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179号 詩とエロス

179号 詩とエロス

はじまり   田中裕子



秋の最初の日は
玄関に乾いた陽が射して
板張りの茶色がうすくなった

いつも湿っぽく
空気の中でさえまっすぐ歩けないような
家だったのに

裸足で立つと
うすい足の甲に光が刺さり
ちりちりと音をたてる

光は熱い氷
体の奥を温めることなく
表面を流れていった

毎年その日はやって来たから
上がり框(かまち)の光の
かたちを
角度を
秋ということばを知るより前に
憶えていた

光はかならずひとりでやって来たから
はじまりだと よくわかった

拒まれているようで
包まれていた

私の頭の中からことばが消えていく   白根厚子



通りで見かけた だいだい色の花
あれは、何といったかしら
えーっと……

あの花は、安曇野で見かけ
いまだに忘れないでいる
美しい…と心に残った花だ
最近、行きつけの病院へ行く道で見かけた
古い駅舎の前に、
だいだい色の花々が咲き
木の幹をはいのぼっていく
花たちは、みんなおしゃべりしているようだ
あの花の名まえは…
いくら考えても出てこない
パーキンソン病は、ことばが消えていく
頻繁に……花ばかりではない、人の名まえも、野菜まで

下りホームへ電車が入ってきた
私は、小走りで電車に乗った
小柄な
おばあちゃんが、窓のそばによって
外を見ている
その視線は、だいだい色の花

―のうぜんかずらを見ていらしたのですか
と、声をかけていた

のうぜんかずら…
と、いっている自分に驚きながら

―えっ、そうよ
 そう、そうよ のうぜんかずらよ
 私、この花の名まえが、出てこなくって…
 胸のつかえがおりたわ
おばあちゃんは、ふーっと息をはくと
安心したように席に着いた

発車のベルが鳴っている
のうぜんかずら、のうぜんかずら…と、
私は忘れないように唱えていた

食事会   植木容子



注文した料理を待つ間
ばばぬきをした

私の手元のジョーカーが
隣にまわって
ひと安心
私は終始
にこにこしていた

ゲームが進むと
ジョーカーのゆくえが
わからなくなった

あの人から
あの人に
うつったかもしれない
もらったかもしれない
みんな知らんぷり

誰の笑顔が
つくりものか
わからないうちに
ごちそうが出てきた

急いで片付けたので
ジョーカーのゆくえは
不明のまま

白い夏   下前幸一



白い夏が枯れていた

展望のない日々を
僕は歩いた

道端に春はまだうずくまっていた
消し忘れた気持ちを抱えて

形のない影が揺らめいていた
白い夏だ

次亜塩素酸の夏

アルコール消毒液の夏

冷や汗をかきながら
白昼のダイニングに
ひとり迷う

オンラインの平面にはじかれて
電子的な点滅に踏み惑い

ある者たちは
感染者に指をさし
蔓延する場所を忌み

ひとり漂白されていたのだ
自分ひとりの正しさを言い聞かせ

白い夏だ
ファッションマスクの夏

行方の分からない一本道で
ほの青く
君が寂しく燃えていた

なにもしてやれないまま
白い夏が枯れていた

最初で最後の木   阪南太郎



山には、賑わいでない木はない。
みんな山の宝、そうだろう。
だって
「この木、まったく伸びないな。」
と言われながらも、
「この木、ちっとも花咲かないね。」
と言われながらも、
負けずに歯を食いしばり、
生きてきた木ばかりだから。
みんな、山には無くてはならない木だ。
こら、だれだ。
自分にだけは、この木たちに
ランクをつける権利があるなんて
思っている奴は。
みんな、この山にたった一本、
いや、世界にたった一本の木だ。
過去にも全く同じ木は存在しなかったし、
未来にも決して存在しない。
どの木もみんな、
最初で最後の一本だぞ。

街の風景   阪井達生



 この街の一角には、古くから小さな公園があった。私はその公園のベン
チに座っている。ここからの風景はすっかり変わってしまった。正面に大
きな壁のようなビルが建ってからだ。地図上ではビルは遠くにあるはずな
のに、ここでは近くに見える。その代わり、公園の樹林、外周の道路が、
ビルを見上げる私の視界から消えている。近くを走る私鉄の軌道も、ビル
の長い影に飲み込まれようとしている。
 この街は下町で五軒長屋が連なってあった。道といえば小便くさい、草
の生えた私道が生活にまで入り込んで、子供のころ鬼ごっこで捕まるのは、
長屋の袋小路に逃げ込んだ奴に決まっていた。そんな長屋は私が働き始め
たころから、取り壊されはじめ、建売住宅、鉄骨のアパートに変わっていっ
た。街だけでなく、人が働くことの夢も、独立して家族を持ち、一戸建に
住むことになっていった。あのビルが建ち始めたのは、私が定年を意識し
たころだった。
 住宅ローンを退職金で精算すると、築二十五年以上の住宅が手元に残っ
た。不満といえば、長屋住まいのころよりは少し狭いこと。今となれば、
隣の家の声が聞こえた住まいが、少し懐かしい。私の子供達といえば、古
くて修理の必要なこの家にも、この街にも、なんの興味を持ってはいない。
 あのビルは地下が駐車場、その上は商業施設、最上階部分は分譲マン
ションになっている。その最上階からこの公園は見えているだろうか。そ
ういえば山が見られる、海が近いとか分譲中に言われていた。ビルに住む
人にとっては、ベンチに座っている私や、この小さな街など、ビルの敷地
と思われても仕方がない。

花と原爆   牛田丑之助



原爆が 輝きながら堕ちて来る
春のひと日 とてもおだやかです
黄色い花々が 輪郭からはみ出して揺れています

だから庭でパーティを開きましょう
拳銃やら
三角定規やら
ウサギのしっぽやら
好きなものを銘々持ち寄って

あなたは髪を風になびかせて
思わせぶりに私の肩ごしの死神にウィンクを贈るでしょう
私は私で 酸っぱいワインを飲んで十分に堪能しています

隣の円卓ではトランプの王様が
隔絶された人間疎外社会における 婚外恋愛の文化性を熱論中で
ワインの酔いで顔色は赤黒く 王様かジョーカーかすらわかりません

ああ それでも春のひと日はとてもおだやかです
原爆はと見れば
まだ手の届きそうな中空で輝き続けているのです

泣いているのか   牛田丑之助



泣いているのか、と訊ねると、泣いてへん、と答える。
なぜそこだけ関西弁、と私は更に訊きたいが我慢する。
ではなぜ涙を流すのかというと、コンタクトが痛いんや、と答える。
また関西弁か、と私は少しイラつき始める。
すると今度は無理して笑おうとするので、
笑っているのかと訊ねると、笑ってへん、と答える。
なぜ関西弁なんだ、と私は更にイラついてしまう。
そこに象が通りかかる。
象は、また泣かせたな、と私に言う。
泣かせてへん、と私は答え、そしてなぜここだけ関西弁、と自らにイラ立つ。
象はさよかと言って、行ってしまうがその鼻の長い影だけがいつまでも残って、私の心を暗くする。
象でなければよかったのに。それも関西弁の象で。
馬ならば無頓着に、ひーん、愛し合ってるかい、と言って通り過ぎただろう。
ライオンなら何も見ないふりで去っただろう。
象だったからいけないのだ。
でも本当にいけないのは、唐突に出て来るのが関西弁で、肝心の魂は関西弁でないことだ。
デパートの上では、グラビアアイドルが踊っている。
しかしグラビアアイドルでなくてせめてもの幸いだ。
なぜならグラビアアイドルは、どうしたとね、と福岡弁で話しかけてくる公算が高いからである。
それは問題を一層複雑化させただろう。
米中経済戦争よりも、IPS細胞の倫理問題よりも、朝食を作る順番の夫婦の諍いよりも。
泣いているのか、と私はもう一度訊く。
しかし、泣いてへん、という答えはもう返って来ず、
代わりに返ってくるのは私の声の長い谺だけである。
そしてそこには長い鼻の影と並んで、少し猫背気味の影が残っているのだ。
その影はもしかすると自分のものなのかもしれないのだが、
それさえすでに私にはよくわからなくなっている。

風に乗る馬頭琴   牛田丑之助



祖父は馬頭琴を奏で
兄はホーミーを歌い
父は汗馬を追う
母は山羊の乳で冬を越す半年分のバターを作り
姉はそのバターを額に塗って婚礼に臨む

夕陽が地平線のアルタイ山に沈んだ後は
男は白酒(パイトウ)を女と子らは乳茶(チャイ)を飲み
まだ五十歳なのに皺だらけの爺さんの
遥か昔に大帝国を築いた勇者の話や
迷い子となった仔馬を追って三日三晩草原で寝た話を
目を輝かせて聴く

ああ
我が血には彼らの息吹きが混ざっている
遠く千里の向こうからの風に吹かれ
夕陽に頬を焦がして
今日の日を今日だけに生きて
天馬を駆って草原を奔(はし)る

それなのになぜ
日々にあくせくする必要があろう
ストレスに身を苛まれる必要があろう
全ては太陽が浮かび沈むだけのことなのに
いざとなれば
モンゴルの草原で
馬を追って生きればよいだけのことなのに

再帰性自我など
包(パオ)の天窓から神のもとへ葬り去って
与えられた生を正しく消費する方法もあるのだ

明太子食べ放題   牛田丑之助



スコラ派の哲学者はアテネの街頭で来たるべき社会の
在り様について声高に述べた。しかしその箴言の一つ
一つに足を止め耳を傾ける者はまるで皆無だった。
何となれば彼の話は明太子が食べ放題だという肝心な
点に触れていなかったからだ。それもなぜ明太子が食
べ放題で提供できるかという問題ではなく、なぜ明太
子でなければならないか、と人類実存の公理であるに
もかかわらず、それに触れなければなぜ牛丼が大盛り
でも普通盛りでも同じ値段なのかということに、人が
関心を向けてしまうのは致し方ないことだったろう。

哲学者は本当は冒頭にこういうべきであったのだ。

――市民諸君、明太子が食べ放題であることと、我々
を取り巻く社会構造は、人間存在の根幹において卍固
めとなって地球の自転と反対方向に回っているのだ。

さすれば今頃は彼の周囲には聴衆が溢れ、彼の著作は
アマゾンで週間ランク一位になり、彼の伝記が二千年
後にフランシス・コッポラによって映画化されていた
に違いない。しかし映画よりは千年後のラファエロ・
サンティによる「アテネの学堂」に犬の糞を拾う姿で
描かれた方が、よほどモチベーションが上がったかも
しれないが。どちらにしても、彼は本当のところ後世
にどれだけ評価されるのかについては興味がなかった。
問題は今日、この瞬間に、社会の在り様を衆愚な市民
に示せるかということなのだ。しかしそのためには明
太子の食べ放題の公理についての言及が圧倒的に足り
ない。皆無だとすらいえる。彼はなぜ明太子が食べ放
題で出せるのかではなく、なぜ明太子でなければなら
なかったのかについて、よく回る舌で語り尽くすべき
だったのだ。

しかしそのことに気づかないまま語り続ける彼の横顔
に、アテネの強烈な夕方の陽射しが当たり始めている。

雲   弘津 亨



こどもは 雲に問うた
あなたは なぜ 空に浮かんでいるの
雲は こたえなかった

空の隅から ジュラルミンの
おおきな鳥が迫ってきた
振りむいた瞬間 音と閃光が走り
あっけなく こどもは倒れた
額から ひとすじの血をながして

墓標ということばを こどもは知らなかったが
浮かぶ雲は こどもの墓標であった そして
父と母の慟哭が 街路を満たすときも
雲は 祈りのように静かであった

朝のニュースが伝える戦場の街
窓から見える 空といくつかの雲
射殺されたこどもが 問うている
雲は なぜ 空に浮かんでいるの
わたしは なぜ 冷たく地に伏しているの

晴れた空から 風が吹き
土手にはえる草は
終日 震えていた

乳房   葉陶紅子



わが若き乳房あらわに 乳(ち)を搾り
なれに垂らさん なが傷のへに

貝殻の粉に 乳汁(ちじる)を搾りまぜ
たけをにぬりし 古事にならいて

乳吸えば わが子のごとくいとおしき
ますらをうな垂れ とい来し宵は

わが中にうもれ しばしは憩えかし
宇宙(コスモス)の芯で 揺籃(ゆりご)唄きき

ますらをはかなしきものぞ 現し世の
その眸(め)くもらし 伏し折れるとは

起伏する わが乳色の肌のへは
いのちまろびて とこしえすまう

わが四肢をすっと伸ばせば
昼空のすえ 永遠はえみて触れくる

Moonstone   葉陶紅子



精霊の卵の殻を 左手に
壊れぬように 隠しもつ人

星時間時計 右手ににぎりしめ
見知らぬ国を 見晴るかす人

月光に蒼くきらめく 夜の闇
石に閉じこめ いずくに隠す

絵のなかの場所をさがして 山頂の
氷河に消えし 人もありしが

隊商は見し 山頂に人影ひとつ
蒼くきらめく 石の宮殿

蒼い夜閉じこめし 石の宮殿
隊商怖れ 山を下りき

虹色に光さえする 原石を
人は秘かに もつを知らめや

晩秋   根本昌幸



紅く染まった林の中を歩いていった。
いつしか季節は秋になっていた。
遠い昔 ぼくらが少年の日
この林の中で小鳥を追った。
ヤマガラ ヒガラ コガラ ゴジュウカラ
シジュウカラ エナガ
それからメジロもいた。
静かにぼくらはそれらを見詰めた。
小鳥を愛するということは
恋なのか。
ぼくは今も判らない。
判らないままに
おとなになった。

遠い日を想う。
遠い日とは純粋なことだった。
林の中には時々
しぐれもきた。
小鳥はそれから鳴かなくなった。
山を見ると
山もかすんでいた。
もう帰らない日々よ。
やはりぼくらは純粋だったのだ。
あの時。
あの林の中で
ぼくはやがて詩を書く人間になろうなんて
思っていたのであろうか。

ぼくは ぼくに
質問をする。
そうなのか と。

現在   吉田定一



幸せだった頃の過去を懐かしんだり
かつての行為を悔やんだり ときに涙する

また あるかなきかの未来に 一握りのいのちを
まだ成し遂げてない夢を 預ける

しかし未来は「まだないもの」
過去は「もうないもの」

そんな過去と未来の「ないもの」に惑わされて
現在が 少しも落ち着かない

山彦(やまびこ)   吉田定一



感覚の眼を借りて
あの遥かな場所に佇んで 叫んでみたい

「おーい! 生きているかァ」
山彦が還ってくる

「おーい! 生きているぞ 金貸して呉れェ」

精神(こころ)の耳を借りて聞いている
他人(ひと)ごとのように 自身の聲(こえ)を――

ゴリラさん   吉田定一



気兼ね気配りなんて 他の動物にはないのに
あなたって メランコリーなおひと

にんげん的事象を語るのに 世間はよく
あなたを引き合いに出して いとおかし

(喩って、YOUのこと?)

天にいてもクルリと背を向け
しかめ面しながら 麦酒(ビール)を呷(あお)っているのかしら

癇癪(かんしゃく)を起こして、いまにも雲間から
割り箸や空き缶が飛んできそうな…

そんなゴリラさんが 雲の上にいる

――お願い 決して餌を上げたり 鹹(から)かったりしないで下さい
  怒って 神さまにさえものを投げ付けますので

飼育係の女は 瞳にひとひらの空を映して
いまなお憂う

天までの 進化の過程をのぼり詰めて
あなた! 少しはにんげんらしくなった?

地面のなかのひきこもり君   関 中子



おーい
地面のなかのひきこもり君
世の中が みんなひきこもり君に
なっちゃったよ
ここんとこ 一、二か月のできごとなんだ
しんじられないだろうが
すぐにしんじられるよ

外で音がするかい
ドアが開く音がするかい
ちがう 雨が静かに降っている
風が 激しく吹き募った日がある
太陽がまぶしくあがってくる朝が来る
小さな流れが道にでき
その振動が美しく響いて
耳をくすぐる

君は夜更けて星を見ただろう
土を押し上げ 土を割り
おーい ひきこもり君
ひかりが注ぐ
朝に気づいただろう
世の中がひかりを見つけるには
手や足がいる
だれとも話していない足
車もとぎれてばかりの道で
歩く人もどことなくひとりひとりで
だれも自分としか歩いていない
心臓をぎゅっ
つかんで

いとしげに いとしげに運ぶ
一滴一滴に挨拶し その鼓動が呼ぶ
これから ずうっとずっと一緒に飲もう
ひきこもりを終えてからも

子供用のウオータースライダー   加納由将



尻に水流を感じる
必死に食い止めてくれている
腕をわきの下に感じる
その手が離されると
体が一気に滑り降りる
瞬間
背骨に痛みを感じると
水が一気に口と鼻に
流れ込む
初めての体験
どこにでもある
浮遊感ではなく
無重力
僕は
小学生が見守る中
三〇年の時間を
一気に滑った

社会   中島(あたるしま)省吾



心の海を見よ
荒波が揺れている
たくましく生きよ
海風が荒れている
社会が荒れている

養護施設は全然不幸じゃなかった   中島(あたるしま)省吾


私の証人
私は養護施設経由の人間だ
養護施設は不幸みたいなドキュメンタリーを観た
私は言わなければならない


九二年
引っ張られて
養護施設に連れてこられた、当時泣いてた、暴れてた奴だ
施設に入ると
逃げないように
住所はもちろん、閉鎖室に隔離される
慣れてきたら
中央ルームに出されて

見渡すと
同年代の
( `・∀・´)よろしくの少年たち
そして、ドキドキしながらも
一歩同居して進んだ
同年代の
少女、女の子たちに
取り囲まれて
愛された
これが、養護施設の第一歩

バスツアー、遠足で
家族よりもネットワークがあり
かわいそうと
近隣が同情して? 寄付して? 開いた
バスツアーで
大暴れのみんな、自分も
結婚して
十八の時出てきた
お土産はやっぱり、最初の一歩無理やり同居して進むところからのスタートだった
人見知り愛である


なにが不幸でしょうか?
??????なんで??????不幸なドキュメンタリー??????
現役で工場経営で火の車の御父ちゃんの一人っ子のほうが苦労します

父   山本なおこ



教師であった父が宿直の時だった

女の用務員さんの子どもが病に倒れたため
父の食事を作る者がなく
しかたがなく 父の夕食を持って
小学校にいる父に 会いに行ったことがあった

わたしが小学校の五年の時だった

父に話しかけた
「学校にひとり泊まって怖くない? 父さん!」
「怖くなんてないさ 電気を消して寝るだけだ」

暗くなった帰りかけ そおっと教室を覗いた
ガランとした誰もいない静かな暗闇に
ぞうっとして 月夜の畦道を駆け走って帰った

家に帰っても胸のドキドキは鳴り止まない
今もあの学校に 父さんはひとりでいるのか!
この時からだった
わたしが 父を偉く思い始めたのは―――

柳行李   平野鈴子



宇都宮・大連・奉天・釜山・愛媛・東京・大阪
流浪の旅をした柳行李は押入れの奥深く
琥珀色の光彩を放って永い眠りについていた
一人留守番のあの日
恐る恐る見てしまった
麻柄の木綿の着物・モスリンやセルの着物
一ツ身・三ツ身・四ツ身の男児の着物の数々
金太郎・弓・矢羽根・御所人形・扇・兜・笛
その見事さに圧倒され中には樟脳が一杯に
背には「背守り」や「糸じるし」がついている
魔除けに祖母・母・伯母が子供を慈しみ
健やかに育てと愛の限りを針に込めた手仕事が心に響き
孫・息子への思い入れの深さを改めて思い知らされ
長男の立ち位置を悟る

両親なき家の解体のとき
幼き日のいきいきと躍動しているような着物に
触れることも見ることもなく呆気なく廃棄する無頓着な兄をみた
女達のかんがいを慮(おもんばか)り悲しい結末を見届けた日は
おりしもやらずの雨となった

きずな   平野鈴子


せきをする だいじょうぶ ときく
またせきがでる またきいてくれる
カトリックの幼稚園にいっている
仏だんのおりんをならす
てをあわせてせきをなおしてといっている
あしがいたいの
こしがいたいの
とさすってくれた
わたしのこころをはくしゅくしゅになった
くちからこぼれおちるやさしいことば
かがやくばかりのけがれのないめ
ひびわれたこころもしゅうふくしてくれる
やさしくこころをそめあげてくれる
優人(ゆうと)くん
きまってさいごのきめぜりふ
「おうちにかいろうよー」
そのときちいさなおしりから
「ぷー」とおとがもれた
わらいころげてきはずかしさをのぞかす
きょうもかえっていった
いつまでもこのせいちょうをみていたいもの
あすは友呂岐神社に
七五三の御参りにいくひだから
レンタルのはおりはかまで
しゃしんにおさまるそうだ

あっぱれ零余子(むかご)君   平野鈴子



爽やかな風をうけ粽と柏餅を味わい
しょうぶ湯に身をしずめた日
次の日戸棚をあけ私の大失態が発覚
晩秋に庭先で収穫し小さな紙袋に納めた
大粒の零余子*
室(むろ)状態で発芽するわ発芽するわ
まるで豆もやしのありさま
あたふたと丁寧に植込んだ
闇の中での半年間
息をころし我慢を決めこみ
子孫をつなぐ執念に感動し
紙袋を抱きすくめてしまった
声をださず
水が欲しいともいわず
拗(す)ねもせず
無慈悲な私は申し訳なかったと心で詫びた
他の零余子は急成長し存在感を強めている
後発のもの達は遅ればせながら
大きなつやのある葉をつけ命をつなげた
彼らの強い生命力と生きざまを
愚かな私に見せつけた
この小さな粒から人生の学びが加えられた
秋には少しふれただけでホロホロと
この手からこぼれ落ちるのだ
つや姫の新米で零余子ご飯を味わおう
――泣かせるねえ



         *零余子(むかご) 山の芋の珠芽

ちいさな命の出来事   斗沢テルオ



ニァオ~ニャオ
妻が軒下で震えてる子猫に手を伸べると
掌にちょこんとおさまった
ちいさなちいさな命
「まだ赤ちゃんだね」と言いながら
うっかり手にのせたことを少し後悔した
猫は飼えないからだ
そういえば朝方隣家でなにやら
猫の泣き声で小さな騒動
気にも留めていなかったが――さて困った
かといってこのまま手放すこともできない
ちいさな命のちいさな眼は
妻の顔をしっかりと見上げニァオ~
縋るようなか細い泣き声
俺たちはオロオロするばかり
そのとき――しっかりとした猫の泣き声
その方角に子猫を置いてみると
声の方向に一目散に走り去った
すると事の成行きを見守っていたか
次々とご近所さんたち出て来て
「あれ親猫の泣き声よね」
「今朝ね向こうから親子でやってきたのよ」
「人間に飼ってもらえれば幸せになるって」
「知ってるのよねきっと」
それが我が家の軒下だったのか
どの家も心配はするが飼えないのだ
夜になると雨になった
野良猫の親子は餌にありつけただろうか
翌朝 通りに人だかり 路上の真ん中に
轢かれたばかりの子猫の死骸―もしや―
そのとき――道の向こう側の物陰から
サッと走り去った一匹の猫
「親猫追って渡ろうとしたのよ きっと」
ご近所さんの一人が呟いた
今夏の異常な暑さはジリジリと
子猫の死骸を照り付けていた

鳥   水崎野里子



鳥を待ちながら 私は
人気(ひとけ)のない街にいる
それは 遠い昔 出会った鳥だ

開いた窓から 突然に
私の部屋に入って来て
濡れた羽を震わせ

雨水の飛沫を撒き散らした 
あの鳥だ
季節は寒く 私は孤独だった

食べ物も多くはなかった
小さな 固いパンを私は食べ
乾いたパン屑を 鳥はついばんだ

鳥に 話をした
束の間 訪れた 異国の話を
異国の港に群れる 壊れた船の話を

野原一杯に 咲いていた花の話を
小さな湖のある 白樺の林の話を
微笑んでくれた 異国の少女の話を

鳥は いつかいなくなった
それから 私はやはり孤独だ
あの鳥はいつか 旅の途中で出会った

鳥だったのか? はるばると海を渡って
来てくれた 遠い国の鳥だったのか?
それからずっと 私は鳥を待っている

からっぽになった世界で 待っている

マチスのアトリエにて   水崎野里子



遠い昔 父と一緒に
南仏プロヴァンスを旅行した
思い出がある
マチスのアトリエ
がらんどうの大きな空間
むこうに 三角形の高い梯子が聳えていた
天井に届くほどの山型 三角形
天井が恐ろしく 高かった
私は見上げて その高さに驚いていた

なぜ そんなに天井が 高かったのか?
なぜ そんなに高く大きな 梯子があったのか?
私は当時 全くわからなかった
父は黙っていた  
マチスの描いた静物画は記憶する
でも 座ってキャンバスの画布に描けるはずだ
あの 高い天井と 高い階段は矛盾する
何だ? 私に疑問を突き付けた

マチスは晩年 ドミニコ会の修道女に頼まれ
ロザリオ礼拝堂を再建した 内装を受け持った
彼女は病の彼を看護してくれた 修道女だった
御礼に 梯子に上って マチスは天へ届こうとした
感謝に 梯子を下って マチスは聖母像に祈った
修道女たちのために 自分の信仰を 塗った 描いた
曲線 直線 白 緑 黄 赤 ぐるぐる ピンピン 
信仰の色は幾多ある 形も多様だ

太陽が眩しい南仏地方 白い波に飛び跳ねる礼拝堂
神に近づくことは 芸術家の夢 挑戦
遠い疑問が今に迫る マチスさん
これでいいですか? あなたのアトリエに放り出されていた
天井まで届く とてつもなく大きな三角梯子の謎?

もうとうに天に召された 父が笑う 
南仏の熱い太陽の中で

<PHOTO POEM>病める大地   長谷部圭子



その日 病の種が 大地に植わった
葉脈にそって
みずみずしい茎の中を
血液のようにかけめぐり
病の種は 蝕んでいく
気丈に 顔を上げた 花びらを
真っすぐに伸ばした 茎の背中を
疾風に 揺らされた 花糸の頬を
飛ばされないように しがみつくように
大地に根を張り 鮮やかに 生きる
「あと もう少し あともう少し 顔をあげていきましょう」
折れそうな花弁の横で 名もない雑草の群れが手をつなぎ
守るように 祈るように 見上げていた
終焉に染まる花びらの 凛とした最期のたたずまいを

<PHOTO POEM>コロナさん   中島(あたるしま)省吾



近所の店が閉店
近所の店の大家族の住宅が急に競売に、廃墟
コロナさん馬鹿にしてるんですか
私は年金と本の印税放棄の書類提出の生活保護で影響なし
十万円の給付金は辞退しました
コロナさん馬鹿にしよってからに
店、苦労して自転車操業してた
散髪屋さん潰れて、進学予定だった店のあととりさんが定時制に変更
馬鹿にしよってからに
閉店した喫茶店、散髪屋、本屋、カラオケ屋、数え切ればきりがない
近所の喫茶店のおっちゃんは脳梗塞で
倒れた
間接的にコロナさん?コロナさんの影響です
馬鹿にしよってからに

或る幼児が   ハラキン



 或る幼児が お椀のなかの 見えない食べものを スプー
ンですくってさしだすと 大きく口を開けて食べたのは彼の
母親だ。母親は食べて咀嚼する。幼児はふたたび同じ動作で 
母親に与え続ける。二歳になったばかりの幼児が母親役 母
親が幼児役という アベコベの配役で民俗は執り行われた。
 幼児が幼稚園児になると もっと凝った変身をするかもし
れない。たとえば 大きな男児が ままごとのあいだじゅう 
ずっと動かないで道にうずくまっていたとする。誰かが「な
んでじっとしていたの?」と訊くと 「おれは このまえ崖
からくずれ落ちてきた岩だったから」などと答えるかもしれ
ない。
 もはや祖父である私も 幼少の折 ままごとに参加した断
片的な記憶がある。そのときの役柄が何であったかは まっ
たく記憶にない。幼少の私は テレビのヒーロー「○△仮面」
に熱中し 風呂敷をマント代わりに 自転車で近所を疾走し
ていた。「○△仮面」としては ままごとには入らなかった
と思うが みんなが誰かを何かを白黒 モノラルの世界で演
じていた。
 私が小1の時 継母が長屋にやってきたので 継母をまま
ごとに入れ込むと 虚実がめまぐるしく錯綜した。このよう
にして長屋の住人たちを大勢捲き込んで フィクションの徒
花が咲き乱れた。

フィクションと   ハラキン



 フィクションとノンフィクションのことを あれこれ考え
ていたら 照明が暗くなり 芝居の舞台みたいになった。パッ
と僧形の中年男が現れた。誰も継がず廃屋同然になっていた
寺に棲みついて たまに葬儀も挙げるという。おそらく俺の
何代か前の生まれ変わりだろうが 地味であることを追求し
たかのような顔つき。こんな男こそノンフィクションの権化
だろうと思いきや 身の上話を聴くうちに この男は抑制の
効いた口調でずっと芝居を演じているということがわかった。
 こんどは いわば常夜灯をのこして照明が落ち なんと胎
内に招かれた。胎児が現れた。どうやらあなたの一千年前の
生まれ変わりだと 内語で話しかけてきた。こんな胎児こそノンフィクションそのものだろうと思い込んでいたら 母の
おなかを蹴ると母が喜ぶ。わざと何日も蹴らないで心配させ
るのも面白いなどと ませた内語を訊くと 一人前のフィク
ションの申し子だった。
 こんどは俺が現れた。語り手の俺は主観だけになった。
フィクションのつもりが下手なノンフィクションにすぼんだ
り ノンフィクションのつもりがフィクションに転んだり 
一貫性の欠如が一貫している。なぜ人間は芝居を打つのか 
お茶を飲みながら考える。「喫茶去!」 禅僧も怪しい。
 こんどはフィクションが現れた。漫才の相方のように ノ
ンフィクションも現れた。あきらかに双子だった。

坐るだけで   ハラキン



 坐るだけでこの世でない楽園に行ける。ジェットコー
スターなんかとは比べものにならないくらい爽快だし 
天人とも触れあえる。ということを聞いて 世界一名高
いネズミが坐っている。半眼で坐っている。目を開ける
でもなく閉じるでもなく。見るのでもなく見ないのでも
なく。いつもはガアガアうるさいアヒルが坐っている。
真夜中になると帰らなきゃならないお姫様も坐っている。
ふつうに吸って なぜかゆっくり吐いて その息を数え
ながら坐る。正しい呼吸をしなければいいとこには行け
ないということ。

 初老のとき飛び込んだ 与力町の寺の参禅会では 坐
るうちに右足首が痺れに痺れて 経行で立ち上がった刹
那 横ざまにぶっ倒れた。古いアクション映画のように。
あれは魔(マーラ)のしわざだったと思う。坐るだけで
楽園に行けるどころか 素性が悪ければ地獄に行くこと
もあるという警告だろうか。

 前期高齢者の入り口で習った天神橋のヨーガの先生は 
呼吸のことはなぜか何も言わなかった。なぜか。

 一歩一歩ゆっくり歩くだけで 自分が今の今 何をし
ているのかを純粋に感じることができるという。そんな
こと当たり前でしょう? と言われても もうコトバの
限界。右足上げます 運びます 下ろします 左足上げ
ます 運びます 下ろします という具合に内語で実況
しながら ネズミが歩いている。アヒルが歩いている。
お姫様はもう時間。七人のこびとも神妙に歩いている。

君の宙(そら)   笠原仙一



つらい もうダメ と感じたなら
スッと ココロから離れてごらん
そう 小さな創造主のように
眺め 感じてごらん

するとふしぎ
君の宙(そら)が 時間が 光が
五月の木の葉が風に揺れているように
キラキラ サワサワ
澄んだ命の光で包んでくれるよ

さびしさに 孤独に
ココロがひっついてしまったなら
朝の光を胸一杯に吸い込んで
静かに万象に祈り 眺め 感じてごらん

どんな命も 澄んだ光で満ちているよ
励ましで満ちているよ

残照   笠原仙一



人生 
残り少なくなったこのときを
あなたさえいてくれれば

辛い時も悲しい時も
見つめ合い
励まし合い
なで合いしながら
支え合って生きてさえいければ

あの残照の輝きのように
きっともう一度輝かせることができるよ

僕たち二人の人生はまだまだ
これからが佳境ですよ

温泉   来羅ゆら



滞った疲れは
山の気と湯に溶けはじめた
渓流わきの露天風呂で
頭の中がとろけはじめる

極楽ごくらく
銭湯の湯船から首だけ出して
呟いた祖母の閉じた目は
何を見ていたのだろう

三人の若い女たちは
脚だけ湯に浸けて話しこんでいる
子どものいる男と結婚した友だちが
子どもを可愛いと思えないと悩んでいる

眼下の川音に目をやると
一匹の蛇が渓流を横切り
しなやかにくねって叢に消えた
叢に 生きるものたちのけはい

女たちの言葉と若さは
湯気を跳ね返し
六本の脚は時々
ゆらゆらする

ゆれる脚を見ながら
溶けはじめたわたしは
目を閉じて小さく呟いた
極楽ごくらく

残光   来羅ゆら



風が吹いている
一面の野原
私たちは並んで立っている
気もちがいいね
とあなたが言う
大地と睦みあうように
風が
傍らを通り過ぎる

贅沢な昼ごはん
四五〇〇円 上海鮮丼
三〇〇〇円 並海鮮丼
私は並を
あなたは上を注文した
運ばれた丼の
あまりのすがたの違いに
せめて三〇〇〇円の値打ちのものを出すべきと
怒る私に
あなたが声をあげて笑う
北海道旅行はあなたのプレゼント

強くなる風に抗いながら
夕日が地平線におちる
かすかな
瞬間の
隙間に
ふたりで息を凝らすと
永遠と一瞬は同じ明度で
残光に照らされた

お母さん 世界は美しいね
あなたの声が聞こえる
セカイハ ウツクシイ

くまも狐も安心して眠れますように
あなたがふざけて手を合わせると
夜が下りてくる
最果ての地の波の音
くまと狐とあなたと私と
それぞれの
揺蕩(たゆた)いの中でいのちは眠る

誰ひとりとして   左子真由美



わたしたちはこの世で
誰ひとりとして
たやすいところに立ってはいない
細い綱の上を渡る
じつに不器用な軽業師である

わたしたちはこの世で
誰ひとりとして
何も失わなかったひとはいない
大切な何かは
しばしばどこかへ運びさられた

だから
あなたを愛すると
言ってはいけないだろうか
友よ あなたのことだ
かたわらにいる友
たとえまだ会ったことがなくても
永遠に会うことはなくても
どこかで生きている友
命がけで細い綱の上を渡っている
私とよく似た
あなたのことを