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177号 手紙

177号 手紙

突然思い出した   高階杞一



好きだった女の子
転校生だった
小学校六年生の時
隣のクラスにやってきて
どきどきしながら見つめてた
好きだったのに
一度も話せないまま
卒業後、またどこかの町へ引っ越していった

(今頃どうしているかな……)

突然思い出した
夜中にひとりお酒を飲みながら
たったの一年も
いっしょにいなかったその女の子のことを

父と母と祖母と妹と
一家五人が丸いお膳を囲み
笑っていた
そんな光景も
いっしょによみがえってきた

世界はひかりにあふれ
朝毎に
まっさらなページが終わることなく開き続けていくと
ただただ信じていたその頃を
どうしてか

突然思い出した
大好きだったこどもが次々となくなって
とうとう
妻と二人っきりになってしまった夜に

Going home   江口 節



とっぷり暮れた西空の
家々の屋根越しに
金星が見える

少し南寄りに光る あの下は
丁度 わたしの家の方角
帰る処を 星が示すようだ

おかえり
声が飛び交ったのは
いつの家だったか

帰れない ときがあった
早く帰りたい とき
帰ってはいけない ときも

それでも
帰るときは くる

にぎやかなあの家
懐かしい笑顔が待っていて
みんな 元気になっていて

おかえり

狩人   来羅ゆら



やまがわの
急流に素足をさらして
あなたが息を止める
魚のみちに網をかけて
(さかなのこころ)で待っている
ながく ながく 待っている

わたしは土手に坐って見ていた
子のまなざしの無心と
眉のあたりの真剣に打たれて
かすかな動きすら
許されない時間を共にして

とつぜんの水音に
すべてが動きを取り戻す
狩人が持ちあげた網に
激しく全身をふるわせる ちいさなひかり
いのちといのちの戦いに勝利した子が
両手をあげた

あの日
そっと川の流れに魚を放った帰り道
あなたがつぶやいた
(おかあさん、あれはかみさまだった)
ながいわずらいに
苦しみ続けてあなたが逝ってから
あなたの幼い日の山中の一日を
わたしは繰り返し思い出した

そうか
今回はあなたが敗れたのか
くり返す苦しみが
あなたの戦いの日々であったのなら
勝利したものは
どれほどの敬意であなたを迎えたことだろう
あの日のあなたがそうであったように

深い山の渓流を
あなたをもっとも敬するものにいだかれて
あなたが泳いでいく
わたしには見ることの許されない深みを
泳いでいく

刻む   来羅ゆら



風のなかで
私は
髪を束ねる
手を洗う
包丁を握る
大根を刻み
油揚げを刻み
草を刻み
花を刻み

もう刻むものがないから
私の手を刻む

トントントントン
包丁とまな板の軽い交感
日々は
包丁の音で
空虚をまたいでゆく

今日も
私は
髪を束ねる
手を洗う
包丁を握る
日々を刻み
朝と夜を刻み
あなたを刻み
私を刻む

私の片手は
もうすでに
失われた

忘れた夢   左子真由美



はれたひのさみしさ
あめのひのさみしさ

ゆきのひのさみしさ
かぜのひのさみしさ

あつめてみると ほのあかり
ぼんぼりのよう ほのあかり

さみしいあかりは なにになる
さみしいあかりは ちょうになる

ちょうになって どこへゆく
ちょうになって そらをとぶ

わすれたゆめの あしあとの
まだあたたかな さみしさよ

振り返る   尾崎まこと



犬だって振り返る
猫だって振り返る
蛇だって鎌首をもたげて振り返る
葉をカサコソさせたら
木だって振り返っているかもしれない

やがて
わたしも振り返る
二度と会えぬものたちよ

知覧 ――行き止まりの場所で   下前幸一



鹿児島中央駅から
南へ一路
路線バスで一時間

新年のざわめきを離れ
山中の物思いに揺られて
たどり着いたのは知覧
行き止まりの場所

知覧特攻平和会館

朽ちた戦闘機の傍らで
タカをくくっていたのは
75年の「平和」か
スマホをかざす現在か

隊員ひとりの遺影と
父母へ残された言葉をたどり
そしてもうひとり
私たちは沈んでいくのだ

遺言の奥底へ

坦々とした葉書の文字と
言葉にはできなかった遺品ひとつ
こんなはずではなかった呟きと
こんなことでは済まされない悔恨と

かみ合わないつじつまを
噛み殺し
柔らかい心に蓋をして
どこまでも我が身をさらして

出撃命令の朝
行き止まりの場所から
見えない断崖に向かって
潔くお国のために身を捧げ

「さあ、飛ぶよ!」

死はかくも容易く
しかし死は不可能である
死は死にながらえて
自らを虚に孕んでいる

 ※

断崖の途上で立ち止まり
うろたえ
戻ることもかなわず
脇腹に死を抱えたまますくむ人よ

卑怯者として
名簿からも削除された
不名誉の特攻隊員よ

うたかたの宴は閉じて
水盃の別れと
無念と怒りと
それから一瞬の安堵と

ホタル館冨屋食堂の
軋む床を踏みしめて
私たちはあなたの足跡を知ったのだ

自らに言い聞かせるように
道を歩いていた
何も知らぬまま
知らないことも知らぬまま

置き場所のない記録と記憶を
いくども持ち替えるようにして
どのみち死にきれなかった死が
言葉には収まらない問いを問いかけるのだ

 ※

私たちは鹿児島市街の道を歩いていた
歩道脇の克灰袋に驚き
視界のどこかに
常にそびえる桜島を意識しながら

海の向こうに
遠く
空ににじむ機影を見た

どこか遠くから
私のなにかをめがけて飛んでくる
見えない機影が


 ♪ぎこちなく左右に揺れながら
  俺をめがけて
  飛んでくるものがある

          (廣石雅信詞・曲「川崎少尉に捧ぐ」より)

涙   水崎野里子



涙が落ちる
悲しみが 落ちる

頬を濡らす
拭う手を濡らす

拭っても涙は
落ちる

涙よ
しとどに落ちて

川となれ
この世の塵を流し去って

悲しみよ 人生(ラ・ヴィ)よ
悲しいときは こらえていないで

大いに泣きましょう
涙は 光る 雨

涙は 燃える 愛の焔

八月六日のプールで   加納由将



粘りある水滴が
喉と口に流れ込むと
気管が腫れ
皮膚がゼリーになる
痛みで気がおかしくなり
言葉さえ出ない時代があって
想像できない自分にいら立つ
次第に投げやりになり
喝を入れる
言葉を生み続け
年が地層になるたびに
自分があの頃
あの土地にいたという
確信
幼い頃から
何の想像もできなかった
たまらなく僕を引き付けて
離さない
プールに浮かびながら
真っ青な空を今日見詰めていた

村   山本なおこ



稲穂がさわわと鳴る一本道を歩いていくと
長っぽそい小さな村があった

家いえは寄りそうようにあって
村にそって流れる川にはいわしの雲がうつっていた

葉鶏頭が美しい庭先もあれば
ハッカのよいにおいがする畑もあった

脱穀機の音がぶんぶんし
もみ色の空気の中で
姉さんかぶりの人がかいがいしく立ち働いていた

柿の木の下では
ひとつほうってよと
女の子が笑いながら手を花のようにひらいた

その村を通りすぎてもまだ一本道はつづいていた
道のむこうには小さな村が
ほおっとかすんでいた

そろそろ夕餉のしたくがはじまるのだろう
ねむの花のような明かりが二つ三つともりだした

あの村のむこうにも道はつづいているのだろう
そうして道のむこうにはやはり小さな村があって
人びとがつつましやかではあるが幸福に暮らしているのだろう

私はいつまでもうっとりと秋の夕暮れの中にいた

小詩篇「花屑」その16   梶谷忠大



 鯉揚げ ――京都嵯峨野の冬の風物詩

池畔の料亭の二階の窓から
広沢の池の全貌が見渡せた
群生する葭の枯れ姿が水面に広がっている
その先の向こう岸には
紅葉のなごりが夕日に映えている
応仁の乱で焼失しその後再建された遍照寺の屋根も見える
池面に眼をもどすと片足で突っ立つ白鷺が見える
まるで池底に足先が届いているかのように
傍にはかわいいかいつぶりの浮寝の姿も見える
女将に訊ねると「鯉揚げ」の準備が始まっているのだと言う
その日に向かって池水が徐々に抜かれてゆく
春に放たれた鯉の稚魚が40センチ程に成長している
地元の漁師がぴちぴち跳ねる鯉を小船の上に掬い揚げる
鮒やもろこやエビも一緒に揚がるのだと言う
揚がった鯉・鮒・もろこ・エビはその場で売り捌かれる
50年もつづく師走の風物詩だと言う



 秋から冬へ      梶谷予人


颱風禍智恵子の山河よみがへれ


國原の何処も丹に染め蔓珠沙華


ひらひらは保身のすがた秋の蝶


愛されてゆうすげここに余花となる


鯉揚げの池にふて寝やかいつぶり


鯉揚げの御零れの夢浮寝鳥

通勤電車が   ハラキン



 通勤電車が 川を渡る鉄橋の上で失速し停止した。今
朝7時20分ごろ夢想駅と無相駅とのあいだで人身事故が
あり…。車内アナウンスが 雲が無く太陽が眩しい虚空
にはなたれた。ジンシン!という響きはいまや虚空には
なたれる。
 そのアパートの一部屋で 体長ほんの1ミリほどの羽
虫が アナウンスを受けとった。ここはまさしく電車に
飛び込んだ女性の部屋。
 羽虫は昆虫記というよりも微生物や細菌の世界を語ら
なくてはならないほど 重さなど無いに等しいだろう。
ダイヤが大幅に乱れており…。車掌の声を聴きながら 
羽虫は部屋のなかの虚空を浮遊した。いつもは女性の眼
前を意味ありげに浮遊していたが ひとり残された。
 夢想駅と無相駅とのあいだに停まっていた電車が動き
だした。先日 大規模な霊園にある○△家累代の墓に参
ろうとして「広すぎる 墓が多すぎる」と呟き 参るべ
き墓がついに見つけられなかった初老の男もこれに乗っ
ていた。またしても大規模な霊園に向かっていたのだ。
霊園のそばにある花屋の老婆が待っている 横顔。

怖い実体験の   ハラキン



 怖い実体験の直後だったという記憶 のようなものが
ある。父親に抱きあげられた私は二、三歳だっただろう。
いろんなお化けが ひとりずつ どんどん出てきた 壁
とタンスのすき間から。といった内容の〈報告〉をした。
これも記憶のようなものがある。私を抱きながら父親は
微笑しながら ふんふんそうかあ と息子の〈報告〉に
驚きもせず聞き流していた という印象が確かに残って
いる。父親の反応に幼児ながら物足りなさを覚えた。夢
を見たんだな と片づけたに違いない。
 さまざまな異形のモノたちが 壁とタンスのすき間か
ら 一列になって 次から次へと登場してくる。いかに
も西洋的な いわゆるパレードの様式。そんなパレード
のこと 二、三歳の幼児が知っているはずがない。だか
ら脚色無しで見たままをぶちまけたことになる。
 このエピソードは夢か現か いまだに手がかりがない。
私の感覚では実話。だが もしかすると 父親に抱きあ
げられて〈報告〉したことは実話だったにせよ 〈報告〉
の内容は脚色だったかもしれない。では誰が脚色したの
か。誰もいない。
 怖い体験も夢と消え 父親に抱きかかえられたひとと
きも夢と消え 私も夢と消えるのだろうか。

観客の   ハラキン



 観客の群れでごった返している。あまりにも名高い西
洋絵画Aが 彼の眼前にある。妻と一緒に来た彼は 絵
画を食い入るように見つめる。数秒間 彼の視覚とAは 
〈見る見られる〉関係になるが 数秒後にそれは崩れる。
今晩の食事のことを妄想してしまったから。そのとき絵
画は 彼の網膜にただ映ずるだけのものとなる。
 さらにこんなこともあった。この展覧会場に入ったと
き彼の視野は広角で 違う画家の 彼が好きな絵画Bを
捉えた。だからAを見ながらBを想起する現象が起きた。
「妄想してはならない」と聖者は言った。妄想 妄想 
妄想と内語で諌めてこれを打ち消す。自己は今このとき
何をしているか。自己の実況に徹したら 〈見る見られ
る〉関係は蘇ることだろう。
 そこで彼は彼なりに 妻は妻なりに 自己の実況を始
めた。二人は 右足上げます 運びます 降ろします 
などと内語で実況しつつ歩を揃え移動していった。他の
観客たちは 二人の異様なアクションにざわめいた。

顔面を   ハラキン



 顔面を覆いかくそうとした黒いマスク状のものが裂け
てしまっている。屹立している人物らしき像は 人物ら
しきとしかわからない。三曲屏風みたいな舞台で 人間
もどきが躍動している。筋肉と 鮪の中落ちのように筋
肉がこびりついたアバラ骨のモチーフが 具象を説明し
ている。これぐらいの筋肉で十分だろう。なぜさらに歪
曲するのか。なぜ新たな大胸筋を最前部にもってくるの
か。ありえないほど太い大腿四頭筋がこんなところにあ
る。物理を壊した「人体」が胸をはる。具象をはみ出し
て 半具象それはつまり半抽象が胸をはる。
 幼稚園児のとき 事故に遭った三輪自動車のタイヤに
ミンチ状の人間の筋肉がこびりついているのを見てし
まった。

腱板が   ハラキン



 腱板が断裂しているので手術をすることになった。患
者は六十代半ばの男。手術の二週間ぐらい前になって 
右腰あたりが筋肉痛になって 湿布を貼ったりしていた
が 治るどころか 痛みが巧妙に腰中央に移るとともに
左足首が痺れだした。神経ブロック注射を打った三年前
と全く同じ症状。いわば腰痛および坐骨神経痛。腱板を
手術する医師の診断で鎮痛などの飲み薬を処方され 手
術は延期または保留となった。
「坐骨神経よ。キミはわざと痛くなったのだろう?」
 生体内は夥しい器官のエゴが蠢いている。機能誇示と
か痛み誇示とか。腱板は物の見事に 太く長い坐骨神経
にしてやられた。

肩関節が   ハラキン



 肩関節が複雑かつ手がこんでいる割には 不安定で脱
臼しやすいので もっと単純にして強くしようというこ
とになった。野球部の投手や女子マネージャーから歓喜
の声があがった。肩関節をとりまく肩甲下筋 棘上筋 
棘下筋 小円筋といったマイナーな筋肉 骨に連結され
ている腱板 これらが損傷しやすく断裂しやすいので 
取り外した。すると肩が上がらなくなった。まったく投
げられなくなった。肩関節をもっと単純に強くする方法
がわからなくなったので そのままになっている。

口腔を   ハラキン



 口腔を顔面中央からよそに移動させたい。どこへ。連
想ゲームで真っ先に思い浮かぶのは尻の穴だが 尻の穴
はあそこをどかないだろうし なによりも尻の穴の位置
では衣服に隠れてしまい 摂食も発声も思うようにいか
ない。やはり感覚器官のスターである口腔は いつでも
露出しておきたい。
 手のひらが格好の場所だと思われる。両手のひらを考
えると 口腔が二つあってもいい。口腔はしゃべるから 
右口腔と左口腔で 頻繁に口論になるだろう。口論にな
るからには脳も二つ必要だろう。いや脳はとりあえずひ
とつということで。問題を先送りにして 両手のひら口
腔が発表された。

りんごと椅子に座る少女   藤谷恵一郎



りんごがあると
そのりんごに仏がいる
椅子に座る少女がいると
そこに仏がいる
そんなふうな絵を描いた画家がいた
あることが仏
いることが仏
あるということ
いるということ

<PHOTO POEM>カオスのパネル   長谷部圭子



カオスのパネル
流れるように弧を描く 
爆発的な生のエネルギー
うねりながら 変幻自在にうずまくカオス
優美で優雅
移り気で残酷
あらゆるものの生命の根源
ぶつかり合うような 胎動と
規則正しい 鼓動
その統制された激情に 我を忘れ固唾をのんだ

記憶というアルバム   斗沢テルオ



俺の一番古い写真は小学校入学の集合写真
二番目も三番目も学校での集合写真
家族との写真は一枚もない
カメラという高級品は見たことはあったが
手に取ったことなどなかった
だから俺の学童前の写真などあるはずがない
そもそもアルバムなんてしゃれたものは
我が家にはなかった

娘が初孫を連れて里帰りしてきた
常にケイタイ撮影に一眼レフの動画撮影
笑ったといえばパチリ泣いたといえばパチリ
朝な夕な我が子の成長を映像で記録し
即パソコンで「育児サイト」にアップ
親族は遠くにいても瞬時に成長を共有
PCがアルバム―映像の時代だ
そういえば俺たち夫婦も
ビデオカメラの出始めは
娘の成長を追いかけたものだった

施設の面会日
母が俺の顔をみて微笑む
「お前(め)が赤ん坊の時ァめんこくてめんこくて
畑サ連でってもエンツコ(ゆりかご)でキャッキャで」
母の瞼の奥に焼き付いている幼少の俺
記憶にないその頃の映像は
母の瞼の奥から写し取る
昨日のことは忘れても遠い日の
可愛かったであろう俺の様子は忘れていない

娘は繰り返し俺の撮影したビデオで
幼少期を追体験し
過去の自分の記録を記憶に刷り込んでいる
映像の時代ならではの不思議感覚

記録されていなかった頃の
俺のアルバムは
母の瞼の奥にある

泉 ――友の病床にて   吉田定一



――ああ、来てくれたのかい! ありがとう
彼の微笑む笑顔の中にいつもの友がいる
どう声をかけようかと 迷い悩んでいたことが
友の笑顔で忘れさせられる

――思ったより 元気そうじゃないか
医師が手を打ち尽したという友の病状を伺う 彼が言う
――わたしとは厭わしいものであると、言ったのは誰だった?*
  おい! 涙ぐむなよ 君も哀しい男だね

励まし慰めるはずだった 俺の想いが愚かしい
ひとは誰もが 常に別離と向き合っている
ああ、何もしてあげられない すべては
何もしてあげられない その無能さに打ちひしがれる

(友よ 人生は生への願望だ 意味する舞台ではないよ)
――じゃ またな……
病床から か弱く小さくされた友の
振り返る動作の中に しきりと湧く泉がある


       *ブレーズ・パスカル 瞑想録『パンセ』

イケメンはつらいよ   中島(あたるしま)省吾



前述のキリスト教会除名追放の予定外から天涯孤独になりまして
道歩いているだけでイケメンはつらいよ
しょぼついて歩いているのはいつも通りだが
緑内障があるので車は観えないが
車がよく追いかけて来て
今まで気づきませんでしたが
今日、よーく観ると車の中から一生懸命メンチ切られていました
私は無視ですが
保護観さんが、壮年Sの嫌味な(他教会行かせるためにはどうしたら?)などと
私からですがやけっぱちに電話交流させまして
壮年Sの思想
(共産主義、福祉に寄り付かせてはならない。神が決める死ぬ人を生きさす!)
と合流させまして、ますます治療が受けれません
私には余命があります、手術の保証人がいず、手術ができませんでしたからです
私は財政難の第二期安倍さんの時期から産まれて初めて福祉を貰いまして
自民党、公明党、安倍さんには感謝しております
今の福祉は予算削減で医療費削減
障がい者地域移行をやっております
一言で言うと人に危害を与える者以外は
無理やり病院、施設から退院して野放しにします
究極にはお腹すいたら自ら行動を(金銭獲得、福祉受給者では食料獲得)起こす
 だろうとして、国の予算が削減されます
もちろん、これから福祉を貰う人の門前払いはあちこちであるようです

四月八日は花祭り   中島(あたるしま)省吾



なんもでけへん
キムさんがかわいい
家に来るヘルパーのメイちゃんがかわいかった
だけどなんもでけへんかった
気が弱いA型典型のお母さんの影響です
もうすぐ花祭り、花祭りとはお釈迦様の誕生日です
お地蔵さまが友達

四月八日、花まつり(はなまつり)
花まつりとは、お釈迦さまの誕生日です
日本でもちょっとずつ、クリスマスみたいになること願っています

今、昼間の二時、警察本部のお巡りさんに
電話かけて
時間潰せた
お気に入りのお巡りさんが出て
私はブログで根暗ではなく
生保とかみんなネットで自慢しているから、あんたも、という
私のことを
考えてくれているお巡りさんだった
先月の保護費が余ってること相談した
私のことを
考えてくれた、風俗行けということだった
使い道が解らぬままで余ってるので
この前、同人誌のお金五千円振り込んだ
私がやっている同人誌は
同人誌ですが
たまたま出版社が主宰しているもので
書店流通です
そんな同人誌もあります
市役所にも申告している印税放棄の作家みたいに今現在
なっていますが
二十年ごろ前
同人誌を始めようと想いました
だけど、友達もコネもなかったので
どれがどうか知らなかった
だから、ジュンク堂書店へ
同人誌を探しに行きました
ジュンク堂書店に並んでいた
関西詩人協会系の同人誌に
出逢いました
今は、特集枠に
さまざまな大学の教授の詩人に
まぎれて
プロ枠で特集ページに
選考の形で
最後から二番目のレベルのプロ枠で有名な教授、詩人にまぎれて
同人の詩だけじゃなく
特集のプロ枠に連載をいつの間にか持ったようです

平日昼間も出るさっきのお巡りさんと同じ考えだった
朝なったら
そーと、ぽっくり死んでいる、そんな死に方が理想だなと話になりました

ミサイルのことも話しました
ミサイルが飛んで来たら
共同体でみんな終わりかもと
お巡りさんの範疇超えているので
地下鉄へ誘導することだけらしい
話はずれましたが
四月八日はお釈迦さまの誕生日です
「人生は苦である」
お釈迦さまの言葉です
人生は苦の中で
自分の許された
楽しみを見つけて生きる
そういう意味です
花が降る
花祭り
家の仏壇に手を合わしましょう
今からでも

悲しい思い出   根本昌幸



あんまり変なことは
しないようにしましょう と

女が言う。

悲しい思い出になったり
するから と

女が続けて言う。

そんなことあるもんか と
おれが言う。

あなたには悲しい思い出が
いっぱいあるじゃないの

そう言われると そうかもしれない
そうだなあ。
かつておれは世間を
甘く見ていた。
世間は甘いもの と思っていた。

おれの間違いだった。

孫を亡くして
娘夫婦を亡くして
父や母や愛犬も
みんな天国に行った。
けれど思い出の中に生きている。

思い出とは不思議なものだ。
大切に大切にしなければ
ならない。

宝物のように。

両性具有(アンドロジナス)   葉陶紅子



益荒男(ますらお)は 星を旅して夢を狩り
「時」に佇み 家守(やも)る手弱女(たおやめ)

海の上(へ)の都市へ巡りし 益荒男は
鄙に隠(こも)りて 手弱女になる

嫋やかに起伏する 山脈(やま)の肌肉(きにく)に
隠りて眠る 幾千年を

益荒男が駈け去りし後の 隅々を
繕い直す 手弱女の日々

衣(きぬ)の下ひそむ男(おのこ)に 朱に染みて
乳房たわわに 匂える夏宵

顔2つ心も2つ 古つ代の
神々のごと 生きる運命(さだめ)か

災いと悦びを ひとつの輪とし
くぐる祝祭 2つの性(さが)で

変身   葉陶紅子



樹から樹へ 窓から窓へ鳥のごと
螺旋を描き ワープするもの

月の石砕ける音を 聴く人は
乳房ひとつを 剝きだして彳つ

内側を樹液はのぼり 緑色の
蜥蜴となって 時間を止める

漆黒の闇を孵化さす 牝鶏の
下腹にうまり 原初に還る

青色の鸚鵡 しゃっくりひとつして
裂けし時間の 七色は舞う

掠われて手のひらのなか 異次元の
惑星(ほし)に転移し さすらう少女

太陽(ひ)と月から産まれる鳥は 2つ顔
片方の眼を 分かちあいつつ

抜けない刺   平野鈴子



青い大空を突くようなヒマラヤ杉
小鳥小屋の文鳥・十姉妹・セキセイインコ
鉄棒・水飲み場・白い百葉箱
塀の外は渋谷↕田町行のバスが走行中だ
 女性教師が赤鉛筆で算数の採点をしている
 五年一組の教室
散りなさいの声に引き潮のように遠ざかる
またそろりそろりの答案用紙に注目する子供たち
「12点だった私は恥ずかしく苦しくてドキドキするばかり
 二日後には友達の点数を知り比較し逆上する母がいる」
私はなかったことにしたかった
無人の教室の教卓の答案用紙を戸棚の中に置き走ってにげた
答案用紙しらない?
子供たちはしらないしらないと口々に言う
先生は戸棚から捜しだした
誰がこんな悪戯したのと怒った先生とは
目と目を合わせることができなかった
心で「ごめんなさい」と思っていても
とうとう伝えることをしなかった
窓ぎわには色とりどりの水栽培のヒヤシンスが
優しい香りで咲いていた
 音楽室のベートーベンやシューマンの写真を見ても
 裏庭に枇杷がたわわに実っても
 泰山木が白い大きな花を咲かしても
 年老いた山羊にちり紙を食べさせても
 赤ら顔の用務員のおじさんが落葉を焼いても
私は謝罪の機会を見逃してしまった
この長い年月私の心の中で燻り続けた
心の刺を先生は知っていたはず
ドロップスの缶をふるとあの悪夢がよみがえってくる

風の便りでいま廃校としる

実生(みしょう)の木   平野鈴子



春の日だまりに発芽した瑞々しい若芽
厨からの落としもの
夏の暑さにたえ
秋には大きな鉢に移植して
冬の耐寒にも何度かかちぬき
大きく根をはり地植にもどし生誕二十年
三メートルになったいま
柑橘の香りとトゲがあるものの
花もつかず実もならず
春にはアゲハチョウ
秋にはモンキアゲハが乱舞する
獅子柚子なのか
檸檬なのか
摩訶不思議なのが
立浪草も半夏生もなぜか種が
この場所をえらんでとんできた
御形・土筆・カヤツリ草・オキザリス
ヘクソカズラがざわついても
あなたの正体いまなお不明
実生の万両が毎年赤い実を見事につけ
ヒヨドリがついばみ運びさる
油粕に骨粉も奮発しますから
私のいのちのあるうちに教えてほしい「君の名を」

書く   中西 衛



見たもの
感じたもの
思ったこと
風景や身心の状態を
真っ直ぐに書く

雪山の稜線から発する
雪崩のその瞬間を書く
地球から遠ざかっていった
彗星を書く
探査機を書く
冬の青提灯や
人の気配を書く
犬や猫の寝顔を書く

ひたひたと迫って来るもの
遠のいてゆくもの
迷いは迷いで
素直に書く
素直にしか書けない
真摯であるがゆえに
そこには
崩れるわけにはいかない
姿勢