっと高い所には鳥たちも渡る
佐賀の空に
オスプレイがいっせいに飛びたち
ドローンが原発に飛んできても
さまざまな風を読んで高度を上げながら
さあ、空のもっと上へ
心は風に乗り
どんどん軽くなる
あの青空をこえて、ずっと高く
天上の国へと向かう
金木犀のかおる風に
懐かしい秋の日がよみがえる
秋桜 木村孝夫
冬に秋桜の詩を書いている
目覚めが悪くて迷い込んだのか
それとも理由もなく
秋に戻ろうとしていたのか
疑問が膨らむと
ときどき、季節の
根っこにある芯が揺らいだりする
これは指の感覚なのか
それとも記憶の深いところに眠る
五感の類なのか
寒い季節でも
微笑む言葉があるように
戻る理由などは曖昧でいいのだろう
香りを言葉に変換すると
ひらひらと風が落ちて来る
冬に秋桜の詩を書いている
目覚めが悪くて迷い込んだのか
それとも理由もなく
秋に戻ろうとしていたのか
わからなくても
そこに誰もが頷くものがあるのなら
書く背景を
いっとき手放してもいい
季節が循環すれば
秋との距離感を
手元で楽しむことができるのだから
咲いても咲かなくても
一輪が秋、一輪が冬、一輪が春
もう一輪が夏
両の手を重ね合わせるようにして
花を摘む
この祈りのような仕草に
平和が宿るようにと
冬に秋桜の詩を書いている
寒さの中で
かじかんだ秋桜の詩を書いている
何故、冬なのかと
そんな問いかけなどはいらない
小さな庭の片隅にも
人が住む大地にも
少し離れた人が住まない大地にも
秋桜が揺れている
それだけでいい
それが秋であっても
冬であっても
春であっても、夏であっても
隙 白井ひかる
地球を折りたたむことより
難しいよ きっと
君の心を少しだけ
君の体から
引き出すことなんて
エメラルド色の池の前
古びたベンチに腰かけてる君が
見つめる視線の先
風に揺れてる木々の
葉っぱが光りながら
時間の流れに乗って
遠ざかっていく
嗚呼
僕の目の前の景色は
どこにもほころびはなくて
僕のつけ入る隙はない
冬薔薇(ふゆそうび) 好光幹雄
姫林檎咲けば笑窪の君が居る
雪柳揺れたあの日のあのベンチ
凛とした知性と感性クレマチス
紫陽花に触れし風まで透き通る
空白の時間を遊ぶ酔芙蓉
向日葵や哀しみだけの地平線
憎まれて悪女貫く彼岸花
葉牡丹の渦の中にもある自由
真白なる明日を信じる水仙花
ベルが鳴る駅舎の別れシクラメン
母の意志受け継いでいる冬桜
もう一度生きてみようか冬薔薇
沈丁花ワインレッドの夜が来る
諦めぬ蒲公英の咲く黄の限り
木蓮の気高き祈り丘の上
この高鳴りを 好光幹雄
雲がゆく
真白な雲がゆく
比良の峰々は
雄大な波の頂のように聳え立ち
その頂を
波乗りのように雲がゆく
雲がゆく
雲がゆく
真白な雲がゆく
雲がゆく
真白な雲がゆく
琵琶の水面は
見渡す限り青いガラスのように広がり
その青いガラスの上を
ドラマのように雲がゆく
雲がゆく
雲がゆく
真白な雲がゆく
雲がゆく
真白な雲がゆく
季節の花々は
夢と希望に満ちた若者達のように歌い
その若者達に
エールを贈るように雲がゆく
雲がゆく
雲がゆく
真白な雲がゆく
雲がゆく
雲がゆく
真白な真白な雲がゆく
子どもはみんな 来羅ゆら
お兄ちゃんは弟にばかって言ったから死んだ
弟はじっとできなかったから死んだ
その妹は走るのが大好きだから死んだ
その弟はおねしょが治らなくて死んだ
隣りのお姉ちゃんは歌をうたったから死んだ
あの子は恥ずかしがりやだから死んだ
その弟は腹がすいたと言うから死んだ
そのまた弟は生まれたばかりでよく泣くから死んだ
子どもは考える
いい子でなかった
子どもは死んだ
神様に
助けを請いながら
世界への恐怖と
愛するおとなの姿が見えないことに
泣きながら
ミサイル一発で
みんな死んだ
私たちが作った爆弾で
みんな死んだ
雪が降るころ 井上義一
粉雪が舞う中にバレリーナのように踊りながら彼女が消えていく
モネのフランスの村の雪景色の一枚の絵
誰もいなくなった静寂の中
僕の心の数珠が弾けた
これが最後の雪景色 淋しさが漂う
僕は行く あの白い哀しい想いを肩で感じながら一歩踏み出す
口づけを一つ投げかけ 渦巻く愛を断ち切り東京へ
裸の心を受け入れた彼女
列車は青白い顔の彼女を雪とともに蹴散らして
『500円のラーメンを共に食べながらよく笑ったね』ひとり言
思い出も遠くへ雪風吹の中 消えていく
危なさから逃げるように
「すべてをあげる だから愛して」彼女は泣きながら
パーティーで再会 Uターンして戻ると彼女は金持ち婦人
ペパーミント・グリーンのロングドレスで近づき
「もうないわよ」の一言が僕を誘っている 心を乱した
愛の始まり 超えてはならない橋を渡り 共に手を携えて
激しく燃える愛の花火を打ち上げて
地獄へ落ちるのを覚悟して
愛する心を殺してまでも生きるのはつらい
愛する心をそっと抱いたまま日本海へ向かい
暗い夜の海 灯台からの一筋の光が僕のハートを貫く
泣かせてよ 愛が止まらない切なさ悲しさをこらえて
告げさせてよ 夜遅くまで文学を語り合った楽しい時
感じさせてください 刺さる言葉で愛を囁かれた時
行かせてよ 桜吹雪の中二人手を取って短い夢の中へ
目をつむるといつでも君の笑顔が浮かんでくる
恋は走ったらケガするよ
つまらない人生よりも危険な恋路へ
こころ 笠原仙一
やまとうたは、人のこゝろをたねとして、よろづのことのはとぞなれりけ
る。よの中にあるひとことわざしげきものなれば、心におもふ事を、みる
ものきくものにつけていひいだせるなり。はなになくうぐひす、みづにす
むかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりけ
る。ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおにかみをも
あはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきものゝふの
こゝろをもなぐさむるはうたなり。 (古今和歌集仮名序冒頭部分)
こ
こ
ろ
揺れる
流れる
さすらう
迷う こころ
悲しみや苦しみ
愛や喜びや励ましや
優しさや信頼や
嫉妬やねたみや
ほとけ様にもなり
鬼にもなり
主義や宗教や権力 欲のためなら人殺しもし
たやすく洗脳もされる弱いこころ
そんなもろい かよわい ままならぬこころだが
与えられた人生という未知の道を 正直に
己(おのれ)ばかりに囚われず
欲もほどほどに 真面目に働いてさえいけば
真実を求めるこころを忘れず
命あることに感謝し
想いあい 感じあい 励ましあいしながら
一歩一歩 誠実に生きてさえいけば
次第に自分なりの意志や良心や生き方 思想が生まれ
ひととしての優しさも生まれ
いつかはこのこころも大樹のように
大きくなり 智慧も育ってくるはずだが
でも そうは思ってもこのこころ
仏陀にはとうていなれず
苦しみや悲しみ 迷いは消えず
肉体の衰えや死も加わって
人の世の醜さも沁みて
情けなさも沁みて つい 嘆きたくなる
「これが人間だもの」と
悟ったように自答しても
どうも 死ぬまでこのこころ
迷うことは 収まりそうもない
ああ 愛おしい我がこころ
叫びたくなる くどきたくなる
酒でも飲みたくなる
歌でも歌いたくなる
詩を書きたくなる
・・・
昔から命あるもの
皆こころあり
一寸の虫にも五分の魂があるのだ
おう おう おう おう
なんでこの世に生きているのか
この自分は
おう おう おう
この想い
この涙
何億何千万のこの 命の このこころの想い
積み重なる 無意識の遺伝子の想い
野山に 地球に沈積するこの想い
たやすく殺されてたまるか
たやすく死んでたまるか
この
孤
個
露
このこころ この想い
いつかまた
歌となり
詩となり 露となり涙となって
風のようにつながり
土となって
春のように芽生えるのだ
・・・
ああ このこころ この想い
アンドロイドやAIなどに分かってたまるか
悪鬼どもに操作されてたまるか
こころあるひとよ
ひとびとよ
人間がひとであるために
もっと この地にこの時に命あることの喜びを
この悶々とするこのこころの想いを
ともに この地にこの時に生きていることの喜びを
慈しみを いとおしさを 許しあいを
操作洗脳しようとする悪意あるものとの闘いを
この地に この世に
こころあることの奇蹟を
この地球に
こころあることの喜びを
ひとよ
ひとびとよ
日干し煉瓦の家 志村京子
黄土色の大地
空は青色
大地色の日干し煉瓦と水色のスカーフ
「みんな大地から生まれたんだ」
耕す人は静かにほほ笑む
大地色の日干し煉瓦と水色のスカーフ
華 志村京子
言葉はコミュニケーションであり思考そのものである
醜い中傷の中から力強い美は立ち現れるがそれらは相対的で切り離せない
その醜くも美しい一卵性双生児を関係づける行為は思考を志向すること
言葉(主体)の円環運動である
虚空に血みどろの花火が揚がる
私たちは全身に血吹雪を浴び戦慄する
冬至に 志村京子
車窓から不思議な球形のオブジェが載った塔をいつも見ていた
美しい球形を戴いた塔と陽が長い影を形づくったなら
白い息を吐きながら
そこまで歩いていこう
その影と同化するために
わたしはわたしを疑ったことはあるが
言葉を疑ったことは一度もなかった
晩夏あるいは秋の初めに 水崎野里子
さらば 夏の光よ!
と言いたいけれども
残暑が続く 初秋
あるいは 晩夏
今日 お昼に
残りのソーメンを茹でた
夏の終わり 晩夏
遅くならないうちに
食べてしまいましょ
風邪を引いた
台所のガラス戸を
開けておいた
網戸から
スイスイ風が入った
先週
98歳の母が入院した
血圧が上昇した
血圧を下げる注射を打たれ
気分が悪くなった
夫が母のホームに直行
次の日は豪雨に見舞われた
線状降水帯とか
道路は冠水
雨水の中を歩いた
靴と靴下が
ずぶ濡れになった
おばあちゃんを見に行った
夫は帰らず
だが 貴重な日常性
ミサイルは降って来ない
網戸を通る風
風邪気味は薬飲んだら
収まった
平穏な家庭生活
日常性
なにより貴重だ
網戸を通る風
揺れるカーテン
おばあちゃんは元気だった
秋
心からの手厚いリハビリ 平野鈴子
四人部屋の閉ざされたままのカーテン
後期高齢者の面々の圧迫骨折
不安と寂しさが交錯する
普段若い青年との会話は無縁に近い
リハビリの施術を受けたり歩行指導を受け
手から伝わる温もり
遠慮がちに触れるか触れないくらいの手
ふらつくと素早くサポート
その手は計りしれぬエネルギーを持っている
優しい身のこなしや言葉が痛みをも和らげ
微笑をたたえた眼差しで真摯に話を聞いてくれる
生きる気力を起こさせ細胞まで癒しの心が注がれ
寄り添ってくれる
昨日せん妄なのか認知症なのか不明だが
「リハビリは嫌や 帰れ帰れ」と罵声を浴びせた人
今日は何もなかったかのように優しくたたみかける
先生の対応に心打たれた
純粋な奉仕が伝わる心こそ
手当の原点であり真髄であろう
窓から天の川に沿う道路にはロードキルの小動物の
なきがらに群がるカラスの数々が見える
ドライバーはお互い譲りながら消えていった
*天の川 交野市に流れる川
あんな味こんな味 平野鈴子
大きな規模のスーパーマーケット
玄関ドアーのような大型冷凍庫
次々と手にしていく客
包丁を使用することもなくイージーに食事ができてしまう昨今
料理が苦手でも困らない対応の品揃え
鍋もいらずの「チン」するだけの楽ちん生活
美味しい店を知れば忍耐強く並ぶ行列
パスタや多国籍料理の普及した今
変わる日本の食事情
スピードを求めるかアナクロニズムを楽しむか
選ぶのはあなた自身
瑞穂の国の米騒動 米の有り難さを思い知らされた年
子供に躾をしなければならぬ箸のマナー
ねぶり箸・迷い箸・移り箸・叩き箸・寄せ箸・指(さし)箸等の「嫌(きら)い箸」
後世では死語になってしまう未来図が見えてくる
包丁を毎日研ぐこの作業
柄は水を吸わない黒檀
磨き上げられたピカピカの包丁
この切れ味は明日の「美味しい」の日本の味に繋がっている
四季折々の食材を駆使しての楽しいなりわい
小脇に抱えきれないほどの紫蘇の実の枝
佃煮作りのこの作業
二本の指は茶色に染まり
季節を先取りする秋の手仕事なのだ
磨いた打ち出しの鍋に顔が映るほど輝き
道具を慈しめば「美味しい」が寄り添ってくれる
もう薄明かりがさしている
永遠 葉陶紅子
永遠は マティーニ・グラスのオレンジの皮
唇(くち)をすぼめる 目なざしの色
そこにある眼鏡を とってくれないか
臨終のとき 詩人は言った
近眼がひどい詩人は この世の眼鏡
あの世にかけて ゆこうとしたのだ
明日が運んでくるものを 僕は知らない
臨終のとき 詩人は言った
永遠は 時の粒子のなかに在る
それがゆらぎの なかにだけ在る
肉体を粒子に解(ほど)き 現在(いま)という
時の粒子に 混ぜれば永遠
永遠は 錬金術師の化学式
眼鏡かければ きっと見えるはず
孤島 葉陶紅子
その島は ずっと昔に消え失せた
巨人の背骨と 詩人は言った
女人らは頬骨高く 彫像の
ごとくに歩く 頭(かしら)に水甕(かめ)乗せ
岩穿つ小径(しょうけい)ゆけば 老人の
顔した子供 神殿に彳(た)つ
鳥となり 赤い果実(み)は空に羽ばたく
古い祝歌(ほぎうた) 光の驟雨
神殿は 山頂に打ち上げられた
難破船また 溺死者の墓地
チェス盤の上 駒のごと移動する
人形(ひとがた)の神ら 語る昼中
忘られし島に 響かう女人らの
哄笑が生む 神の子の国
<散文詩> 死の受容 吉田義昭
Ⅰ・私が消えていく日
私のいのちは純粋な光と水で
私の背中まで輝かせていたい
生きていて愛し損ねたもの
あの空に流れ去った時代の
誰にも語れない日々を思い出したい
死者たちと生きた私の時代が
光の中から浮き上がってくる
死んでもなお罰せられた死者も
私が見失った死者たちの時代も
いつも輝いていなくてはならなかった
いつか静かに私が消えていく日
私は私を裏切っていくのだから
私の時代も裏切っていたと知る
ただ生きていただけの私の贖罪
私が愛していた愚かで尊い私のいのち
光が激しく追いかけて来て
私から真実の私を隠そうとする
失った過去の尊さも探しだしたい
疑いもなく生きていた贋の来歴
私が愛しかけていた美しい孤独の影
Ⅱ・死の受容
『E先生からどう伝わっているのかはわかりませんが、
正直に現状をお知らせしておきますね。既に病院での
処置はもう不可とのことで、ケア病棟に入るか、自宅
に戻るかという選択を課されて、かなり悩んだのです
が、結局自宅にいます。主人が在宅勤務をしながら面
倒を看てくれています。自力で起き上がることは出来
ません。訪問の医師の回診で鎮痛剤などの対症、訪問
介護で色々処置はしてもらっていますが、インターホ
ンへの対応も自分では出来ないので主人は大変です。
指先の自由もきかず、字もよく見えないので、メール
を読むのも打つのもたまにしかできません。E先生か
らは、事務処理の都合で5月8日まで私学共済に在籍
のままにすると言われていますが、まあそこまで生き
ることは無理だろうと思っています。もう遺言書も法
務局に預けてありますし、死の準備は出来ているつも
りです。学校には、こんな詳しいことは伝えてありま
せん。皆さんにきちんとご挨拶や今までの御礼とかお
詫びとかが出来ないのが残念ですが、もう仕方があり
ません。死ぬってことはこんな気持ちになることだと
知りました。義昭先生はどうかお元気で。今まで有り
難うございました』
かおり様 二年ぶりのメール、有り難うございました。
死を覚悟し、死を受容し、あなたがどんな思いでこの
メールを私に送ったかと思うと、あなたの強靱な精神力
に感動しています。弱い私は、あなたのメールを、涙を
堪えながら読むことしか出来ませんでした。このメール
が届いた翌日、メールではなく、文字で、あなたへの返
信を書いていたのです。文字は乱れ、インクが滲みまし
た。何故か、手紙で返信を読まれたかったのです。しか
し、その途中で、あなたの訃報を知ったのです。こんな
残酷な仕打ちはないと、今、私の身体は震えています。
あなたのメールが届いたのは、亡くなる数時間ほど前
だったのですね。最後の力を振り絞ってメールをくれた
のですね。きっと、あなたが書いた最後のメールが私宛
だったのですね。そう思うと涙が零れ、胸が締め付けら
れました。こんな光栄なことはありません。
あなたとの想い出はつきません。学校に勤めていた頃か
ら、月に一、二度はあなたに誘われて皆で食事会をして
いましたね。それは楽しい時間でした。あなたとだけは
本音で仕事の悩みも話せた気がします。あなたの話題は
いつも豊富でした。映画や小説の話でも、あなたは私に
いつも問題意識を芽生えさせてくれました。しかし、私
にとってあなたは、友人でもあり、私の国語、言葉と文
章の先生でした。あなたはいつも私の詩集の校閲を引き
受けてくれましたね。私の数多くの文字の間違いを指摘
してくれたのもあなたでした。私の文章の間違いで、私
の人生の間違いまでも指摘してくれていたように思いま
す。仕事でもあなたにどれほど助けられたことか、私が
悩んでいた時もあなたに相談もしていないのに、私の悩
みを察し、忠告してくれました。本当にいくら感謝して
も、感謝し尽くせない思いで一杯です。
この二年間、全く、あなたとは連絡が途絶えたままでし
たね。二年前に突然、あなたから乳癌になったという知
らせが届いて会った時、痩せて食欲をなくしていたあな
たに、私は直ぐに学校を辞めた方がいいと、強く言いま
したね。しかしあなたは、仕事は辞められないと答え、
何故私がそんな厳しいことを言うのかと怒りだしました
ね。私が突然、仕事を辞めたいと伝えた時も、あなたは
怒っていました。穏やかなあなたが、私に見せた二度目
の怒った顔でした。私の退職後もよく食事に行き、付き
合いは続いていたのに、本当に、この日から、連絡がな
くなりました。私との付き合いをあなたが故意に断った
と思っていました。その間私は、あなたは治療をしなが
らも元気に仕事をしていると信じていました。それなの
に、あなたはずっと病気と闘っていたのですね。そのこ
とに気づかずにいて本当にごめんなさい。
私が管理職になってからの一年後、私が急性心筋梗塞で
倒れた時も、あなたは私を助けてくれましたね。私は死
にかけて初めて、死ねなかった自分の運命に失望しまし
た。病院に行き、意識を失い、そのまま手術室に運ばれ、
医者からは何億円の宝くじに当たるよりも、もっと幸運
だったと言われましたが、その言葉は私には辛い言葉で
しかなかったのです。その後でも、五年間は何とか勤め
ましたが、いつ倒れるかと不安でした。仕事は充実して
いて楽しかったのですが、肉体的には辛い日々でした。
私は死にかけた人間なのだという負い目をいつも感じて
いました。しかし親友の死を見送ってから、私は突然、
私から逃げ出したくなったのです。彼の死が許せません
でした。退職のことを初めに相談したのもあなたでした
ね。もう限界でした。仕事をして、このまま私の人生を
終わらせたくなかったのです。
私やあなたにとって、仕事とは何だったのでしょう。生
きるための仕事か。死に向かうための仕事なのか。あの
時、私が仕事を辞めることで、どれ程の人に迷惑をかけ
るかは分かっていました。管理職になっていた私が突然
辞めると宣言したのですから、連日、理事長室に呼ばれ、
強い口調で怒鳴られました。しかし、あの頃には既に私
の身体が、私から逃げ出せと叫んでいたのです。そうし
て、あなたや妻の反対を押し切って、私は強引に定年を
待たずに仕事を辞めてしまいましたが、後悔はしていま
せん。何故か、あのまま仕事を続けていたら、また死に
遭遇する。その過程でどんな死か決定します。もし私が
死ねば、さらに職場に迷惑をかけると怯えてもいました。
しかし、最後にはあなたは私の退職を許してくれました。
仕事の代わりはいるが、吉田義昭の代わりはいないと、
あなたはそう言ってくれたのです。
退職して半年後に私が出版したエッセイ集でも、あなた
は熱心に、私の文章や私の時代感覚や私の運命論の間違
いまで指摘してくれましたね。そうです。その後でも私
は、多くの私の生き方の間違いに気づきました。私は何
て不器用に生きていたのでしょう。私の精神から肉体が
遊離していく予感。そして確かにその予感は当たってい
ました。退職して三年後、妻が倒れ、毎日、妻の病室に
通うことが出来たのです。私は幸運にも仕事を辞めてい
て良かったと思いました。入院して直ぐに妻が亡くなり、
さらに私の予感は的中し、その半年後には今度は私が白
血病に罹ってしまったのです。病気になるために私は退
職したのかもしれません。しかし、あなたに私の病気は
告げられなかった。だから、あなたから誰にも言わない
で欲しいと言って、乳癌だと告白された時、私は強く仕
事を辞めて欲しいと言ったのです。
死とは何か。私はいつもそう問い続けていました。私は
死んではいないので、この結論は見つけていませんが、
一度目に死にかけた時は意識を失い、死については全く
無防備でした。勿論、自分が死ぬとも思ってもいません
でした。確かに死ぬほどの胸の苦しみは感じましたが、
死んでもいないので、死ぬほどという形容を使っていい
かどうかも分かりません。医者に告げられ、手術後に死
を実感しただけです。慢性骨髄性白血病と宣告された時
は、今度は死の覚悟をせざるを得なくなりました。妻が
亡くなって半年後、妻が迎えに来たのだと、そんな感傷
的な気分になりましたが、死を受容したかどうかはよく
分かりません。まだ妻の死後の事務処理の途中でした。
腰の骨に骨髄液を取る目的で注射針を刺された時は、初
めて、死に怯えました。受容ではありません。それは叫
び声をあげてしまう程、激しい痛みでした。
私の退職の理由は、心理学を勉強することとしました。
これは実は、私が自分の退職を正当化するための卑怯な
私の弁解の行為だったのです。肉体を酷使する仕事を辞
めるための口実でしかなかったのです。そしてその後の
三年間、私は全てを捨てて心理学の勉強に明け暮れ、充
実した日々を過ごせました。心理関係の国家資格も得ま
した。しかし新たに心理士として働こうと就職も決めた
数日後、妻が入院したのです。そのひと月前から、咳が
酷く、夜も眠れず、妻は激しく体調を崩していたのです。
検査の結果、妻は直ぐに入院が決まりました。と同時に、
妻が膵臓癌で肺まで癌細胞が転移していること、余命は
半年と医師から告げられました。しかし臆病な私は妻に
余命を告げられませんでした。私は妻の死に怯え、自分
が死を宣告されたような気持ちで、妻の顔を正面から見
ることが出来なくなりました。
明るい光の降り注ぐ病室で、それから四十一日間、朝早
くから、妻と一日を過ごしました。妻が私の異変に気づ
いていたかどうか、息子にも語らず、私は妻の死の宣告
を秘密にしていました。妻に死を気づかせたくはないと、
必死に妻との会話を考えました。妻と想い出話をする度
に、会話はぎこちなくなった気がします。病室で私たち
は妻と夫という会話は出来なくなりました。妻の様態は
日に日に悪化、きっとカウンセラーと患者という不自然
な関係の会話になっていたと思います。あまりに短い期
間でしたので、妻が死を覚悟していたかどうか、私さえ、
妻の死の受容など出来ませんでした。身体中にコードを
巻かれ、妻は日に日に死に向かい、抗癌剤を使い始めて
からは全く意識もなくなり、あっという間に亡くなりま
した。私の目の前で妻は死にましたが、それは私の死で
もあるように思えました。
遺言書と書かれたあなたのメールですから、妻とは違っ
て、あなたはどんな死の受け入れ方をしたのでしょう。
あなたのメールを読み、突然、ある精神医が発表した、
死に直面した患者たちの心理状態の報告を思い出しまし
た。人はどのようにして死と向き合い死を受け入れてい
くのか。その本には、否認、怒り、取引、抑うつ、受容、
とその五段階の過程を経て、人は死を受け入れる環境を
作っていくと書かれてありました。それは私の場合にも
当てはまりました。抑うつまでの過程は私も体験しまし
た。妻の場合は死の宣告を受けていないので当てはまり
ませんが、あなたもきっとこの過程を経て死に至ったの
でしょう。初めて病気を告白した時のあなたの怒りは、
私だけでなく、あなた自身の怒りだったのかもしれませ
ん。ケア病棟ではなく、自宅での死を選択したあなたの
死の受容は正しかったと思います。
あれから二年が過ぎ、もうそろそろあなたの病気も治っ
ているだろうと予想して、私は久しぶりに恐る恐るメー
ルを送ったのです。その前日の深夜、私は独りで救急車
を呼び、独りで病院に行き、直ぐに手術を受けました。
白血病の薬を変えた後遺症で、鼻腔の血管が異常に増殖
したらしいのです。その血管が突然破れ、血が止まらな
くなったのです。医者からは血が止まらなくなったら、
直ぐ病院に来るようにと言われていました。あの時私は
ベッドの上で、このまま死に向かうべきかと激しく自問
しました。しかし、弱い私は結局、救急車を呼んでし
まったのです。あの時は天国から救急車が来たと思いま
した。そして何故か急に、あなたのことが心配になり、
久しぶりに貴方に会いたいと思いメールをしたのです。
もしもあなたが仕事を辞め治療に専念していたら、病気
が治っていたかどうかは分かりませんが。
私は今でも、死にきれずに生きているのだと思うことに
しています。今、こうして生きていることを幸運とも
思っていません。人間にとって、死ぬことがどんなに難
しいことかと実感しています。どうか、安らかに眠って
下さいとは言いません。死んで、安らかに眠れるわけが
ないのです。あなたが私の前から消えて、裏切られたよ
うな気さえしています。でも、もう一度、あなたに会い
たい。強くそう思っています。ここ数年、こうして友人
たちが私から旅立って行きました。きっと、私より先に
亡くなった人たちに助けられて、今、こうして私は生き
残っているのでしょう。そうして友人たちの死を未だに
受容できていない私に苛立ちを感じながら、こんな私で
も、今を生きていることの尊さを感じてばかりいます。
さようなら。ありがとうという気持ちを込めて、もう一
度最後に、あなたにさようならと言いたい。
*エリザベス・キューブラー=ロスはアメリカの精神医学者。
『死ぬ瞬間』(一九六九年刊)という書物を著した。多くの
癌の末期患者たちと面接し、死に直面した時の心理状態を
分析して報告し、その後の看護の在り方の方針を変えた医
師である。死を宣告された時、人はまず私が病気のはずは
ないと否認する。病気であると確定すると自分に対して怒
りを覚える。そして、私を助けて欲しいと神との取引を考
え、抑うつ状態に陥る。そして最後は諦めるように死を受
容しようとする精神に辿り着くようだ。
*受容とは、ある事実について評価や価値判断を加えず、そ
れをありのままに受けとめ、心理的に安定した状態をいう。
*Ⅱのプロローグとして引用したメールは原文のままである。
彼女は私よりも十五歳ほど年下の職場(私立中学高等学校)
での国語科の同僚であった。
<PHOTO POEM>
フラッグ 長谷部圭子
乾いた砂の上に
自分の軸(フラッグ)を打ち立てた
右足のコンパスで
左に幸せの半円を描く
かなしみを知って
右に涙の半円を描いた
円の真ん中に打ち立てたフラッグ
かすかに
静かに
浮かび上がってくる
この地点が
君の心が帰る場所なのだと
風がそっと 教えてくれた
イムジン河、水清く 下前幸一
イムジン河は濁り
流れは暗くよどみ
河を渡るゴンドラから
私たちが見たのは
境界に塗りこめられた咎
遠く近く
案内の徐さんが語るのは
河をめぐる韓と朝の
虚実の時空
なにかあくどいものが
北の方からは流れてくるのだという
きわどいものや見えない害悪
触れないもの
まさか死者の骸さえも
いつかの宣伝スピーカーの音響は
誇張か嘘か
あるいは風聞か事実か
掴み切れない言葉の浮身を
私たちは流れる
黒い雨雲が迫っていた
そこはDMZ(非武装地帯)
深い裂け目か
瞬間の死
北と南の
記憶と希望の
足元の深いクレパスを
雪崩れ落ちて
私自身に殺到するもの
38度線の垂直の記憶へ
地雷原の沈黙は横たわる
私のどこかで
名指されているもの
どのようにして
それを交し合えるのだろうか
観光客でしかありえない事実と
観光客ではありえない存在の
見えない
越えられない段差の向こうへ
意に添わぬもの
理解が届かないものの方へ
農夫の形をした
糸口は雨音の向こうに垣間見え
イムジン河、水清く
とうとうと流れる
希望の歌声が
頭の中を駆け巡る
はるか頭上を弾道ミサイルが飛ぶ
この幸せを 阪南太郎
電車の中で詩が浮かんだ
忘れないうちにメモ帳にペンで書こう
今、パソコンではなく
確かにペンで詩を書いている
病院で
これ以上良くならないと言われた
利き手が
動いている
この幸せを
どんな言葉で表現しよう
誰に感謝しよう
サライ 井上良子
土煙りがあがる
最後は蔵の西壁が内に折り畳まれるように落ちた
脇を流れる水路の水をポンプで汲みあげて放水
西陽を背負って百六十年 蔵の壁の土煙り
なつかしい匂い
昔々 わたし素裸で放り込まれた暗闇が消えた
どこかで ほっとする
母ももう住むことのない荒屋の部屋の整理から
十三日目 よく晴れ渡った夜空は 中秋の名月
東の池から大きな月が低くのぼってきた
家がなくなるというのはそういうことだ
月が天たかくあがると
濡れた更地の土は生まれたてのようにかがやいた
祖父の研究室だった場に 立てかけられた箒から
影ぼうし くっきりと地面を触り掃いている影よ
おじいちゃん この箒で空を飛べと言うの
クスッと笑って わたしはわたしの家に帰る
また朝は来て 陽はのぼり
土壁の芯 内を支えた竹組を振って土を払う
古い瓦 黒々とした太い梁も柱も
高野街道の道幅いっぱいに 荷台に積まれ
最終の車が走り去り
清酒で慰労した夕刻 まんまるい満月
なにもなくなった地に 満々と月のひかり
被曝した父が 黙って生きて死んだ所
十月になって秋雨が降り 水たまり
赤とんぼの産卵の群れ 飛び交う
黙示のとき ― 悼歌 鴨居 玲 ― 川本多紀夫
地の上に痛ましく焼痕のような
十字架の形の影を印して
教会は
蒼穹に吊り上げられた
暗黒の中世のときよりも
はるかに深刻な堕落にたいして
ここに新たな
黙示が啓示される
馬の轡を揃える四人の騎士に代わって
核ミサイルの群が並び立ち
苦艾(にがよもぎ)なす核の汚染が
四海にひろがろうとする
潮騒のように聞こえて
干上がった草原のかなたより
さながら イナゴの大軍のように
甲冑を着込んだロボットたちが
押し寄せる
マゴグと紛うネットで繋がる国々を
惑わさんとして
深井戸から千年の歳の鱗をまとう
賢しき蛇がよみがえる
もはや恩寵のように
するすると天上から 第二のエルサレム
聖なる都が
降りてくることはないのだ
すでにして 教会が存在する
必要はなくなったのだ
それでも「十字架上のことだけは記憶せよ」
どこか遠くから呼ばわる
声がかすかに聞こえくる
お日様 吉田享子
おひさまは
おうまれになると
いちもくさんに空をめぐり
山のむこうへ
おかくれになります
鳥でも 虫でも
花でも 人間でも
いのちあるものはみんな
おしまいにむかって
歩いています
泣いても笑っても
わめいても
おひさまとおなじ道を
歩いているのです
おひさまは今日も
お手本となって
のぼられます
そして
光の中をゆきなさいと
はげまされるのです
夜明けに 加藤廣行
野放途な馬どもを追い立てて
風が丘を越えていく
吐息の群れが
わたしの起伏を
飛び散る汗が
星明かりのわたしの素性を
鳥たちのざわめきを追い払って
風が谷を撫でていく
容赦のない嘴が
わたしの亀裂を
巨大な影が
さかのぼれないわたしの奔流を
本が一冊失われて
精神の所領を損ねたわたしに
なお共振を強いるものがある
詩聖が撞いた古い鐘の音
重病の床から尖塔に昇る思念の
ジョン・ダンであろうその思念の緒
着替えようとしない頁を責め立てて
風が行を消していく
フランス装の
わたしの尾根を
明けやらぬ思考の
絶頂への道を
死んだあなたへの 恋文 如月ふう
お気に入りのハウザーのチェロを聞いているわ
コーヒーはあなたの好きなブルマンでなくて
わたしは モカ
このごろ いろんなものが なくなるの
そして とんでもないところから でてくる
きっと あなたが
オレはここにいるよと はなしかけているんだ と思う
いたずらしているんだ と思う
アラアラ とおおさがしして
アラマッと 見つけて よろこんでいる
この間なんて
玄関のチャイムの灯が ぽわんぽわん と点いて
だれも来ていないから 音は鳴らなくて
あかりだけが ぽわんぽわん と点いて
今に わたし
あなたと おしゃべりしながら 暮らしだすかもしれない
息子や孫たちが
トウトウ キタカ と
うんざりして あきらめて ながめるだろうけれど
本人は いたって 平和
朝顔に水をやりながら
鼻歌まじりで
なくしものをして
なくしものを さがすの
生命力 如月ふう
朝から 時々 涙がこぼれた
わけもなく 涕く
わけもなく わけ そんなことで 泣く はずがない
泣く 鳴く 啼く 涕く 哭く ・・・・・・
夜になって 哭きだした
自分でもわからない 自分を止められない
誰もいないから 扉も窓もしっかり閉めて
哭く 獣のように 哭く 悲鳴をあげる 叫ぶ
息がつまって 吐きそうになって
死ぬのではないかと恐怖すら走って
ちょっと なきやむ
でも また 哭く
こわくなって でも 止められない
止めたくない
頭のどこかで
これでいいのだ これでいいのだ こうやって生き抜いていくんだ と自分が言っている
こうやって 生き延びていくんだと ささやいている
こんなに哭く 体力と気力があるんだ と あきれている
哭き叫んでも 誰もこない 誰もいない
イヤだ イヤだ と叫んでいる
でも こころのどこかで
なくから 生き続けていけるのだ
「女の生命力は強い」と 感心している
そして なきやんで
明日の 黒い服を そろえ 黒い靴を そろえ
一番 にあいそうな 黒いストッキングを 準備する
明日 わたしは 骨壺を抱いて 座る
涙一滴こぼさない 美しき「未亡人」として
放送禁止用語になる
崖際の樹 升田尚世
正午過ぎの市街地が
白っぽく霞むのは
春のせいか
それともただ真っ直ぐを
睨むように見るせいか
信号待ちの眼に映る昼
ぼんやりと太陽
眠っているのか
飯梨川*の土手を
広瀬の山々に向けて走る
桜並木の散り初めに
月山富田城跡*の登山口近く
崖際に立つ一本の樹
若い幹を斜めに伸ばし
歪に枝を茂らせて満ちる
幾度めの春なのだろう
方々の山にぶつかって
行き先を変えた風たちが
強く崖下から吹きつける
吹き上げられて
花びらは
一斉に乱れて薄く
一層 薄く散り撒かれ
けれども花よ
おまえは風に逆巻く焔だ
煽られた髪が
顔を覆って燃える
スカートが張りつく二本の脚
この逞しい大腿で
崖際に立つ
*飯梨川:安来市広瀬町の奥地を源とし、中海に注ぐ一級河川。
*月山富田城跡:戦国大名尼子氏の居城として有名。
関ヶ原の戦後には、堀尾氏が入城した。
雨 尾崎まこと
冬に入り
空がどんよりとしてくると
生きている人のことよりも
若くして死んだ人の声を思い出す
事故、自死も多い
烈しい時代だった
高校生の修学旅行中
運命論を論じ合った友が
シンナー遊びの果て命を絶った
一回生の寮で
生の意味を論じあった友は
故郷で命を絶った
玉ネギを焼いて食べさせてくれたT君は
火炎瓶の炎に包まれた
内ゲバで行方知らずの男もいる
彼の父は僕を責めた
闘争と称したものから脱落した
恋愛に敗れ
幸せな二人がいる教室から去った
それから
世の人として長く生きた
詩は鎮魂の雨のようであった
去った人の面影が深い所から浮かびあがり
やがて笑う
彼らは彼らの不在を生きたのだろう
ある朝
長すぎた生は短すぎる生に
追いつくだろう
冬雲よ
僕のために雨を少し
彼らのために雨を少し
我らのために雨を少し
愛について 左子真由美
初めにことばがあったと
誰か信じてくれるだろうか
ことばのなかに
わたしは見つけた
限りなく広く深い
そして永遠であるひとつの場所
悲しんでいるみずうみのようでもあった
静かに降り注ぐ木漏れ日のようでもあった
懐かしい夕べの鐘の音のよう
けれど何より
絶望から起き上がった
木のようであった
それからことばがあったと
誰か信じてくれるだろうか
たくさんのことば
木々の梢のざわめきのような
ぽとぽと と落ちる
水滴のような
ふつふつ といのちの底から
わき上がる希望のような
時には負傷した
戦士のうめきのような
けれど何より
暖かい南風のように
世界に触れて
また遠ざかることばの
ざわめきときらめきの
果てに
ああ あなたはいた
ことばを持たない
道端の一輪の花のように
ただ陽をあびて
たったひとつ
世界に残ったことばを伝えるために
愛している
と
















