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176号 「子どもの詩」の世界

176号 「子どもの詩」の世界

sentiments   北原悠子



地に落ちて
なお鮮やかな
椿の赤―

  *

人と別れた帰り道
鳥の形をした雲が
西へ西へと流れていく

  *

夕暮れが
私をむかえにくるので
少しだけ扉を開けて
待っています

  *

夜来の雨に濡れた
落花を踏んで
人に会いにいく

  *

悲しみを溶かしたような
曇り空の下に
鉄塔が立っている

  *

秋に見送られて
ひとり
向こう岸に渡っていく
舟がいる

  *

雨に打たれて
沈黙するほどに
薔薇は香る

  *

第六絶滅期の
地球に居合わせて
今日も
詩なんか書いている

  *

静かに飛ぶ鳥は
遠くの空までゆく

  *

時が満ちて
木は
すべての葉を落として
自分にかえる

  *

月明かりの
マントをまとって
夢みている村で
私は旅人―

  *

凍てつく空の下で
裸の木が
祈りの形をして
立っている

素敵な詩集を   笠原仙一



あなたと一緒にいたかったのだ
あなたが僕の下宿に来たとき
僕は抱きしめたかったのだ

あなたと結婚したかったのだ
でもあなたから手紙が来ても
どうしたらよいか分からなかったのだ

愛が弱かったと言われればそれまでだが
確かに好きだったのだ
でも僕は
あんなに雪の降る寒い田舎町に
一人あなたを連れて帰る勇気がなかったのだ

そうかといって父や母の願いを無視して
京都にとどまる覚悟もなかったのだ

僕の人生は
時の流れに身を任せてしまったこの優柔不断さが
僕をもう一つ強い人間にしなかった
必死に頑張って来たはずなのに
愛する妻や 子や孫もいて幸せなはずなのに
心の奧底にはなにか一つ
忘れ物をしてきたような悲しみが
ほろ苦く潜んでいるのだ

しかし今思えばこの悲しみのお陰で
僕は頑張って来られたのかもしれない
あなたよ見て下さい この残骸の数々

また辛くて凍える冬
でも僕は ひたすら春を待ちながら
エディット・ピアフのように
この悲しみを埋めていくだろう
そしていつか
素敵な詩集をあなたに贈るだろう

おおかみくんの日記   阪南太郎



いつものように、
ぼくは、森を散歩していた。
すると、かわいいリボンが一本落ちていた。
だれのだろう。
あっ分かった、
うさぎさんのだ。
すぐに、渡してあげなくちゃ。

でも、待てよ。
うさぎさん、ぼくを見て
逃げないかな。
そんなことを考えてると、
うさぎさんが、駆けよってきた。
ぼくは、すぐに木の幹に隠れようとした。
でも、うさぎさんには
すぐ見つかってしまった。

うさぎさんは、ぼくに言った。
「おおかみくん、何してるの?」
「あのね…」
「どうしたの?」
「あのう、このリボン、うさぎさんの?」
すると、うさぎさんは、にこっとして
「そうよ、それ探してたの。ありがとう。」
そう言って、また、お家へ走って帰った。
小さく小さくなっていく
うさぎさんの後ろ姿を
ぼくは、ずっと見ていた。

うさぎさん、ありがとう。
ぼくを見て逃げないでくれて。
ずっと、お友だちでいてね。
こんど会ったら、
ぼくから、声をかけるよ。
いいでしょ。

猛暑   牛島富美二



暑いだけでいらつく
室内三十三度
裸でも暑く

外を覗くと
神様蝉が二匹
ミンミンと絶叫し切って
ひっくり返っている
実入れ実入れと鳴いてな
百姓には神様の蝉だ
だから捕まえてはだめだ

ミーンミーンの中に
おふくろの声が混じる
物音の聞き分けが
困難になったのは
その頃かららしい
だから蓄膿症の手術をしたのだ

地球が生まれて
三十億年という
地球だって疲労困憊
汗も流すし
身震いもする
生物(いきもの)はその度に悲鳴を上げ
不満の声を響かせる
蛁蟟(ちようりよう)の絶叫は
悲鳴か不満か歓びか
七年も地中で暮らせば
すっかり地球の虜となっている

人はとりわけ
地球を苛める
湯を求めて穴を掘り
金属を欲しがって穴を掘る
それどころか
巨大なミサイルを落とし
大海にまで穴を穿つ

いらだつ自分に
猛喝!

美しい日々   葉陶紅子



植物の眠りを眠る 少女らの
乳房(ちち)に浮き出る 三日月の痕

少女らの乳房(ちち)三日月の 葉緑素(クロロフイル)
その複眼は 神を弑する

少女らは乳房(ちち)はだけ 太陽(ひかり)を浴びて
背丈を伸ばす 何も食べずに

少女らの夢の棘々 太陽(ひかり)から
甘き蜜生す 植物の子ゆえ

蜜の肌 甘かに匂う大腿(ふともも)を
つたい吹き来る 神のむせび音

少女らの硬き乳房(ちち)吸い 神々は
永遠(とわ)のいのちを 五体に充たす

少女らは 双子の子らを受粉する
たったひとりで 神を袖して

片割れ   葉陶紅子



揺籃の双子のひとり 狼に
もう片割れは 乳母の乳房(ちぶさ)に

月が食む干し草に寝て 牝山羊と
神様ごっこ 母の両脚

盲目の人形膝に 呪詛すれば
この世のみなは 賢しらになる

亡国の言葉を喋る ひとり子の
眸(め)は 灰色の雲透視する

森の端(は)で 子宮をきゅっと縮こませ
死は伝染病 少女は覚る

稲光赤毛を照らし 硬き乳房(ちち)
白く晒して 彳(た)ったまま寝る

鉱石を砕き 葉の汁滴らせ
新たな生命(いのち) 創らんとする子

あなたの鳥   藤谷恵一郎



わたしの鳥はわたしの空を飛ぶ
あなたの鳥はみんなの空を飛ぶ
無限の空を

雨傘の下で   藤谷恵一郎



(私たちを最後の一葉にしないで――)

ターミナル駅の人混みのなか
擦れ違った黒マスクの若い女性に
私の意識を先回りした無意識の声だろうか
海の向こうから谺の波が
量子のふるまいのように収縮したのだろうか

雨傘の下で 若者たちの血液の中を
翔ける自由への思いが
中学生高校生の心の中を
翔ける自由への思いが
言葉を届けたのだろうか

(私たちを最後の一葉にしないで――)

私の心の押し入れに谺を閉じ込めておくことはできない
谺の翼を放とう
言葉の翼を放とう
彼らの退くことができない実存の叫びが
切り開いていくものを信じて

(私たちを最後の一葉にしないで――)

首を刎ね   ハラキン



 首を刎ねなければならない。いざ太刀をかまえると急
に世界が絞られ 地蔵と俺だけになった。奴は瞑目しな
がら俺を見ていた。地蔵の首を刎ねた。首を刎ねるだけ
では生ぬるい。木っ端微塵にせよ。
 長大な経典 おっ これは中国の偽経ではないか。忌
まわしい偽経に火をつけた。燃やしても燃やしても 経
典は燃え尽きなかった。
 居並ぶ石仏を蹴り倒していった。最後の石仏と目が
合った。俺に向かって唇を動かしていた。俺の脳内に石
仏のダーラニーが鳴り響いた。目をつぶって蹴り倒した。
高坏、花生け、燭台、香炉といった仏具は、悉く炉で溶
かし続けた。溶け尽きなかった。
 仏はいる。まだまだいる。息を潜めている。まだまだ
首を刎ねよ。刎ねるだけでは生ぬるい。木っ端微塵にせ
よ。無かった世にせよ。

死を知っている   ハラキン



 死を知っている。人間は。少なくとも情報として。熊
は死を知らないのではないか。鳥も魚も知らないのでは
ないか。来るべき死を。いままさに死んでしまうときに
死そのものを被る 言葉ではなく。
 他の動物を知っている。人間は。少なくとも情報とし
て。魚は鳥を知らないのではないか。水中で水鳥を見た
ことはあるが 彼が何であるかは知らない。昆虫は鳥を
知らないのではないか。鳥にコンマ数秒で食べられたが 
コンマ数秒で絶命したから 鳥を知らずじまいだった。
 いろんなことを知っている。人間は。塵芥のようなこ
とを知っている。知り過ぎているとも言える。己以外の
人間のことを知っている。少なくとも情報として。塵芥
のようなことに反応し 評論を撒き散らす。夥しい評論
が 空中を飛び交っている。
 死を知っている。人間は。情報としては知っているが
死がどんなものであるか 主観としては全くわからない。
これでは死を知っているとはとても言えない。だから殺
人を何万年も繰り返しているのだろう。

外灯を立てに   ハラキン



 外灯を立てに行こう。警察署の一角だったか 警察学
校の一角だったか覚えていない。どうやって立てたかも
もはや正確には覚えていない。
 長髪の高校生は 外灯!と工員(従業員か正社員か技
術者か?)に言われ 緊張した。アルバイトの俺にでき
るのだろうか。
 工員の指図どおりに動いた主観の映像と身体感覚が 
細切れで脳にのこっている。セメントと砂と砂利を混ぜ
合わせた。ひたすら混ぜ合わせた。混ぜ合わせる行者と
化して。まんなかを凹ませそこに水を流し込んで水練り
した。練る苦行者と化して。
 あとは夢幻のごとく映像は消失して ついに外灯が
立った。立ったという出来事も 夢幻のごとく ろうそ
くの炎のごとく 風に揺らいでいる。
 電気工事屋のアルバイトの日々も 今となっては夢幻
のごとく。くだんの警察署だか警察学校 そんなもの無
かったとも言える。
 ともあれ夢幻のなかで 外灯は立った!

或る未明に   ハラキン



 或る未明に あれは起こされたとしか思えない。目が
覚めると 赤い目の化け物が 俺にまさに飛びかかろう
としていた。そうとしか思えないのだ。
 拳を傷めて電灯を点けたら 赤い両目と思われたもの
が エアコンのチェックランプ(1灯だけだ。俺の老眼の
焦点が合わず 二重に つまり両目に見えた。)だった
ことがわかり白けたが 傷めた拳が残った。
(何者かに)起こされたその時は 化け物の息づかいが 
暗い空間に満ちていた。空間が化け物の吸気で収縮し 
呼気で膨らんだ。俺は何事かを叫び ベッドの上に立ち
あがって 非力のパンチを打ち込んだ。拳は壁に当たり 
俺はベッドから転がり落ちた。
 何者かの世界ではほんの悪戯だったろうが 娑婆世界
の俺はものの見事に嵌められ ダメージを食らった。別
室の妻は起きてこなかった。

カミのなかに   ハラキン



 カミのなかに ホトケがいて ホトケのなかに カミ
がいて カミの祝詞をあげるホトケがいて ホトケの経
典をあげるカミがいて もはや身体が複雑論的に癒着し
ているところを 引き離しなさいという沙汰があった。
「上が命令しているから 地蔵の首を刎ねる」と一部の
僧侶は ホトケの首を刎ねたり 顔を潰したり 叩き
割ったり 蹴り倒したりした。
 こうした娑婆世界を 天人たちは悉く見下ろし 残念
がっていた。いわく「せっかく神仏混淆が実を結ぼうと
していたのに」。
 裏返した巷では カミもホトケも一緒くた。

迷子   山本なおこ



消し忘れた黒板の
チョークのひと文字のように
私はときどき迷子になる

迷子になりたがる自分がいて
迷子になってしまっている自分がいる
(仕方のない話だ――)

世の中の人が私のことを
一切合切 忘れてくれれば
どんなに気が晴れ晴れするだろう

家族からも解放されて
やっと私は息がつける
素直な自分に戻れるからだ

モーツァルトⅡ   斉藤明典



ピアノとヴァイオリンのためのソナタ
第34番 変ロ長調 K378
二人の演奏家が 等しく美しく織りなす糸が
二つの 波となって送り出されてくる
誰だ!「ヴァイオリン・ソナタ」
などと まずい翻訳をしたのは!

ホルン協奏曲 ホルンの曲はみんな短い
演奏が困難だった モーツァルトの時代のホルン
珠玉のような K447の第2楽章 K412
耳にやさしく やわらかく
奈良公園の 鹿寄せの音が
ホルンに変わったのも頷ける

セレナード ニ長調K286「ノットゥルノ」
「夜の音楽」と モーツァルトは名づけた
ゆったりと おだやかに
冬の長いザルツブルクの 貴族の館で
各部屋に配置された 四つのオーケストラが
心地よいアンサンブルを奏でる

亡くなる二か月前 最後の協奏曲
クラリネット協奏曲 イ長調 K622
特に第二楽章の清澄さが悲しさを誘う
自殺しようと思い詰めていたある人が
この曲が他所の家の窓から聞こえてきて
自殺を思いとどまったという(*1)

ロマン・ローランは伝記(*2)に序文を寄せた
「モーツァルトこそ 音楽における
 ラ・フォンテーヌである」と
そして スタンダールは締めくくる
「感じやすい人々がこの世にある限り
 決して消えることのない名声を得た」(*2)



         *1『モーツァルトのいる部屋』井上太郎 新潮社
         *2『モーツァルト』スタンダール/訳:高橋英郎・冨永明夫 東京創元社

白い夜   阪井達生



言葉のおわり が出てこない
船は同じところを ぐるぐる回っている

遠い声が「錨を降ろせ」と
錨は海底で眠っている

眠れない夜は 波の友だち
風にエンジンをとめる やさしさ

私が 言葉を遠くに投げられたのは
帰って来ると信じていたから

錨は最終連に繋がっているのだから
船との距離を確かめるのも大切

言葉のおわり が出てこない
船長は私だったと思い出す 白い夜

青空の日記   高丸もと子



体育館の裏庭のイチョウの樹がまぶしい
青空のすきまから
キラッ
また キラッ
葉っぱがふってくる

きれいね
後ろから声がした
少し気を遣っている声
ごめんって言われるよりずっとうれしい

たった一枚のキラッとしたものが
心にくっつくと
何かが変わっていきそう
気持ちの結び目のあとが
大切なものになっていく予感

気まずかったことも
みんな空の下のできごと
日記に
今日の青空をくっつけてみる

お日さま   高丸もと子



掃除したあと
何か落ちていると思ったら
光のかけらだった

お日さま
いつのまにいらしていたのですか

ちっぽけな我が家の
しかもどこかわからないほどの
隙間をくぐって
わざわざここへ

ようこそ
本当にようこそ
ちょこんと畳の上にのってらっしゃる

正座して
そっと手のひらにあてる
お日さまとわたしがつながる
あたたかく
まぶしい一本の道

はるか遠い道から
はるか遠い故郷へと
つながっている一本の道が
今わたしの掌の中で光っている

変身   高丸もと子



あっ!
顔がくずれていくよ
体がばらばらになっちゃうよう

だいじょうぶ

ほら
ごらん 
そこからまた
あたらしい
怪獣が生まれてくるよ

あの雲

小さな手紙   高丸もと子



大根の葉っぱ
虫がくった葉っぱ

「、」をつけて
「。」をつけて
そのうちに
葉っぱをぼろぼろにするほど
「おいしい」だけを
書き残して

お日さまは
こんな小さなものにも
ゆっくりと目を通していかれます

三角おにぎり   斗沢テルオ



娘が孫の遠足にお弁当をつくっている
たこウインナーはじめ色とりどり
にぎやかなお弁当
その中心はやはりおにぎり
いや―おにぎりと呼んでいいのか
握っていないからだ 
いまどきのおにぎりは三角の型枠でつくる
握らないでご飯を押し込んで作る
おむすびと呼ばないおにぎりでも三角が定番
僕の母は三角に作ってくれたことがない
不器用な母は三角に握れなかったみたいで
母のおにぎりは団子のようにまぁるく
表面に黒ゴマをまぶし 具は梅干し半個
半世紀も前のその頃でも
クラスメートのおにぎりはほとんどが三角で
マンガ本でもおにぎりは三角
だからって訳でもなかったが
三角おにぎりが羨ましく
でも母には言えなかった
遠足でも運動会でも学芸会でも
新聞紙に包(くる)まれたおにぎりはまぁるくて
食べるときにはその紙片がくっついたまんま
我が家は新聞を購読していなかったので
母はいつも近所を廻り包む分数枚分けてもらった
僕も後にくっついて一緒にまわった
クラスの子の家では母の尻に隠れた
やがて黒光りの重箱が我が家にも登場
四角い重箱にまぁるいおにぎりは
うまく収まらずそのすき間をみた僕は
後でこっそり開けて隅の角におにぎり―
むりやり押し込み三角をつくった
クラスの皆に三角おにぎり見せたかった
母は気づいていたが何も言わず笑っていた

孫は三角おにぎりのお弁当持って元気にでかけた 
形も作り方も違えど愛情の味は同じ
見送る娘に今は亡き母のまぁるい顔―重ねた

時代の谷間   根本昌幸



人間は
人間から人間として
生まれてきたのです。

けれど後ろには
時代というものがある。
良い時代も。
悪い時代も。

私は残念なことに
悪い時代に生まれてしまった。
誰が悪いのでもない。

人の所為にしてはいけない。

努力が足りなかったことにしよう。
そこには時代というものもあるから
時代の所為にしよう。

それにしても
運というものもある。
谷間というものもある。

どちらにしてもだ。
私はこの谷間の底の底に
生まれてしまったのだ。

も少し早くか
も少し遅くか

どちらかに
生まれればよかった。

母よ もう一度
私をにんしんして下さい。

けれど
父も母も。
もうこの世にはいないのです。

魔法の絨毯   水崎野里子



アラジンの
ランプを灯して
魔法の絨毯に乗って
さあ 世界へ旅立とう

魔法の絨毯には
国境はない
好きなところに
飛んで行く

世界中のハート模様が
書いてある 
ハート型の
不思議な絨毯

カプカプ サムサム
おまじない 唱えて
雲の上へも 海の果てへも
パタパタはためきながら

さあ あなたも一緒に!

赤い膜   加納由将



胸が苦しくなる
心臓を喉に感じて
目の前が
赤い膜におおわれて
一言も
話せないままに
そこに立っている
疲れた顔で
目を覚ます
空さえ
赤くなって
歩けなくなる
遠い世界に
続いている
空洞が見える気がする
吸い寄せられそうになるが
出した足を必死に踏ん張って
土煙が上がる

若狭の古刹 明通寺にて 下前幸一



ふと見上げると
聳える石階段の向こうに
気に揺らめく山門

雨上がりの
苔むした静寂が
千年の足跡に僕たちを誘う

日本海の波打ち際
高浜原子力発電所の
突貫工事をかたわらに

高浜から小浜へ
慌ただしくそして走り落ちた
九月のエアーポケット

一九七九 スリーマイル
一九八六 チェルノブイリ
二〇一一 フクシマ

遠い場所から
文明のメルトダウンと
除染不可の知らせを携えて

明るく未来を照らした
原子力の希望も
いつしか腐れ落ちてしまった

四半期決算に急かされて
行方なく漂流する
国家と資本の渇望

賄賂まがいの接待と
甘言と恫喝
原発マネーの蝕みに

爛熟した都会の欲望と
こまねずみの焦燥と
月々の家計の引き落とし

ワゴン車のうなりに
それぞれの思いを横たえて
結界を僕たちはまたいだのだ

暗闇の中の
放射性廃棄物の微かな疼きや
水底にうごめく温排水

都会の豊かさのために
若狭、福島が犠牲に
安保のためには沖縄が

犠牲を強い強いられる
非対称の段差を落ちれば
そこは深閑の域

八〇六年創建の
明通寺その応接室で
中嶌哲演住職が語る

托鉢 裁判 ハンスト
ヒロシマ 隠れ病む被爆者 フクシマ
「自灯明、法灯明」

言葉が静寂と
夕刻の断崖に
自体の明かりを灯すとき

創造   西田 純



時間の枠から もうすでに
解き放たれている
過ぎ去った時間だけど

絶えず 現在の中で
どこでも 何度でも動きまわっている
今生きている時間よりも
もっと大きく
いつまでも 生きている
いつでも ふれ合うことができる
魂をもって

オーケストラの 森深く
楽器で歌い 語り合い
シューベルトの 心の中の
宇宙を越え さまよい歩こう
今生きている 自分たちも
ひとりでに うかびあがり
あたらしく とけ合うだろう
魔法の 風に揺られ
見たこともない 懐かしいところへ

予算削減病人殺人事件、緩やかな騙し   中島(あたるしま)省吾



関西詩人協会自選詩集第九集に載せて貰った
詩「お母さん死んで手術の保証人がいない」は載せて良かったと想っています
アゲアゲ、ウィンウィンで行かないこともあるからです
昔、精神病で、福祉と言えば、保護医療中心でしたが
今は、自立支援で
みんな「地域に」をスローガンに出されて
死んでいます
家族は少なからず
知っている方々では全家庭崩壊
自我が強くて
俺は絶対退院しない、と。福祉入院絶対折れない
楽天家、保護医療から自立支援の意味を近代化に変化を知って
どっぷり市役所に貢がれている方々はまだ生きています
精神病棟で、今日の昼、冷やし茄子や、そうめん大会や、遠足や
などと言って
幼稚園児みたいですが、知ってる限り、全員、生きています
外に出されている自立支援の方々は
私のようにごちゃごちゃ言う人はおらず
みんな、スーと家庭崩壊
みんな、スーと死んでいます
ナカッタかのように

ただ、自立支援で結婚しているのは
女性のみで
特徴があります
誰もが想うに美人寄りであること
私が想うに若い女性
私が想うに瞳、唇が大きかったり、〇欲
私が想うに鼻がきれいだったり
顔が美人寄りではなくても、私が想うに脚が細くて長かったり
私が想うに仮病みたく爽やかでありました
と特徴のある女性が
誰かわからん男に拾われて
結婚して
精神病院から離れています
自立支援成功ですが、彼女らは恩にも想わないですが
病院系、ウィンウィン系が接触したくらしいオーラで
「なんと見事な(彼女を御守り致すんや)」と時より眼をキラッとさせて
「なんと見事な(彼女を御守り致すんや)」とタダで祈るのみのようなで、
仕事しています

私がこれを描いている今は、朝九時
晴れ日和、病院退院おめでとうございます
と、さあ、自立で社会で勝つんやと拳を効かせた
誰かわからない男がどっか日本で、希望でもりもりで精神病棟から
出て来ているのを感じました
勝つのは病棟の幼稚園児でした、まだ生きますし、
どっかで体調が悪くなっても検査や看護師の付き添い
ボクウ鼻の手術したけど、腔内からは怖いので、鼻の上から肌を切って
今、ちょっぴり鼻が小さく高くなりましたと
形成外科もやったんだよね、と、ちゃん付の看護師の警備保障、
おやつの時間よ、病棟に戻らなきゃと
すべて無料、保護入院
事件事故ストーカーも多くなるけど自立支援の輩は保護しない
「地域移行」おお、家庭崩壊
病院は予算削減に頭を使う
国鉄は資本主義の国でも当たり前でした
ウィンウィン? アゲアゲ? 縁起を気遣うのは良いとして、その後に
民間委託予算削減が来るのか? 民間委託でウィンウィン、アゲアゲ
税金は要らんと税金は要るかが政治家の心、脳裏で衝突しているようだ
縁起のない奴は要らん
元々、武士道、福祉を庶民に
そんな民間委託の国だったのかしら?

ナイスガイ   中島(あたるしま)省吾



どんなナイスガイかと想った
私が入場をとうとう許された新しい壮年牧師の言葉です
去年に引き続き今年も
私は三十代の青年だが壮年部の集いに行けるのかと想いましたが
二週間ぶりに電話に出た牧師が今日はあるけど、今から出るから
 もう間に合わないと電話を切った
京都付近の教会に去年は壮年牧師の車で行った
去年、横後ろに遊びに来ていた
他教会の青年女性らが、横から後ろから視線でニコニコ
どんなお祭り男やと
普通に座ってて
気の弱い内気な男性と理解されず帰った
顔が滝沢秀明風だと
一人でお菓子屋肉屋さんに焼そば買いに待ってても
子供女性らが横で駄菓子買っても視線を感じる
遠くから観てるが緑内障で観えない
最後、ナンパしないのか
おばちゃん、脚細いやろ、と
腹立つ~って帰るパターンがよくあります

影法師   長谷部圭子



トンネルの中で 
少女の影法師と追いかけっこした
鼠色のワンピース 
コンクリートにこだまする 跳ねるようなサンダルの音
追いかけて 追いかけて
からだが風と溶け合った
いつの間にか 並んだ少女の小さい肩
喜びと哀しみを乗せた 少女のやわらかい肩
ささやかな喜びと 怒りや哀しみで硬くなった 私の肩を
少女が風のように追い越した
しなやかな少女の影法師
無心に うしろを追いかけた

少女   尾崎まこと



スカートを ふわりとさせて
少女は少年の僕を
またいだ

落書きはだめよ
答はここに書くのよ
あなたの生涯をかけて

それからは
どんなものにも股があった
消しゴムにだって股がある

見上げれば いつも
空にまたがれていた
空は立派な宇宙の股であった

男も女も獣も
たくさんの生き物が咆哮しながら
空の見えない裂け目に
吸い込まれていった
 
指では塞ぎきれないので
あらゆる股の見えぬ裂け目に
言葉を挟み込んだ

生きているんだか
死んでいるんだか
あの少女に知らせたい
あの少年は詩人になったと

夜更け魔女はパソコンの前で   左子真由美



夜更け魔女はパソコンの前でアドレスをうっている @マークは不思議
それをつけるだけで 世界中の誰とでも交信できるから パソコンは薄い
一枚のボードなのに あっという間に ありとあらゆる世界になってしま
う 伝統も ガイドブックも 薬草さえ必要ないわ クリックという 
ウィンクみたいな ちょっとした仕草で ログイン わたしは空飛ぶ魔女
ディスプレイはさしずめ祭壇ね 呪文をたたくのはキーボード おまじな
いはスラッシュスラッシュドットコム ドライブという果てしない宇宙 
超高速で廻る扇風機 冷やせるかしら こののぼせ上がったボディを モ
ニターが映し出すのは どこまでも映像 どんなに美しい男でも タッチ
することはできないわ ああ この豊穣 ああ この虚構 太陽の降り注
ぐあこがれの紺碧海岸も 某美術館にある人類最高の傑作もわたしのもの 
でもパスワードだけは忘れないで パスワードっていうのは あなたやわ
たしというユーザーと見えない誰かとの密約 相手は姿を現さないくせに
融通が効かなくて約束だけはきっちり守るいやなやつ 簡単なことよ こ
うやってデバイスのなかに 現実と見境のつかなくなったイメージを閉じ
込めることは モバイルならなおのこと わたしはデータ化したイケメン
のあなたと どこへでも一緒に行ける 何てたってあなたはわたしのディ
スクの中 博物館だって図書館だってまるごとわたしの小さなフラッシュ
メモリに閉じ込められる ただ恐いのは昼夜を問わず忍び込むウイルス 
スパムメール コピーブランドの広告 サイズアップ系サプリ そんなも
のに混じってわたしの聖域に侵入しようとする不埒なテロリスト ああま
だましね 由緒正しい魔女の煎じ薬のほうが だって気の遠くなるような
長い時間をかけて 先輩の魔女から代々受け継いできたのだから そん
じょそこらの出来立てウイルスとはわけが違うわ なんて啖呵をきっても
もう遅い 侵入者は容赦なく忍び込む トロイの木馬はホメロスの時代だ
けじゃない エンターキーを押したら最後 大好きだったサイトともバイ
バイ ああ でも私は何て無力なのかしら 魔女だっていうのに キャン
ドルをつけて 精油とオリーヴオイルを煙にかざし ステッキを振り回し
てもだめ そんなのはもう時代遅れなのね フリーズしてしまって凍った
湖の面のように静かなディスプレイ これでもう逢えないのかしら た
とえバーチャルの彼氏でも リンクという特別の関係だったわたしたち
 ネットワークという見えない運命の赤い糸で 結ばれていたと思ってい
たのに 名残おしいけど今日はログアウト また巡りあうために 束の間
のシャットダウン でも不思議ね パソコンが何も映らないグレーのスク
リーンになったとたんに わたしは当たり前の魔女のわたしに戻れるみた
い 魔法が使えるってこと それは世界が甦るってことよ わたしは元の
黒い三角帽子と黒いロングドレスになって いつもの愛用の箒で旅立つこ
とができる 黒猫と烏をお供にして 夜の国を 風と火の大陸を 自由自
在に飛びまわることができる 人間みたいに なまじコンピュータなんか
に手を出したのが間違いかしら でもこれは大きな発見よ スイッチを
切ったとたんに 手で触れることのできる世界が立ち上がるってことは  
やっぱり触れる男が一番かしら 地上にはうさぎの走っているシロツメク
サの野原 ああ 映像という幻想はぬばたまの闇の中に消滅する。

惑う   平野鈴子



天に召されたことを同窓会報で知るなんて
私の視界から消え十数年
しぶる心と終活の看取りをねがい葛藤の末
かつての主治医のもとに居を移し加速した時間
あの錦秋一色の彩りの中
紅葉鯛の造り
松茸ごはんの香りと歯触り
秋の吹き寄せを盛り込んだ松花堂
四阿(あずまや)の下で二人で持ち出した弁当
「娘さんいてはってええわなあ」と
羨望のことばを残していた
独身の彼女から多くを学び
春の身支度ととのえて
米寿をとじて永きにわたる友情を封印する
支えることもできず
とまどいながら
もはや供養にとご馳走を作る気力さえ失ったいま
竹の皮で包んだにぎり飯を持って
この場所に一人身をおいている
こげらは幹をつつき
足もとのくま笹の葉ずれの音が悲しい

クラシック音楽を愛した
大先輩のカーテンコールはもはやない

落椿   平野鈴子



苔むしたつくばいに今しがた浮かんだ椿の
「ハッ」とする美しさ
真紅のなかの花芯の黄色のはかなき姿が
寒さの終りを告げるかのようだ
まるく刈り込まれた酒林(杉玉)が
新酒ができたことをしらせ
交野の湧水と山田錦の融合が
深い味わいとなり地酒造りをになっている
裏山にはウラジロが繁り
春蘭もひそかに咲き野趣ゆたかな
品格をあらわしている
酒蔵の店頭には若い衆が車に新酒を積みこみ
冬枯の木にも緑の芽吹きが早足で追ってくる
大空には揚雲雀(あげひばり)のさえずりまでもが

この縁側にも春のまぶしいばかりの陽(ひ)がさす
そこここに敷きつめられてぽってりとした
落椿がほのかにかほる
椿餅のつややかな葉をはがし
道明寺粉の舌触りを一服の茶で春にふれる
友人宅での春待のひととき

手狭になった我家では
段飾りの雛人形を出せなくなって久しい
飾れぬことへの後めたさを
心で詫びせめて
天野川*のせせらぎに身をゆだね
流し雛で送ろうか



         *天野川 大阪府交野市にある七夕の伝説の地に流れる川の名称

鳥を求めて   中西 衛



街はずれの小川に
セグロセキレイがしきりにやって来る
黄セキレイも時折 姿を見せる
水面をかすめて飛ぶかと思えば
小さな堰に降り
水苔のようなものをついばむ
無心で遊ぶのは
鳥のようでもあり
自分のようでもある

森ふかく
いつもの山道をたどっていく
木の葉は落ち
もう冬も近い
ツグミ・ジョウビタキ・シロハラなどの
冬鳥は来ているのだろうか
聞き耳を立てるが
鳥たちの声はまばらで
姿を見せることはない

秋は夕暮れが早い
芒が風にあたり
ふるえながらなびく
山を真っ赤に染める夕陽
さよならを告げる
明日よ また


         ――ある詩誌の終刊にあたって

猫の鈴   吉田定一



伽羅橋の橋の上で、
「ぼく、帰りがお早いですな」
と 父が猫なで声の
他人行儀なおかしな挨拶をした

はあ?! と 一瞬口ごもり 
俺は父と その後ろにいる女に
ぺこんと頭を下げた
その時、振り返る俺の小さな肩に
かぼそい女の声が乗った

――あの子 どこの子?

いまもそんな記憶が 
天の高みに吊るされていて
(俺の人生に どうってことはないのだけれど…)
卯月の季節が巡りくるたび
天からあの声が あの女の姿と一緒に
俺の肩に舞い降りてくる

――あの子 どこの子?

ぺこっと女は頭を下げ
春風に運ばれるように 消えていくのだが
いつもその場に 
あの子どこの子の自分が取り残され
年ごと俺は 迷い子になる

そんなこんなを思って 
誰かがそっと 仕掛けてくれていたのだろう

右に左に 首を振り頭を振る 
――ここは何処? 俺はだれ?
その度ごとに 
なぜか喉仏のあたりで
チロリン チロリン 
と 父の呼ぶ声が 
猫の鈴となって響くのだ

そうして俺は あの時のあの子のまんま 
烈しく老いを重ねてきた