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184号 食べものの詩

184号 食べものの詩

しごと   北村 真



なんで 大きな声で あいさつ せなあかんの
シュウチュウリョクって なんなん
自分にあった仕事って なんやろか

ゆきちゃん 聞こえてる
教室の天井を いつも 見てるけど
だまって 見てるけど
そこから ゆきちゃん 私のかお 見えてる

ゆきちゃんは ええなあ
横になったまま ちょっと笑っただけで
なんか うれしいことあったんかなあ
楽しいこと 思い出したんかな いうて
みんな探すし 私も 探してしまうねんな

たまぁに 悲しそうな 目 して
泣きそうに 口 尖らしたときなんか
どこが 痛いねんやろ
なんか いやなことあったんかなあ   
みんなは 聞くけれど
ゆきちゃんは なんも言わへん
だから みんな 気になって 集まってくるねん

それが ゆきちゃんの仕事や いうて
ゆきちゃんのおばちゃんが 笑ってたけど
ほんまに そうやなあ
ねころんでいる ゆきちゃんの目 見たら
深い深い 井戸 みたいやなあ と   
あの日 おばちゃんに 言うたら 
そうかもしれんなあ 言うて また笑って 
窓から外 長いこと見てた あの時のおばちゃん
ゆきちゃんと おんなじ目 してたんやで 

あ 先生 いつから そこに いたん
そこで 連絡帳 書くふりして 
わたしらの話 だまって聞いてたんちがうやろな

ゆきちゃん 今日の話 ないしょやで
先生にも ぜったい 言うたらあかんで
ほな 明日 また 来るし

雨の日に   伊藤芳博



アンブレラ アンブレラ
と 雨が降ってくる

「どうしてスズメは
 かさをささないの」

アスファルトから樹の枝へ
枝葉を揺らして電線へ
女の子の視線も踊るように
アンブレラ アンブレラ
雨が落ちてくる

「そうかあ
 手をバタバタさせてるから
 かさがさせないんだ」

女の子は
大発見を知らせようと
カラダいっぱいバタバタさせて
駆けていく

アンブレラ アンブレラ
空から降ってくる不思議を
こちらで
 受けとり
あちらで
 投げだし

水たまりを見下ろしている
雨つぶを見上げている

「へえーっ」

草むらの水滴を弾いて
アンブレラ アンブレラ
母親の腕のなかへ

濡れてしまった大発見を
バタバタさせて

ちいさい いのち   吉田享子



たすけて たすけて
       たすけて
くちびるをふるわせ うずくまる
ちいさい こども

けれど
こどもの さけびは
おとなの こころに
       とどかない

さけびながら しんでいった
こどもの たましいを
てんにみちびく ことりたち

うえになり したになり
はげますように
はばたく ことり

おずおずと
やがて しっかり
そのつばさを ひろげた
ちいさい たましいよ

もういちど かえっておいで
わすれない ひとが
いるかぎり
かえって おいでね

悪臭について   ハラキン



 気を失う悪臭だった。つまり覚醒している肉体が「オネンネしな!」と
殺られてしまう獣臭さが 平安の世には蠢いていたのか。それはもう「に
おい」などといった生易しい気体ではなく 猛毒が噴き出すガスだ。

 青酸カリを飲んで自殺する演技をまっとうした役者が いま現れた。彼
の今生はもうとっくに終わっているが あやかしのディジタルの仕業で 
数えきれないほど蘇り 彼がすでに死んだことは どうでもいいほどに 
時間の風紀は乱れている。

 鬼のような演技だった。平安の世の鬼の 口が耳まで裂けた顔が明滅し 
長身の男優の顔が明滅した。「彼の今生はとっくに終わっているんだな」。
そのようなケジメのつけ方で 俺の気持ちも音無く折り畳まれたのだ。

 あまりにも名高い妙法蓮華経の パレードのような朝 華々しく効験あ
らたかに。法華経のお札を着物の裏に縫い付けるだけで 巨大なプロレス
ラーみたいな鬼が寄りつけなかったという。しかしそれはホントかな?

 ウソでもホントでもいいじゃないか。どうせ演技なんだから。演技の前
じゃウソかホントかという問いがもはや無効。大いなるウラ世界のほうか
ら 微風に乗って 気絶させる悪臭が ゆっくりと俺を過ぎった。

徴候   ハラキン



 俺の加齢を合図に 俺を潰そうとする者たち 俺を否定しにかかる物た
ち。「魔が差す」とは俺が主体の筈だが。いやそうは思えない。第三者の観
念を痛感せざるを得ない。アクセルを踏むブレーキを踏む目にもとまらぬ
速弾きがもつれた。もつれたらついブレーキを遠ざけてしまった。ブレー
キを踏めよというまるで遠雷を聴きながら カーポートをひたすらバック
し続けた。遠雷に同感をおぼえながら 正しさがキライな魔が カーポー
トを後ずさりし続けた。

 第三者(たち)は もたもたしながらも 着々と俺を潰そうとしている 
否定し尽そうとしている。あっ カーポートの最後部にある名も知らぬ雑
木が 俺の視野いっぱいにゼロコンマ3秒拡大した直後 愛車のリアは雑
木にぶつかった。俺の全身に 魔が差したのだ。このようにして人という
ものは心のパルスが絶え絶えになる。

 雑草の大洋に眼を転ずれば 無数の雑草の感覚器官たちが 俺を狙って
いる。その証拠に 俺が近づけば やつらは息が荒くなる。雑草たちの腐
敗し滞留した息が鼻をつく。
 以上 世界は世間をまとって 本日もいくつか手を繰り出して俺を狙っ
たが 見事にしくじった。握手を交わしながら 片手でジャブを繰り出せ
ばよかったのに。

いざや傾(かぶ)かん   葉陶紅子



鴨川の桟敷で踊る 巫女たちは
憂き世を浮世に いざや傾かん

猿廻し 侏儒軽業(こどもかるわざ) 琵琶法師
獅子舞 幻術 南蛮渡り

黒人や 鳥のごとうたう紅毛人
煙管(キセル) 世界儀 伴天連(バテレン)尊者

玻璃(ギヤマン)の酒器や 瑪瑙の首飾り
呂宋(ルソン)の壺に 南蛮時計

南蛮の医書と引き換え 伴天連に
蒔絵/屏風は くれてやるべし

傾奇(かぶき)踊りはロザリオに 袖なしの
南蛮更紗(さらさ) 緞子(どんす)の袴

傀儡(くぐつ)らは辺土(リンボ)より来て 都ぶり
漂泊の果て 辺土に帰る

白拍子   葉陶紅子



今様を舞う わが肌の界隈に
貴賤を分かつ 境とてなし

匂やかな 花の香りの肌なるは
その目(ま)なざしが 見すえる空ゆえ

安心(あんじん)はただ心のみ 見すえれば
世の浮きかたは 頼むにたらず

煩いを棄て わが肌にくずおれよ
花の匂いを かぎ溺れませ

なを鎧うかたちは失せて 雲/花に
鳥に光に なる美技ぞあり

藍や赤 金糸まばゆき衣舞う
雅(みやび)のなかに 時は失せ逝く

檜扇(ひおうぎ)をかざして舞える 今様に
物狂いしてや 生を終えんか

カメムシ死んだ   髙野信也



死んだムシ カメムシ

道ばた 6本足 胸前に組み
いつかの 父の終わりのような
やすらかさに凍る

なにいろ黄緑 緑 褐色 
Asahi きらきらする 
アルミ缶の脇

ひと 芝居がかった 
ほほえみ 頬の上

思わずつまめば
予感のぶんだけ 
わずかな敵意

なつかしき 嫌悪すべき金属臭 
なにいろ黄色 緑 きんいろ
くらくら踊る 黄緑の自在球

ああ
強烈な 意思といのちの
ゆらゆら 流れて 
すべる まとわり

カメムシ死んだが
死を超えた 生の上書き 
やたら
じゃりじゃりとする吐息だ

路上の人   来羅ゆら



静かな言葉だった
師走の冷気は刺すような透明で
声は
薄く細く途切れながら聞こえた

 おおきに・・・
 ・・・ねえちゃん
 ・・・・・もう・・・ええねん

暮れから正月にかけて
路上生活をする人に声をかける
宿泊施設があること
毛布や薬を持参していること
私の呼びかけに
路上に横たわる人の白髪頭が
ゆっくりと動いた
消えそうな声で
おおきに もう ええねん、と

冷気の透明さで届いた言葉
何を見ているのか
静謐そのものの
まなざしは
私を透かして遠くを見ていた
返す言葉など出てこなかった
毎年凍死者のでる路上に
残したまま
あの夜は朝まで雨が続き
明け方は極寒そのものだった

あれから三十余年

師走の冷たい風に吹かれると
短い言葉を交わしただけの人の
まなざしが
ふっと甦る
刻みつけられた言葉の確かさ
人の尊厳の厳しさに圧倒され
黙って立ちつくしたあの日から

時を経て
私は老いて
あの日の
あなたのそばにいる

あなたに声をかけよう
――すこしだけここにいていいですか
そして
そっと蹲る
風の中で、しばらくは
二つの息を感じていることだろう

それから
――さようなら
と あなたのもとを去る
あなたと私はともに
極寒の路上にいて
路上を一掃する烈風のなか
もう
どちらが別れを告げたのかわからない

分かれ道   加納由将



小さいときから凸凹道を歩いてきた
平坦で舗装された道は振動しないで読書しながらでも運転できるが
行き場は退屈な場所だと決まっていた
僕は変わり者でそこは本のない図書館に思えた
凸凹道をあえて選んでなんでわざわざ車椅子だてらに
行かんでもという人間も多くいた

自分で「なぜ」という気がした時もあったが
分かれているところでいつもしんどい方を選んでいる
凸凹道を走るとレバーハンドルからすぐ手が離れる
これは道の振動によるものか、不随意運動によるものか
わからないまま離れる手を少なく残された正常な筋肉で押さえつけている
また今度はかなり大きな分かれ道
今回は考える間もなく凸凹道を選んでいる
今までにない凸凹道は運転しにくいようだが
引き返す道はもう見当たらなかった
暗かったしげみは少しずつ明るくなっていた
道の真ん中に朽ちた太い枝がある
勢いよくつっこむ
前輪がかろうじて勝って枝の中に通り道ができていた

どんなに   左子真由美



どんなに背伸びをしても
届かないでしょう
あのかたの着物の裾にも

どんなに走ってみても
追いつけないでしょう
あのかたの草履の端にも

つぐみは歌い 桜は香る
夜の静寂を縫う風のざわめき
世界はこんなにも溢れそうなのに

なにひとつ歌えぬままに
真っ白な紙のうえに
時は過ぎてゆくでしょう

それでも
やはりそれでも
背伸びをして届こうとするでしょう

たとえ届かなくても
せいっぱい手を伸ばして
見えないものを掴もうとするでしょう

なにゆうてまんねん   吉田定一



なにゆうてまんねん
 まんねん せんねん 
  ひゃくねん
婆ちゃん 百年 万年
 生きるんかって
  なにゆうてまんねん

  百年 万年 生きたら
   まわりのもの だれもおれへん
  寂しゅうて 寂しゅうて
   そないしてまで 生きとうないわ
  婆ちゃんも 人間や
   身もこころも あるんやで――

    なにゆうてまんねん 
     さよか ほな さ・い・な・ら


なにゆうてまんねん
 まんねん せんねん 
  ひゃくねん
婆ちゃん 百年 万年
 生きとうない
  生きてて なんぼやで

  そやかて 天の爺ちゃん
   はよう来い来いって うるさいんや
  寂しゅうて 寂しゅうって 
   天国いても 楽でもないんやて
  寂しいがりやの 爺ちゃん
   はよう 抱きしめてやりたいんや

    勝手にしなはれ 
     さよか ほな またきてな

卵   升田尚世



薄明りの中で待っていた
ゆるく目を閉じ
ほほえみを浮かべて
遠くに聴こえる
なつかしい音
柔らかなわたしたちの
四つの耳に

孵ったそのとき
あなたは
ひとり立ちあがり
にほんの脚で歩きだす
窓の向こうの
樹々の向こうの
空の青色の果てへ

はじめての世界に
わたしは泣く
声を飲みこみ
吐きだして
湿った息で手のひらに
戻れない殻を接いでいた

今朝 卵をわる
白いボールに
殻を打ちつけて
ゴーンゴーンと音がする
あのときにも確かに聴いた
洗濯機の渦のまん中に
小さく盛りあがる
泡をすくってみる
そこにも卵はなかった

幸せの黒いハンカチ   中島省吾(あたるしましょうご)



ここは中世のアメリカ南部。作家業で詩人のビフは
精神病あがりで昔いったん潰れて近所で有名です
金髪の白人で目の青いイケメンですが
いったん崩壊した精神病あがりで有名で
結婚できずもうすぐアラフォーです
「あっ、ビフだっ」
「しっしっし、ビフ向こう行け」

今日は市場で黒人奴隷市をしています
(なんてこった、人が人を売るなんて)
ビフはありったけの印税と障害年金を出して
売られた親と切り離された絶叫している女の子を買いました

~「おかあーちゃん、わ~んわ~ん」
 「泣かないで、お願いだから泣かないで
  君をアフリカへ返す。君を生きさす
  もうすぐ奴隷制度をリンカーンがなくしてくれるから」~

それから十五年
ビフの家には愛があります
子宝でした、奴隷制度が終わり
彼女と結婚しました
「ブサメンビフ。あの頃私は殺されていた
 ただそばに居てくれたらいい
 寂しさを寄り添い合おうなんて
 ブサメンに救われたわ」
「今日も、黒人のオマエの悲しみは消えていない。ドライブ行こう」
「せこ~いブサメンはくWパパW
 ~今日もくろママを独り占め?」
二人の子供たち五人は白人と
黒人のミックスの中東系です
ビフたちの娘一人は
只今ハリウッドの女優にスカウトされて悩んでいます
「こら~おいらの一生の彼女だぞォ
 世界の果てまで一緒に観に行こう
 今度チリに旅行しよう」
世界の果てまで一緒に観に行こう
まだ君の悲しみは消えていない
僕の救い主
無理やりの僕ブサメンの救い主だからごめん
あの日ブサメン僕はアフリカから愛を
あの日、僕は救い主を
護る

君のためなら死んでもいい、君のためなら殺されにゆく、台風の日も防波堤になる   中島省吾(あたるしましょうご)



君のためなら死んでもいい
あなたを救うから
いや、あなたのためなら死んでもいい
いや、僕が君がそばにいてくれるだけで一方的に救われるよ、ごめん
愛しか与えられないわたしなの
愛なんかいらない、
君に侮辱されていても君が隣にいてくれるだけで、それでいい
僕が一生君を守るよ
君の二代目のお父さんだね
第二期ってことなの?
第三期は僕は望まないから
この二期から離さないから
でも、僕は君のお父さんにはなれない養子のお父さんだよ
その穴埋めのために、この養子のお父さんを君が選んでよかったと思えるよう努力していくよ
でも君を命をかけて守り抜く
君の奴隷の人生だよ
わたしも君のために君の奴隷の人生を送るわ
周囲に何言われていもいいわ、君しかわたしの瞳には見えていない
僕こそそんな無垢な君のためにたとえば殺人者が来たら
僕が身代わりになって君のために殺されて恩返しする
台風の日も僕が防波堤になって君を守る
もしも君が明日いなくなって君が僕を刺したとしても
僕は君のために冤罪を装って自殺をほのめかせ死んでゆく
死ぬなんて嫌だよ、君がいないとわたしは生きられない
僕も君がいないと生きられない
ありがとう
こちらこそありがとう
外は11月の冷たい風が吹き始めた土曜日の朝だった
外では木枯らし一号が吹いている
社会は荒れていた
人間社会は利益主義の右派的に荒れだしていた
資本主義は続いていた
利益社会の中で社会は経済成長していた

素敵な時間   山本なおこ



繭(まゆ)のように眠る
夜のとばりがおりてきて

 チャペルの鐘が
 まだ耳に残っている
 この胸にも
 この指先にも
 
繭のように眠る
夜の星がおりてきて

 あかちゃんの心臓の
 とっくんとっくんと合わせて
 わたしも呼吸している
 この広い地球(ほし)で

繭のように眠る
月の明かりに包まれて

 無限(むげん)の時に抱かれた
 あかちゃんとわたしの
 優しい息づかいが
 聞こえてくる

<PHOTO POEM>過去へ行く列車・現在という名の駅   長谷部圭子



過去へ行く列車に飛び乗った
オレンジ色の列車 くすんだ臙脂色の座席
「何歳に行かれますか」
円い眼鏡をかけた車掌さん
古ぼけて擦り切れた切符を見せながら
少し 考える
「何歳まで戻ろうか」
考えても 考えても 行き先がまとまらない
しびれを切らした過去へ行く列車
無慈悲な機械音を立て ぴしゃりと締まる鉄の扉
過去へ溯って ぐんぐんスピードが加速する
両手で錆びた窓を開けた 重たい鉄の窓から
懐かしい あの日の風が鼻腔をくすぐる
いつか見た 穏やかな田園風景
黒々と迫りくる 哀しい色の海
美しいけれど 人工的な摩天楼
のどかで、優しくて 冷たくて 時折 残酷な過去
「どちらまで」問いかけるような車掌さんの低い声
「今に。今に戻してください。現在という名の駅に」

過去へ行く列車は 勢いよくホームへ滑り込む
現在という名の駅に

<PHOTO POEM>雪が溶けなくても春が   中島省吾



イエス様の教会で愛という言葉
叫んでいようよ
愛という言葉
すき、という言葉
きっと元気が出る
そうだ、すき、という言葉の卵を
冬のうちにあの人に叫ぼう
君の光の日に近づく愛のおまじないだから
暖かくなれ冬でも雪でも愛育の冬の氷だと変化して考えろ

聖クリスマスもバレンタインも雪が溶けなくても
冬を乗り越えられたら春に溶けて
愛に変わり氷が流れて花が咲く

肥後橋グラフィティ   平野鈴子



四つ橋線の駅で券売機を見上げる上司
じっと料金を見るだけでうごかない
いつものことと二人分の切符を手にする
ある企業での説明会
 昼になればうどん屋の前で足をとめる
支払うそぶりもしない
 休憩時間はカフェの前で立ちどまる
部下のための手当もあろうはずが
財布を取りだすのはご法度なのか
吝いスイッチが入ったらもうとまらない
ここまで勘定高い上司のエネルギー源は
いったい何だったのか
手にするくすぶる煙でなに思う
 逆にコーヒーをやたら奢り根ほり葉ほりと聞きだす上司もタブーですぞ

出社するとデスクに知らぬ間に撮られていたスナップ写真三枚
早速ブランドハンカチで御礼をする
しかしそれでは済まされなかった
私には考えられぬ彼女のセンスの一発を食らった
届いたのは請求書
 お見事な筋金入にて候

一緒に立ち寄ってほしいと同行した会社
唐突に部下扱いしあれよあれよと
次々と指示をだし豹変していく姿
まるで上司であるかのように人前でなりふりかまわずの愚かな痴態をさらす
一度こんな夢をかなえたかったのか
年を重ねた同僚のあせりだったのか
ギラギラしたその目はゾンビのような恐ろしさ
心の中をも露呈した空しい男のからいばり
 気いつけなはれ極付(きわめつき)はその加齢臭を
 古いビルヂングの中 人の心を見聞(けんぶん)した日々

白菊への頌歌(オード)   水崎野里子



晩秋
寒い大気の中で
白い菊が咲いていた

菊の白さ
きっぱりと 空に立つ
可憐な 小さな花弁

手折ろうか?
手折るまいか?
一瞬の戸惑い

私は歩き出す やっぱり
そのまま咲いていてね
手折らないわ 白菊さん

咲いていて 真っ白く
雪が降っても 
凍える朝にも

母が咲いている
父が咲いている
私も咲いていたい

地球は大きな花瓶
生える花はみな
死者への供花

秋の終わり
冬の初め 初霜
おきまどはせる 白菊の花

牡丹の花へのオード   水崎野里子



わたしは 紅丹です
牡丹の 花の精です
あなたに 恋焦がれて
花びらを 幾重にも 纏っております

朝の わたしの 朝化粧
きのうの雨粒を 拭います
雨粒は 朝日に輝きながら
滝のように落ちます しとどの雨

しとどの涙の 光る真珠を連ねて
あなたを待ちます 昼も 夜も
真珠の帯を 風が 解いてゆきます
あなたの笑顔を偲んで 私は震えます

あなたは 誰?
空を過ぎる 雲の影

声と 声で   西田 純



声と 声で
話を しよう

自分のからだの 内側から
いっしょうけんめい 音を出そうとしている
口をとおして 出てくる記号を
自分で聞いて 楽しんでいるのだろうか

ぼくが顔を近づけると
笑い出して
声はますますとび出して

生まれたばかりの
おおきな空につつまれて
言葉が まだ生まれる前の
変わりやすい 色あいの
ぼんやりした世界の中で
のどの奥から 
音と 音で
話し合おう

              (一九九七年のメモから)

世間話   関 中子



あいつは風邪になったそうだ
統計数字も流行が終わるね
あいつ コロナ
終末を
熱気のままに
袖口を広げて通しておやりよ
こころよく
発覚が二番煎じだから
内容がどうとか影響がどうとか
国土交通省だろうが花の宴だろうが
あなたはとても気楽ね
この家を通り抜けるなら
許すつもり 許せないわよ
君って 万能なのだね
彼女に出会えば
どうしようもない 打つ手はない
公的機関の順番を待つ間に
コロナにキスされる
お味はいかが
それがもうおしまいになるそうだ

ついに先が見え
そこで 君はあしたがどうなるか
コロナにいなくなってほしかった君は
これから まずどうしたい
君 ラジオ体操している?
ことばの回転は どう
うまく続かない
あいつとの生活には二年くらいで慣れたのに
何年もかけた生活行が戻って来る 例えば
慣れない土地にある学校に通った時の動悸
電車に毎日乗るようになって長期休暇明け目眩
学校や電車に建物の集合に休息の森が届かないので
休む暇なく揺り戻され なんとか歩く努力
何かが楽しくって 心地よかったひとつがあって
気を収め苦を先延ばしした日々
急停車した運転席で前のめりになってフラッシュする

そうだ 思い出から始まるまた大変な規則正しい生活に帰る
それって 大儀だなあ
君の体のどこか 神経のキャッチ力は思う
君って 何をしたいのか
あいつにいてほしいって要望が霞のように棚引いて
本気じゃないはずなのに棚引く霞に肩を引かれる
君ってあいつより日常の方が恐いんだ
恐いって 許せるってこと?
日常は 多すぎるものだらけ
コロナが忘れさせた多すぎる生活
おめあてが見つからないから足りないものだらけ

ところで快復剤にラジオ体操がいいよって 電話した?
バス停であった人に話した?
あ、バスが来る
お後は
君が
コロナってなんでこんなに世界中の人類を巻き込むんだろう
死因 コロナ どこで死を見た?
数字が示すあふれる死にありふれて今は言えないよ
こそっと伝え合ってはいても
死の不安の他に何かをされたみたい
統計はこの頃 いつも誰かを待っているみたい
行儀のよさ 品の良さ 何にでも見えそうな
たぶん ことばを返せなかった人にも親しみ見せて
あとしばらくは
抜け出すのが辛いね
では 気取って言おう
さして重要でないこの人物は
見るも見ないもご勝手の満月の月夜の影
彼は風邪気味だそうだ なまった体で
次は身びいきでわが身を確認しよう
わたしは自由だ 人生の最高の人である時よ
ピンチ ピンチ 生のリズムを鳴らしてよ
快復剤は愛おしむ夢 お早めに

新年用の撮影 ユーチューブでの画像づくり   安森ソノ子



冬の京都に 舞う七色の羽根

大きな飾り羽子板を持って
先ず新年の挨拶
十二月四日の撮影は進行中
次は小さな羽子板で歌いながら 羽根をつく

「新年おめでとうございます」と
国の内外へ向けての笑顔
元旦の着物の着つけ きっちりと 念入りにできた?
視線の一つ一つにも 気をつけて!

ディレクターは 鋭い声とやさしい目もと
前もっての説明 指示を終え
「NGの場合が多いと 笑顔も強張るよ
 皆様に 心からの日本の便りを届ける画像だから
 最後に日本語と英語で詩を朗読する時 声 顔の表情 ひときわ大切
 まあ いつもの朗読を 明るく はっきりと」ね

魔法   藤谷恵一郎



勇気は心の魔法
愛は命の魔法
美は死の魔法
死は宇宙の魔法
悲しみは人間に理解できない魔法
悲しみを内から貫いてゆく命の芯棒
深い孤独の者に思わず立ち止まらせ
伸び行く先を見上げさせるもの
許された最後の空間として

愛の夢   笠原仙一



十一月二十四日の夜中は
霙(みぞれ)降る今期一番の寒い夜だった
僕の友達蟋蟀(こおろぎ)が
とうとう力尽きたようだ
もう鳴く声は聞こえてこない

あいつは僕の家の
小さな中庭で ただ一匹
美しい音色を出すことだけに命をかけて
子孫を残すために
愛する雌と出会うために
こんなに寒い夜になっても 
毎日毎日 ひたすら鳴き続けていたのだ

僕はそのせつない音色に
頑張れよ
おお まだ頑張っているな
えらいなあ 僕も頑張らな
と どれほど励まされてきたことか

雌の蟋蟀と出会えたであろうか
子孫を残せたであろうか

あいつは 僕が君に励まされていたことを
知っていたであろうか

  ・・・

もう夜中の三時だ
詩を書く営みも
静かに静かに自省する夜も
僕の願いだ

詩誌水脈も もう三十年を超えた
絶対に 良い詩誌に
生きた証に みんなのために
読み応えのある 時代にマッチした
素直に 暮らしをとらえ 真実の思いを詩(うた)った
心 真理の矢を放つ詩誌をと頑張って来たが

時代は 娑婆は 日本は
怖れていた如く切羽詰まってきた

ああ 展望が欲しい
希望が欲しい

愛が欲しい
生きている喜びが欲しい
優しさにみちた
詩人の魂が欲しい

全てに通じ
全てに溶けあい
勇気と真理と生きる喜びと愛と
そんな心に満ちた言葉が欲しい

生きる人々は美しい
頑張っている姿は美しい
助け合い 励まし合い 命あるものとともに
心が繋がって生きる姿は美しい

清浄な命の言葉は
それは神の励ましのように
澄んだ満天の星空から降りそそぐのだ

人々は優しい愛の気配と
囁きにハッと目覚めるのだ
ああ 会えたと 喜びに満ちあふれ
命あることの喜びに震えるのだ
愛に満ちた
朝のような爽やかな
生きる勇気に 満たされるのだ

  ・・・

僕達はこの時の一瞬の命でしかない
すべての命あるものはこの一瞬を生きている
父や母も生きてきた
蟋蟀も生きていた
きっと来年も 君の子供が
愛の歌を歌っていることだろう

僕達は この地球の一粒でしかない
この時を生きている 命の
心の一粒でしかない
叩きつける雨音の中で
静かに静かに 生きている
命でしかない

ああ この世に 
日本国憲法の世界が広がったら
どんなにか美しいだろう 愛の世界が広がるだろう

僕は願う

みんな 命あるものは同じだ
心がある 願いがある
この世に
この地球に生を受けて
時の先端で 輝いている
同じ仲間だ
遺伝子だとてほとんど同じだ

だから
みんないただいた命を
愛に満たされて生きていけたなら

家族や友達と
信頼し合い 励まし合って
感謝の中で生きていけたなら

自分の仕事を見つけて
創造の営みの中で生きていけたなら

そして最期は
みんなが 生きていて良かったと死ぬことができたなら

0.01カラットのダイアモンド   白井ひかる



君は既に0.01カラットに
粉々に砕けているから
僕は平っ気で
日常生活を送ることが出来る

形もないし
匂いもないし
気配もないし
ただ
真紅の薔薇みたいな夕日が
辺り一面真っ赤に染めながら
山の端に沈むとき 決まって
君はキラリと輝き始めるんだ

それから煌めきは
どんどん集まり始めて
君はやがて元通りの大きな
ダイアモンドになって
姿を現す

僕はあきらめてる
いくら時が流れようと
ダイアモンドは
風化しないということを

みんなバラ色   阪南太郎



みんなはよく
バラ色の人生を送りたいなんて言う
そこでぼくはバラ園に来た
バラ色ってどんな色か確かめるため
白いバラ、黄色いバラ、赤いバラ
他にもまだまだある
みんなバラ色だ
辞書でバラ色と引くと
何て書いてあろうが関係ない
みんなバラ色なんだ

徒歩   佐倉圭史



すれ違いながら去っていく人と時間は
同一の事実だ、歩道の上では
急いでいようと落ち着いていようと
人々は各々の時間や瞬間を持って去っていく
そうして二時が過ぎ、二時半が、三時が過ぎる
灰色の街はこの様であるから
彼等が私を虚しくしない様
私が彼等を虚しくしてはいけない様
心の声で聞き合うのだ
貴方は貴方に起こる瞬間を
そして貴方自身の時間を大切にしているかと

雨の匂い   牛田丑之助



少しだけ開けた窓から
降り出した雨の匂いが忍び込む
「それは埃の匂いなんですよ」
気象予報士が解説する
だとしたら埃の匂いで癒される私は何者だ

窓の隙間から
ねっとりと黒く大きな蛭が入り込み
私の口を背後から優しく塞ぐ
消毒液とぬか漬けの臭いの混ざった母親の掌
その温み
君と交わした気怠い口づけの儚さ

黄色い表紙が湿気で反り返った歳時記からは
猛暑を酷寒を耐え抜けない言葉たちの
呻き声が漏れている

ぬるくて生臭い雨が降り始め
胞衣(えな)で避けても襞々の隙間から染み入って来る
それは羊水でもあり三本爪の亀の住む沼の泥水でもあり

私の順番はいつ来るのだ
弥勒菩薩の亀甲縛り
摩利支天の蝋燭責め
羽衣天女の十五センチのピンヒールのぐりぐり
その悦楽だけをひたすらに待っている

雨は降り注ぎ続け
五十三平米の公団住宅の部屋には
葬送花の匂いが満ちる
しかしそれは埃の匂いなのだ

救済   牛田丑之助



地平と天空の際から
和平と闘争の際から
水蒸気と汚濁が洩れ溢れ
俺を包む

奴らにはやがて昇天し紫雲になる希望があるが
俺にはない 何もない
吃りの獣神と眼瞑(めくら)の天馬が
どれだけ誓約してくれても
必ず叶う黙契などない

世界は北壁のように屹立して俺の行く手を阻み
言葉は緑色に溶解して俺の足元を掬う
従順な青い犬さえ俺に噛み付く始末だ
強い風で俺のマントは孤独な漁師の帆になり
大地は互いの固く握った手を離し奈落に堕ちて行く

しかし俺は俺に礫(つぶて)を投げつける奴らと
憎しみ合うように和解するだろう
それが覚醒した夢か明瞭な幻影かは知らないが
母親からついには与えられなかった忌まわしい慈愛で
俺は俺の冷えた身体を自ら温めるだろう

葉の裏で揚羽がノアの嵐を避けるように
透明な蛹が俺を優しくくるみ
それが聖母の予め仕組んだ罠であっても
俺は虚空の下の全ての連中への
ゆるしを自分にゆるしている

いつしか視界が 盲いて生まれた象の闇になり
美しい詐欺師と茨のベッドの上で静かに交合して
奴らが俺を蔑み疎外し迫害しても 
俺は奴らを必ず救済する

牛田丑之助   海豚の墓標



絶望的に多い海豚が
砂浜に打ち上がっている
海豚は二万五千ヘルツで僕に言う

助ケナクテイイヨ
ソレヨリ自分ヲ守レ

銀紙のような遠い海原は
静かに波を運んでくるが
海豚たちを海に戻すことはしない

あるものは細骨の先まで洗浄されて
骨格標本となり
あるものは腐敗し風化し
星の砂に化けて散らばる
どちらが倖せなのか
ビジネスバッグを抱えて
満員のバスで
太った女に草臥れた靴を踏まれる僕にはわからない

ソレデイインダヨ
生キテイレバイインダヨ

二万五千ヘルツは
自分の耳を欹(そばだ)てても
ほとんど聞き取れない
だから特殊プラスティックの耳栓をして
肺胞の空気の出し入れを止める

アゝ 喉ガ渇イテ来タヨ
デモ君ヨリハ潤ッテイルヨ

夏になれば人生よりも長いローンを抱えた家族で
寿司詰めになる砂浜は
遥か見える限り海豚の墓標だ

僕は自分のために瞑目し
海豚たちのために祈る
どうか黄色いセロファンの太陽が
僅かでも穏やかになりますように
そして干上がっていく海豚の皮膚を
少しでも永く湿らせますように