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171号 ファンタジーの扉

171号 ファンタジーの扉

傘の花   植田 弦



雨のまひるに傘の花
開いて道へ 閉じては軒へ
白くけぶった街のどこかで
も一度逢えないだろうかと

雨のまひるに傘の花
閉じては世界 開いて独り
ぱらんぱらんと傘は鳴ります
あなたを探す太鼓のように

雨のまひるに傘は鳴る
ぱらんぱらんと人を恋うよに
もうすぐ冬の陽はかげる
開いて閉じて 傘の花

あなたも傘を開いてますか
独りで雨中をあるいてますか
わたしは傘をひらいています
辿ってみせて 傘の花

行方不明者   勝嶋啓太



駅前にある交番の掲示板に
行方不明者のポスターが貼ってあったのだが
そのポスターの男の写真が どう見ても 
僕 だとしか思えなかったので
ビックリして 写真の下の名前を見ると
やっぱり 僕の名前が書いてある
そこで 交番のおまわりさんに
僕 行方不明に
なっているみたいなんですけど と言うと
あなた 自分がどこにいるのか
わからないのか? と言うので
いや そんなことはないですけど と言うと
おまわりさんは 一枚の紙きれを差し出し
ここに名前と住所を書いてみろ と言う
そこで 名前と住所を書くと
なんか 怪しい人を見るかのような目つきで
僕をジロジロ見て 
これだと あなた 全然
行方不明者ってことにならないけど と言う
確かに僕 全然 行方不明じゃないですけど
でも そこの 行方不明者のポスターに
写真と名前があるので と言うと
そんなことはあなたには関係ない と言う
でも 明らかに僕の写真と名前が……
いやいや そもそも あなた
行方不明者じゃないでしょ
我々が捜しているのは
行方不明者である あなた であって
行方不明者でない あなた は関係ない
もし関係があると言うのなら
あなた が 行方不明者である という
証拠を 持って来て下さい
おまわりさんはそう言うと 自転車に乗って
パトロールに行ってしまった

それ以来 いまだに 交番の掲示板には
行方不明者として 
僕 のポスターが貼られている
どうやら 行方不明者の 僕 は
ずっと 行方不明 らしい

不思議刻   播磨カナコ



ぴちっ ぴちっ ぴちっ

水の中の水の音
聞こえるはずのない音が
わたしの中に落ちてくる

ぴちっ ぴちっ ぴちっ

窓の下では影ぼうし
暗いランタン手に持って
わたしを迎えにきています

ランタン照らすその道の
景色は溶けて波のよう
ゆらゆらゆらゆらゆらめいて
わたしも溶けてなにもない

ぴちっ ぴちっ ぴちっ

聞こえるはずのない音は
ちいさなちいさな泡となり
わたしのいないこの場所で
点滅するよに弾けゆく

ぴちっ ぴちっ ぴちっ

こんな夜更けの空の下
わたしはあふれだしている
わたしはあふれだしている

失って生きる   吉田定一



生きているということ
それは失うということ

寄せては返す波のように
ひとつふたつと思い出が 何処かに
置き忘れてきたように 記憶から失われていく

(生きているということ)

蝋燭の灯りのように灯(とも)していたいのちが
消えていくように
永く床に伏していた病弱なわが子を失う

(生きているということ)

「おとなは誰しも最初は子どもだった」
無邪気な幼なごころを失っての
吾(あ)がの 現在(いま)の訪れを哀しむ

(生きているということ)

夜を失って昼になり
昼を失って夜が来るように
ひとつの消失感が ひとつの生を生む

(生きるということ)

宝石のような時間を失ってきた
若さにおごりて 惜し気もなく…
今は老いて自分を失い 徘徊している

(生きているということ)

すっかり木の葉を落とした裸木のように
もはや失うものは何もない
やっとこれで 存分に生きることができる

生きるということ 失って生きるということ
夜の天空で 欠けては満ちてくる
月の 柔らかな光のように

夏草   中西 衛



今年の暑さは並大抵ではない
休日 みんなで
児童公園の草を刈る
考えることなど何もない
作業にとりかかる
汗など かもうてはおれぬ

地面にしっかりと根をはる
ススキ メヒシバ エノコログサなど
敵意むきだしの青臭さに
立ち向かうが
なまくら刃物では刃が立たぬ

汗はながれて目に入る
身体からもむすうの汗が
タオルで顔を拭う
足が草の根にひっかかり
つんのめって 転ぶ
どこへ行く

思い出してみたまえ
一時期 日本中の空き地が
制覇されるかとおそれ
われわれを圧倒したアワダチソウは
今は見る影もない
草の根もたず

季節がかわれば雨が降り
草はまた 鋭く芽吹くことだろう
蔓草 野蒜 カタバミ
成長し花を咲かせ種となり
はじけ飛ぶだろう
夜半 みんな寝静まったころ
しこしこ 鎌を研ぐ

山帽子   牛島富美二



山帽子並木を歩く
うっとりしながら歩く
人が染まる
車が染まる
コンビニが染まる
いや
染まるのではなくて
脱色されているとわかる
だから
わたしも脱色されて
頭も鼻毛も真っ白だ
思わずよろめく
どうやら
内臓も脱色されたらしい
手足が真っ白で
血色がない
早く山帽子並木を抜け出したいのだが
並木は果てし無く続いていて
引き返す道も並木が続いている
助けを求めたいが
口も血の気が無く
声も脱色されている
けれど
脱色された声は
我ながらうっとりする響きで
そう
例えれば琴線
そのせいか
花の巡りを飛び回っていた虫たちが
口の中に飛び込んで
虫の音を挙げているが
どうやらそれは
私の息らしいと分かるから
つまりは
このまま並木を歩き続け
脱色されつくすしかなさそうだ

足がつる   田島廣子



長居プールで娘夫婦 四歳と泳ぐ
娘が中学生のころ追っかけっこをして
鬼によく沈められたなー

スイカ模様のボールをつかみ足をばたつかせ
七十一歳のわたしは少女のようだ
水面に頭 せなかを浮かばせ泳げば
空が高く見え 太陽がまぶしい
さるすべりのピンク色の花がゆれ
ひらひらとちる また来年咲こうと・・・
 きれいやなあ 石垣島の家に植えても
 咲くやろうか

四歳の孫は 浮き輪のなか 一人で泳ぎ
両親に追いつかれるときゃあーキャーと
声を上げ 水をかける

夜中一時過ぎ なぜか目がさめた
布団のなかで左大腿がつる 右下肢がつる
いたい いたい 息が出来ない
あわてて吸うてはく 水が飲みたい
次は左下肢がつる 次は右大腿がつる
固くなった筋肉を押したり 摩ったり
トイレも行きたい たたみに足をつければ
指は折れそうに 広がって立てない

おかあん なんかあったら連絡ちょうだい
一一九を するんやで メールが来た

ほーら ほーら こわくない   藤谷恵一郎



海辺の瓦礫の村に
四・五歳ぐらいの女の子

老人は女の子を青空へ持ち上げ
ほーら ほーら こわくない こわくない
ほーら ほーら こわくない こわくない

女の子もおねだりし
ほーら ほーら こわくない こわくない

女の子は長じて
世界的アルピニストになった

青空の老人に 絶壁の一点で真向かい
ほーら ほーら こわくない こわくない

社会悪の衝突に
ほーら ほーら こわくない こわくない

朝顔   藤谷恵一郎



夏の朝
青空に開く
朝顔の花の光とメロディーよ

人間に
欲望の楽章
不安の律動
滅亡のクレッシェンド
そして
愛と平和と永遠のテーマは――

過去のあの日が
未来のあの日に

夏の朝
私という不協和音を鎮める

魔法   山本なおこ



まほうに掛けられたように
 虹が架っている 青空を跨(また)いで

風の吹く 八階のマンションのベランダに
 あら、モンシロチョウ

よくここまで来られたね
 まほうに掛けられたのかしら

赤いブラシの花が枝々に 一斉に咲いている
 お互いに呼びあったように

不思議ね あなたたちも
 まほうに掛けられたの?

いやいや 虹やモンシロチョウや
 ブラシの花たちも

きっとじぶんで じぶんに
 まほうを掛けたのね

まほうも偶然も
 じぶんでじぶんに引き起こすもの

あなたと わたしの
 明日の しあわせのように…

忘れない   木村孝夫



たくさんの忘れない
が あって
七年が過ぎて行った

七年目の
その日

深い心の傷を
癒すように
山や海に向かった手を合わせた

住宅地近くの
山の木々の一部は切り倒されて
岩肌が見える

地図上の平坦な大地には
人が住めない場所が今もある

川魚が泳いでいる川は
人が住めない大地を流れ潤す
その水を
人は飲まない

山の水は地層深く
何年眠るのだろうか
放射能が取り除かれる時間は長く
飲料水には
まだなれないでいる

人のいない町もあって
信号機が点滅しているだけだ
手を挙げて渡る子どもの姿はない
影踏みで遊ぶ子どもの影も
失ったままだ

浜通りの海岸線
海には
七年前の波は無く
波の子どもたちが成長して
泳いでいる

津波が押し寄せてきたとき
魂を拾い上げた船が
姿を消した辺りが水平線だ

海底の地盤沈下によって
今は目の前にある

地球には
沈んだ地盤を
押し上げる力はもうない

近海漁の舟は
海の上を点々としているものの
まだ試験操業だ

魚を口に入れるには
まだ勇気が必要だ

変わったものと
変わらないもの
比較してみても虚しさだけが残る

その日は
哀悼の日だ
震災前と
あれやこれやを比較して
心の傷を深くしてはならない

無心になって
山や海に向かって
手を合わせる

たくさんの忘れない
が あって
七年が過ぎて行った

キャンドルホルダーに火がともり
まわりが夜を連れてくる
八年目に入った

たくさんの忘れない
は たくさんの悲しみを
引き連れている

悲しみの糸から
天上にいる人への
メッセージを送る

特別な日なのだ

なんてこった   中島省吾



最近の世の中はあっさりしている
酒屋の前のコンクリで昼間から百十円のビールを片手に
スマホいじってるおっちゃん
なんかネットでやってても私は周囲に「へんな人だから気をつけろ」とは言わない
おっちゃんは楽しみがないからだ
おっちゃんに聞けば
家の電気代減らしてるとのこと
そのため外で時間を潰していると言う
おっちゃんの姿が最近ないので
酒屋さんに聞けば
死んだらしい、孤独死らしい
二ヵ月後に遺体が発見されたらしい
人間らしい生き方、これにも限界があるようだ
今回は新刊本の記念号なので
避けるが
私ができるのはブログのアンダー三十七の元ジャニーズセクシーショットで
人を癒すことだ
あと、面白ない人生のお○あさんがおれば
自分の恋愛詩で擬似恋愛させる

恋歌   葉陶紅子



出逢いしは天ッ橋の上(へ) なれはイザナギ
われはイザナミ 睦むさだめぞ

気配消し 小冥き闇がわれを喰う
牙剥き出して 獣面して

朱き血は流れるままに イザナギよ
唇(くち)つけて吸え 闇噛み砕け

所在なきひと世を生きん かさのある
乳房両手(もろて)で くびれさすごと

舌にのせ 硬き乳首を転がせば
空(くう)の一滴 われとなれとは

現し世に黄泉の国から イザナギよ
帰る明かつき 生き継ぐはじめ

また目覚め 空蝉のいのち又の名で
生きるひと日の すがしきものを

女人像柱(カリアティード)   葉陶紅子



裸女たちは 列柱となり彳ちつくす
満月の夜の 廃墟の庭に

裸女たちの 匂う膚(はだえ)を生け贄に
廃墟の庭は 神殿となる

宇宙(コスモス)は 列柱と彳つ裸女たちが
描く星座の ぐるりを廻る

老執事燭台を手に 石棺を
衛る語り部 恒久(とわ)に眠らず

裸女たちの白き膚(はだえ)を 踏みしだき
月は欠けゆき 石棺に入る

裸女たちの孕んだ腹は 精霊の
卵の殻と 星時間の子

宙空の門を開いて 子ら連れて
裸女たちはゆく 向こうの空へ

燻(いぶ)っていた片恋   佐藤勝太



夢に見たあなたは
若い日楚々とした乙女だった
私も朴訥な青年で愛の告白も
出来ない不器用な男だった
ためにお互いの心が通じる
ことはなかった

何十年か経て
私たちは街角で偶然擦れ違い
つと足を止めて笑顔で
目礼して去った
あなたは二人の子供さんを連れ
私は妻を同伴していた

若い日のあなたの面影が
私の胸の中でひっそりと佇んで
夢が燻っていたことに
驚いていた

べんりな服か?   神田好能



べんりな服か?
たのしい一時か?
昔の悲しい時代に
だれしも着用してた
   モンペなるもの

今、平凡に
   着用している
半ズボンのような
   ズボン?

モンペなるもの
   今はおしゃれか

よろこびあふれたる   神田好能



よろこび
  あふれたる
ゆうべのひととき
  うれしいひととき
      想いてか

あふれくる 女ごころ
   あやしくゆれて
なお あふれくる
    女ごころの夢
   ゆめのひととき

カラフトさん   斗沢テルオ



村はずれに
カラフトさんと呼ばれている家があった
朽ちた納屋のような家だった
カラフトという屋号が不思議で
当時の村には生き神様がいっぱい居たから
そこもその一軒だろうと思っていた
どこから来たのかどんな家族か
大人たちはただカラフトとしか
教えてくれなかった
学童期の子どもがいるというので興味が湧き
或る昼下がり草生す道かき分け
そっと覗いてみた
家ン中は真っ暗でその暗がりの向こうから
待ってたかのように
僕と同年代の少年が忽然と現われ
一直線に見返してきた
僕は金縛りに遭ってしまって――

少年は一度も登校してくることはなく
僕は下校時に遠くから
その家を眺めるだけだった
少年が出てきたら
今度は声掛けようと思っていたのに
いつの間にか家族ごと
どこかに消えていった

政治に関心を持ち始めた青年になって
カラフトは
「樺太」と書くのだと知った

メインディッシュは   平野鈴子



スペアリブは前日からバーベキューソースに
 マーマレードを加え味をからめる

砥石にしっかり水をかけ
シュッシュッシュッ包丁は気合いを入れて
念入りに研ぐ
刃に指をあてたしかめる
これで抜群の切れ味

キャベツの芯をとり
コールスローは氷水に放たれ
パリっとごきげんな細い仕上がり
スペアリブをオーブンで焼き
ほろにがさが引立て役に
ローズマリーをチョイとのせ
赤・黄・緑のミニトマト
すももの紅色のドレッシングを添え
手間ひまかけての御馳走

えっへん
百均の白いお皿でゴージャスに
若いママはもうシェフ気分

こんなはずでは   平野鈴子



今年はバラ柄の堅牢なステッキ兼用傘と
斜めがけのペアバッグが入荷しております
長身のなじみの社長
きょうはソンブレロをかぶり
おすすめ上手の口車についのせられ手に入れる
兼用傘に疑念もいだかず
優先座席前ではステッキとはきづかれず
席をゆずられることもなく
にわか雨であたふたと傘をさす
しかし体を支える役目はもはやない
優先を何にするか
一役しかないことにきづく
ころばぬさきの杖のはずが
一本で同時仕様 は うかつのきわみ
おのれのたどった雨の日

帰郷   藤原節子



小川のせせらぎも
稲穂のそよぎも
「お帰り お帰り」
ささやいている

遥か昔
山に挟まれて
うなぎの寝床の形をした谷底のこの村は
結婚適齢期なる因習があり
決まった職業にもつけないで
二十代後半で未婚の娘だった私に
「世間の恥さらしだから家を出て行け」
親にののしられ大都会に飛び出した

数年後
幾多の苦難を乗り越え
定職に就き結婚もし
家も建てた

自然も世間も狭く息苦しく
四十年前に逃げるように出てきた
わが故郷

齢傾いた今 尾羽打ち枯らした鳥になり
たどり着くと
夜には星が手でつかめそうな位置で瞬く
朝は白い霧のカーテンが
山の緑を徐々に開いていく

「こんな美しい村だったなんて」
わたしは帰ってきた 生まれた場所に
ここで永遠の眠りにつきたいと

<PHOTO POEM>
雲の無言劇   長谷部圭子



船上から雲を見る
深い群青色の舞台の上で
ゆうゆうと踊っている
陽気なカモメの観客が
白いマストの椅子に腰かけた
雄大で静かなパントマイム
優しい波の音がそっと寄り添った
海原の無言劇
雲の役者に そっと手を振った

AI(人工知能)   清沢桂太郎



AIの前に
将棋の最高位の名人は
負けましたと深々と頭を下げた

九マス掛ける九マスの盤の上で
十の二百二十乗の変幻自在の駒の動かし方のある
将棋の世界の 最高位の名人を
一台のコンピューターに過ぎない人工知能が
負かしたのだ

私が現役の研究者であった頃は
コンピューターは
生命体の最高位に位置する
人間が予め決めた範囲内でしか
答えを出すことができなかった

コンピューターは
人間の要求する計算を
人間以上に高速で計算できるようにはなったが
人間が求める範囲内の計算までであった

それなのに 今や人工知能は
人間の中の将棋の世界の最高位の名人が
予想だにしなかった駒の配置と動かし方をして
名人を負かすのだ

人工知能は 膨大なデータをもとに人間と同じように
デイープラーニングと呼ばれる学習をして
優れた図形認識能を持つようになって
優れた名医にも判断できないガン細胞や病名を
識別できるようになりつつある

自動車の自動運転技術では
人工知能が 人工衛星からの電波と
自動車に取り付けられた
ミリ波レーダーやレーザーレーダーをもとに
現在から極めて近い時間内の未来ではあるが
未来に起こる現象を正しく想像して
危険を避けることができるようになりつつある

今や 人工知能は
少女たちが若者向けに唄う
歌の歌詞が書けるまでになった

人工知能は
俳句を詠み
詩さえも書ける

古代 人々は
卑弥呼を通して
神の意思を求めた

現代の人々は
まだ限られた分野ではあるが
人工知能に 真実の声を聞き
それに従おうとするようになりつつある

しかし 現代人はすでに
なぜ人工知能がそのような答えを出すのか
そのプロセスを知ることはできないのだ

古代人が
なぜ 神が卑弥呼を通して 
そのような意思を告げるのかを
知ることができなかったように

何処へ   今井 豊



逃げたい
なぜ
縛られているから

何処へ
自由になるところへ

逃げたい
何処から
自由になるところから

どうして
縛られていないと不安だから

ひとりでは
何もできない
何をしたいのかもわからない

逃げてばかりだけど
少し前の何処かに

初めての意志   加納由将



浮かんでいる。でも出口が見えない、視界が
赤から黒に変わっていく。ここはフワフワ
アップアップ誰にも邪魔されたくないのです。
マフラーみたいなものがまかれてちょっと視
界が開けた時に冷たい風。気持ちよくってで
も声は出ないで手足をばたつかせる。これか
らの苦しみも葛藤も考えないで生きようとす
る自分です。

止まる   加納由将



雨が降って地面に空が散らばるころ公園に
立っている。風が心地よく時計を止めたい衝
動に駆られる。どこまでも風が心地よく僕は
動けないで夜が来るのを待っている。風がカ
ミソリに変わって皮膚が破れ黄汁が勢いよく
噴き出す。

ノンタイトル   根本昌幸



おーいと 言って
手をあげて
詩がやってきた。
元気だったのか
と 聞くから
元気だったよ
と 言った。
しかし ここ数日右肩のところが
痛くてどうにもならない。
年齢だからなあ
と お互いが言う。
詩は若いのじゃなかったっけ
それは昔の話だ。
今はみんなが年をとった。
老人の文学になった。
おれは気持ちだけは
まだ はたちなんだが
体が ついていかないんだ。
顔には しみとしわ
頭髪は白くなって
薄くなって
困ってしまったよ。
詩はもっと頑張れや
と 言って
帰って行った。
またくるからな
とも言った。
いつのことになるやら
振り向いたから
おれは
手をふってやった。

ドナウ河の漣   左子真由美



 仕事の帰り、電車の窓から虹が見えた。真夏の日暮れ前、入道雲の端から別の入道
雲の端へと虹は架かっていた。思わず声をあげそうになってふと周りを見ると、一心
に携帯を触っている人、疲れて眠っている人、誰も虹を見上げている人などいない。
・・・それからどうしてだったか、私の胸のデッキから懐かしい歌が流れてきたのだっ
た。それは、母がよく歌っていた歌。今の私よりずっと若い母が、台所でよく口ずさ
んでいた「ドナウ河の漣」であった。

  月は霞む 春の夜の/岸辺の桜 風に舞い/散りくる花の ひらひらと
  流るる川の 水の面//掉さすささ舟 砕くる月影/ふく風さそう 花の波・・・

 初めて母がこの歌を歌っているのを聞いたとき、涙ぐみそうになったのを覚えてい
る。私はまだ小学生だったが、きっとその哀愁を帯びたメロディにいわれのない切な
さを感じとったのだろう。母は何を思いながら歌っていたのだろうか。その頃、私た
ち家族は苦しい生活をしていた。家具ひとつなく、みかん箱が私たちの食卓であった。
宮崎県日向市富高の結核病棟を改造したアパート。事業に失敗した父を執拗に追いか
けてくる借金取り。「お父さんもお母さんもいません」と断るのは私の役目だった。
貧しさの中で弟は生まれ、栄養失調から肺炎に罹って死んだ。
 今はモノクロの映画のワンシーンのように頭の隅に残っているだけである。父も母
もすでにいない。けれど、若い母の歌っていた美しい調べだけが、幼い子どもの胸に
忘れられない記憶として残った。電車の窓の外にかすかに架かっていた虹のように。

  流れのままに ささ舟の/そのゆく末や 春おぼろ・・・

質問   左子真由美



いま考えていますから
まだあてないでくださいね
もう少しでわかりそうなのです
と 少女は顔をあからめた

星のようにだまっているのは
そのせいなのです
木のように突っ立っているのは
そのせいなのです

謎めいた世界のXとYに
シロツメクサのスパイスをかけて
未熟な呪文を唱えながら
少女は謎解きの真っ最中

どうしてここにいるのか
何をするために生まれてきたのか
宇宙の片隅の教室で
いっしょうけんめい考えているのです

あと少し待っていてください
星がまたたくように
木が空へ枝をのばすように
先生わたしももうすぐ手をあげます