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188号 人形

188号 人形

明日もある   山本みち子



母は 決めたことはその日の内に済ます人だった
物事を明日に持ち越すことを嫌い
やると決めたことは 夜なべをしてでも
その日の内に済ませる
〈お姑(かあ)さんに躾けられたことだけどね〉と 笑いながら

誰に似たのか いたって呑気な性格の私
学校から帰ると
〈やることをやってから 遊びなさい〉
母の声を背に受け流して
友だちの所へ駆け出していく子だった
夕食のあとは もう眠くて起きてなどいられない
宿題をやり残すことは度々 翌日には
〈バケツを持って 廊下に立っていなさい〉

〈昔から言われていること ひとり娘は犬も食わない
 だから きびしく言っているのよ
 明日もあーる なんて思っていると きっと後悔する〉
折につけて 母は私に言い聞かせていたが
父は ゆったりと見守っていてくれるひとだった

そんな私も
自分なりに 今日まで生きては来たものの
明日という時間が残り少なくなった いま
やり残したことの 何と多いことよ

薄赤い姿を残しながら欠けてゆく
皆既月食・惑星食を見上げながら
332年先の明日までは 待てないなぁと思う



  *次の皆既月食・惑星食は332年先だという。

萎れる花の物語   花潜 幸



葬儀の翌日、幼い子どもが
枯れた薔薇の盛られた絵を見て
花を一つ指差している。

あれは敬老の日だったろう。
薔薇を贈ることが話題になると
老女はこの花でいいと
画集から一枚の絵を切り取り
質素な額におさめて
窓と反対側の壁に飾った。
部屋の奥に昼の陽射しは届かない。
誰もベッドの傍らにその絵があることに
気づくことはなかった。

部屋が闇で満ちる頃、
柔らかな照明の光を差しかけると
その絵は目を覚まし
夜ごと彼女に
萎れる花の物語を聴かせた。

あるとき祖母は、
死ねばあの花たちの一つになるのよ
と、小さな孫に耳打ちし
ふふっと笑ったことがある。

誕生   升田尚世



遠く
北極星をさがす
青い月がぬっと現れて
眼の少し高いところで
ゆっくり渦巻くようだった

しばらくして月は
東の方角へ
ものすごいスピードで
水平移動を始めた
東のずいぶん果てに
水晶でできた星がある

(そこは
 虹色の尖塔が並ぶ街
 ゆるくカーブを描く
 透明な球体のうえの)

その星に向けて
青い月は
ぐんぐんぐんぐん進んでいって
ついに衝突してしまった
尖塔はきらきらと
いくつもに弾けてこぼれ
反射する虹の欠片の真ん中を
ひとすじ光が走る

音もなく拡散した
月星の
氷の砂礫を
霧でかためて
宙は新たな星を生んだ

切り花 ――能勢日記(一)2022年春夏   藤谷恵一郎



切り花を贈る
私の心のなかの悲しい人の笑顔のために
私の心のなかの大切な人が安らかに眠るために

切り花を贈った
サークルの少し脚が不自由な先輩のつれづれにと
手入れの行きとどいた庭と
道の駅に納める野菜作りのプランターを見せていただいて
とんだ老婆心だと後悔心も覚えた
後日 思いもかけずその花を活けた写真を撮って
写真立で贈り返してくださった

バスに乗り能勢電鉄に乗り阪急に乗り換え
友人宅に碁を打ちに行く
切り花が萎れるのを心配しながら
いつも歓迎してくださる奥さんに花を贈った
後日 毎日水を替え二週間持ちましたよと報告を受けた

サークルを紹介してくださったごく近所の若い奥さんに
ハサミをもって花を切りに来てもらった
曖昧な知識の老人の話を訂正もせず
庭で親しく聴いてくださった

いつも凛々しく心遣いをくださるサークルの主催者に
電話を先に入れ 切り花をバイクで届けた
オーストリア生まれの瓢箪を思わせるカボチャを
用意して待っていてくださった

普段お世話になっているご夫婦の奥さんから
主人が野菜を持って行くからと電話をいただいて
外に出て待った
プランターに咲いていた花を形ばかり切ってご主人に託した

矢車草 マリーゴールド 百日草 ひまわり
切り花を贈る
私の心のなかの悲しい人の笑顔のために
私の心のなかの大切な人が安らかに眠るために

共生の宙の一つの音符として

霙(みぞれ)   高丸もと子



真っ白な雪にもなれず
透明な雨にもなれず
ビチョと汚れたようにして冷たくかぶさってくる
みぞれ

みぞれという字は
雨の下に「英」と書く
「英」は花房

さあ お行き
汚れることは怖くない
そう言って天が送り出すみぞれ

みぞれの中を心細く歩いて行く少女
それはわたし
空からのエールがあることなど
気づかなかったけれど
空は見放したりはしなかった

汚れた靴だから
どこまでも歩いて行けた

大丈夫
空がある限り
どんなひとりをも見放しはしない

あなたの中に花房があること
信じてもいい

クラゲ   吉田定一



ふんわりと浮き
ふんわりと海中に沈み

潮の流れに 身のすべてを委ねて
触手を伸ばして 泳いでいるクラゲよ! 

どうしておまえは そんな無防備な身で
か弱い命を 守っていられるのだ!

身もこころも透き通っていて
とても この世の生き物とは思われない

優雅な装いと その美しさ
まさに漢字で書く名の如く「海月(クラゲ)」だ

海のお月さまだ
ふんわりと満月が 海中で浮き沈みする

人もまた この世の波間に浮き沈みする
海月のようではないか

世間の波に揉まれ 
晒(さら)されているうちに 持っている総てを

無に帰していくかのように
空っぽの透明な こころになっていく

哀しみも喜びも 憎しみさえも 
透き通った 想い出となって……

ああ 時代の 潮の流れに身を委ねて
この世を生き 漂っていこう

ふんわりと 何のわだかまりもなく
ほら 見ろよ! 盛り場の夜の海を!

海月の大群が 若さを持て余して 
今宵も 戎橋(はし)の欄干に群がり 漂っている……

歯   関 中子



残った歯
もう抜かないで
歯医者さんが真剣に言った
残っているのを大事にしてください
一本一本 
子どもを洗うように磨いてください
慌ただしい時間だからと
飛ばさないでください

どうしたら
歯医者さんがよくできました
と言ってくれるのか
歯医者さんは口の中を見渡せる
わたしが鏡をかざしても
見るべきところを見ているのか
疑問ばかり
見るのは手の感覚
手が気遣う 思いやり
やさしくやさしく ここ ここ そしてここ
見ている手に小さく声をかけ
わたしはぐっと近づく
これでどうだ

窓の遠くは中学校
健康な歯並びでにょきにょき
雨後の竹の子のように学生が増え
そう言えば校舎は何棟建てまししたかな
ニュータウンも落ち着き 今は静かな中学校
屋上の給水タンクが青い空へ浮いていきそうな
おお わたしの歯
磨くも浮いて遊び歩きそう
カチャッと はやばや歯肉に止めなくちゃ

コインロッカー女子中学生   牛田丑之助



ターミナルの裏通路の
〇五三のコインロッカーの扉が開く
黒いハイソックスが生え
そしてもう一本
あいにく産道に詰まった足は
無表情な人通りの中で
風に吹かれる

  better than you do

夢遊病の栗鼠が驚いて巣から顔を出す
白魔術頭巾をかぶった医師が
頭巾に開いた二つの穴から見て言う
大丈夫ですよ 順調です 

足は答えず
明晰な口調で問う

  この世界は宿罪を忘れていないか 
  この世界は嘔吐に耐えているか 

それはいないことがいるのではなく
いることがいないのでもなく

小さな清掃車が乳母車になって通過した後
返事のないのに苛立って
足はがさつに
薄い学生鞄を放り出す
しかし
妄想でねっとりしている腸壁を
簡単に剝がせるわけもない
テレビでは肩パットスーツの女が
二十年経てば二十年後です絶対ですと金切り声を挙げる
ハイソックスは風に吹かれている

  better than you do

やがて運が良ければ
股、腰、肩そして胸が顕れるかも知れない
邪悪な足音に満ちたターミナルの破裂と
どちらが先になるかは知らないが

源語抄 竹河   加藤廣行



このあたりの靄は
組成構造の更新に放埓
瞬時の心変はりが
通りかかる頰に向かふ
ちりかひくもり
橋の半ばまで来てゐるのは
わたしだらうか
概念となつたわたしだらうか

双性がそよぐ
そよぐ双性
にほひあまたに散らさじと

このあたりの系図は
フラクタル作用の怠惰の化身
垣の抽象が
叛逆への立式を認めない
咲く桜あれば
橋の袂に見えてゐたのは
花園だらうが

双性がいぶかる
いぶかる双性
いかなる人にかくるものぞは

無常の絵模様と云はば
桜襲 山吹襲 紅梅襲
いづれも垣間の細長 袿(うちき) 
いづれも少女(めざし)の額のはずの

オレ 知ってんねん   白井ひかる



しんちゃんは今日も
5F小児病棟を闊歩する

生まれつきの心臓病があり
もう何回も手術のため入院しているから
病棟のことは何でも知っている

最初に入院した頃は
まだとても小さかったから
親と離れた入院生活は
心細かったことだろう

慣れるにしたがい
夜更けのトイレで 肝試しと称して
隣の個室の人に
奇声を上げてダッシュで逃げたり
ナースの眼を盗んでは
ナースステーションに忍び込み
カルテを覗き込んだり 器具をいじったり
やんちゃぶりは病棟中に知れ渡っている

ある日しんちゃんの横にいた子の
ベッドが空いている
 オレ 知ってんねん
 センセとかは
 あの子はちがう病院に行ったとか
 言うねんけど
 ほんまは死んでんで
 オレ 知ってんねん
そう言って しんちゃんは
ゲラゲラ声を上げて笑うのだ

死んだ子のことを笑ったのではない
周りの大人の優しくも見え透いた噓を
笑っているのだ

中空に沈みながら   下前幸一



遠景に樹木はざわめき
不可触の水位がせりあがる

時代の波に呑まれるように
私は今を足掻いている

溺れながら
何事もないように

十一月の枯れた島影に
マスクの人が行き交っている

あの時、三年の月日の狼狽と
五回のワクチン接種を誰が想像しただろう

時代はなめらかに口を滑らせて
その行き違いを恥じている

夕刻の光景に私は斜線を引き
自閉する記憶を傷つける

爪でガラスを掻くように
抗う理由を眠らせないように

廃船の人影に私は問う
語り継ぐ言葉の置き所を

事実と事実の連なりに
どのように垂線を下せばいいのだろう

私であるという理由と
私たちという不確定なつながりに

私は見ている
不可触の中空に沈みながら

歴史の藻屑となって
浮き沈む死者たちの淡い影

繰り延べ続けた動機と
取り引きはできない記憶

連れ去られたテロリストの
無言の一瞥を

砂のように崩れて
虚空に消えてしまう何か

無言の一瞥を

道の上の微笑   佐倉圭史



大通り、灰色のアスファルト
夕方の街の、重要な舞台だ
何しろ、人間と機械を、歩かせて、走らせて
郊外の安堵した、数多の住宅へと導く

   *

夜になると、そこでは不思議にも
幻想が許される―
地味な灰色の服装をした、善良な小人が
遠い街灯の輝きと、対面するからだ
軽やかな笑顔と共に―

<PHOTO POEM>人権   中島(あたるしま)省吾



生きてる
「なんも意味ない」と言う方を知っている
一人じゃない
数人知っている
精神病院通院中、ほか入院中、デイケア、
近所のおじいちゃん、近所の男性未婚青年、未婚少年などなど
なんのために生きているかわからないとよく聞く
ナンパしたら警察呼ばれる、と
ひっかけ橋に、戎橋に警官立っている、と
年金も、貯金も、実家の店もヤバい、と
理解できるから哀しい

<PHOTO POEM>回転する車輪   長谷部圭子



右側のペダルに
恋をのせて
左側のペダルに
愛をのせた
グルグル ぐるぐる
愛と恋が回転する
ゆっくりと回転する車輪
フルスピードで回転する車輪
愛を漕ぐ
恋を漕ぐ 
惰性で回り続けるペダル
追い風が ペダルに
からみつく
愛が重たいのか
恋が足枷なのか
答えはハンドルが知っている

千本杉   西田 純



一つの根から出た太い幹が
大きくのびて 幾本にも分かれ
空に近いところで あるものは一つになり
また分かれて のびていく

自分と
自分から出てくるもの
自分が そこから出てきたもの
との境目は
いったい どこにあるのだろう

天をあおいで
その青い淵に
足を ふみはずしそうになる



     千本杉 奈良県榛原市高井の伊勢本街道沿いにある、高井の千本杉。

ませませ   中島(あたるしま)省吾



ちょっと待ってくださいませませ
時間ナインや
ごめんなさい、ちょっと待ってくださいませませ
ませませ
ませませ
服のごみトッてんや
はよせいや、冷凍食品溶けたらどうしてくれんや
個人の事情が見えないまま
自己中心的資本主義社会
ウクライナと比べれば、平和すぎて涙が出る
あそこら辺は服のごみなど関係ない

梨泰院で死んだあなたへ   水崎野里子


苦しかったでしょう
悲しかったでしょう
命が あなたの若い命が
こんなに早く 突然に
終わってしまうなんて

動けなかったのね
梨泰院のハロウィンパーティー
仮装の楽しいイベントなのに
なぜか惨劇が起こってしまった
おしくらまんじゅうの最中
たくさんすぎる人の波の中
あなたは何を考えたの?
きっと
天使に仮装して
地球を飛び回る夢

韓国へ留学して
たった三カ月のあなた
いろんな人たちがいて
お話出来て
楽しい 将来は
ソウルで日本語を教えたいと
言っていたあなた

圧死事故
道路は狭かった
日本の赤坂や六本木
東京の盛り場の裏道は
狭い それを連想しました
昔は車なんてなかったし
店舗はぎっしり並べる
屋台も出る
また戦争のとき
敵が入りにくいそうです
遊里への橋や入り口は狭かった

若いあなた
テレビ画面でかわいい
セーラー服のあなたを
見ました 丸いトンボ眼鏡
にこやかに笑っていました
あなた ハロウィンの神様に
愛されちゃったのよ

仮装のお祭り
きっとあなたはいつか
帰ってくる
圧死? あれは仮装のお祭り
そう言って
それはわたしのお伽話に
すぎないかしら?

苦しかったでしょう
悲しかったでしょう
きっと 次々と
折り重なる人たちの
波の下で

だけど
あなたのたましいは
あなたの憧れの
梨泰院の空になる
雲になる そして
いつまでも
光を放ち続ける

降る   水崎野里子



降る
何が降る?
壊れたミシン
破れ傘
泥靴
赤い花
ちぎれた花弁

降る
黒光りのピアノ
弦の切れたバイオリン
脚の折れた椅子
綿がはみ出した布団
人間の腕
ちぎれた脚

降る
高笑い
降る
悲鳴
降る
怒鳴り声

降る
降ってくる
大きな神さま
地上はゴミだらけ

降る
血の雨
美しい紅葉(もみじ)
折り重なる
赤子の掌 死の色

降る
赤い殺意
あなたの上に
降る
にんげんの憎しみ
降りまくる
地球の上に

Remember You Remember Me   葉陶紅子


あなたの骨が風に散る 佇みて
じっとそを見る 来る日来る日も

人間はどこにもいない 鳥籠を
翳せば 大気は雨の匂い

道をうめ庭をうめ 枯れ葉は積もる
誰ひとりいぬ 家もうずめて

鳥の声千年前の ついさっきの
記憶の中で 重なり響く

青い花荒野に咲けば 天国と
種蒔く人は しばし慰む

百年後また逢おうねと 去りし君
その悠けさよ ゆく雲のごと

鳥になり 君が声響かう森に
分け入る僕と 2人で生きる

闇と裸線   葉陶紅子



わがかたち絶える日あるを 知りてより
膚に眠れる 裸線は目覚む

闇に坐し闇に融け込み かたち失せ
闇を呼吸し 万象となる

天球の星支えるは 闇なるを
知る人にのみ 裸線預けん

静かなる 灰青色(ブルーグレイ)の眸(め)に映る
不可視の裸線 それが花やぎ

風化するいのちのかたち 抱きとめて
死の囁きを 超えゆく裸線

闇集め裸線は薫る 草色に
天球の下 闇を孕ませ

亡国の 知るはずのない言の葉を
紡ぎ 裸線は星と耀く

鯖ずし   平野鈴子



クーラーボックスには真鯖(マサバ)・鯵(アジ)・鱧(ハモ)・魳(カマス)がきょうの釣果だ
鯵は開きにし
鱧と魳はお福分け
寒の真鯖は大きく丸みを帯びよく活(いか)っている
背はまるで象形文字のようで
青く存在感をしめし腹側はオパールのように白く輝いている
鯖ずしに決定
包丁で小さな鱗(うろこ)とぬめりを取り
三枚おろしにし腹骨をすきとり四時間ほど
べた塩*をしアニサキス予防に一昼夜冷凍で
お眠りいただき生臭みもとる
解凍し小骨を抜きとり取りのこしがないか
指先で確認する
甘酢に漬け頭の方から尾にかけうす皮を
いっきにはがし取る
すし飯は昆布を入れてたき
美味しくなるようにと切るように酢飯をつくる
とろろ・おぼろ昆布をすいた後の白板昆布
甘酢に入れ火を入れなじませる
鯖の厚みをそぎ切り
巻すだれにぬれ布巾を広げ
皮を下に広げ棒状にした酢飯を広げ
巻すだれで形をととのえ白板昆布をかける
シャープに切れた切り口も味のうち
竹の皮で包む
常温で味がなじめば鯖ずしの出来上がり
季節おりおりの手間をかけた鯖ずしの味がある
庭先の葉蘭もお役に立ちたいと待っている

 あなた召し上がって下さいますか!
寺の長塀からしだれ梅がほころびはじめてる


  *べた塩 強めの塩をあて身をしめ表面が白くなるほどたっぷりの塩のこと

荷出しの時   平野鈴子




きのうまでお祝いにおとずれた客
お支度をみせてほしいと近所の母娘と奥さんたち
桜茶とお干菓子で話がはずむ
母は「おため」*の用意に余念がない
女たちは畳紙(たとうし)をひろげ着物談義に花が咲く
 荷出しの日
トラックが横づけになり次々と荷物がつみこまれ
和箪笥・洋服ダンス・整理ダンス・姿見
ドレッサー・食器棚・下駄箱・三種の神器* 
夜具には結納の鶴亀がとりつけられ
ドレッサーには紅白の布が飾られた

父は新居で荷受をまっている
いつも家の前を通る老婦人
たちどまり感慨深げに荷を見上げ
トラックの影がなくなるまで合掌し動かなかった
ご自身の昔に思いをめぐらせていたのか
私に幸あれと念じてくれたのか
この所作はまるで枯山水に身をおいたような美しい人に思われた
私をずっと見守ってくれていた框(かまち)の上に横たわっている虎斑竹(とらふだけ)*ともお別れだ
あといくつ と日めくりにふれた華燭の日を希望と不安が交錯し愁う心に苦しんだ
春の霞の荷出しの時だった



  *おため 頂いたお祝の一割をお返しするお金のこと。
  *三種の神器 テレビ・冷蔵庫・洗濯機のこと。
  *虎斑竹 表面に茶褐色の虎斑状斑紋がある竹。天然記念物となっている。

パフォーマンス   来羅ゆら



目を閉じる
手を伸ばす
どこまでも

歴史を遡り 翔び
古(いにしえ)を知る森
天空を湛える湖
穀物を育む大地
深く鉱石を沈め
人のなりわい 生と死
くりかえす殺戮
笑い声 怒声 あいさつを
涙 ほほえみ 沈黙を
抱える大地に
一人ひとりの面差しに
葉かげに息をひそめる虫たちに

ひとりの
パフォーマーが
手を伸ばす
雨のように
死が降り
音楽が消えた
国々で
いのちのおとに
耳をすまし
かすかなおとが
魂にとどくまで
かなしみの深みに
手を伸ばし
胸を張り
問うように
問われるように
踊りはじめる

ドローンの空と
銃声の中に
しずかにいのちに手を伸ばし
踊りつづける

いろはざれ歌   門林岩雄



妻の時計は進んでる
おれの時計は遅れてる
だからしばしばすれ違う
妻は時々ネジを巻く
巻かれてもおれは変わらない

  *

コモドドラゴン
ウミガメを食う
茂みでひとり
ウミガメを食う

  *

誘蛾灯(ゆうがとう)に集まる蛾
蜘蛛(くも)が待っている