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155号 都市

155号 都市

夜とハサミ  高階杞一



料理が次々と運ばれてくる 母は執事のマサオカとできている 父
は女中のマチコとできている 姉さんは家庭教師のアサクラとでき
ている 夜になるとみんな別々の場所に行く こんなに広い場所で
ぼくはひとりだ 人形を抱いている 人形はなんにも言わない 好
きなようにする 人形をナホと呼ぶ ナホは姉さんの名前だ 夜が
分裂しながら広がっていく

癌ですね 切り取った方がいいでしょう

もうだめ やめて やめてもいいの いや じゃあどうするの も
っとむちゃくちゃにして

切り取ったものを見せられた ウニのかたまりのようだった ウニ
は好きだけどこんなウニはいやだ

犬の散歩? この季節 夜中の散歩はつらいね そう言えば今朝 
雪が降ったらしいよ(母曰く) そっちも降った?

1時間ほど昼寝をしたら また変な夢を見た
駅前の喫茶店に入ると メニューに〈特別室でコーヒー2500円〉
というのがあって それを注文したんだけれど いくら待っても特
別室に案内されない 店の子に言うと もうここがそうですよと笑
う 窓のない白い部屋 医師がハサミを持って立っている その横
で看護婦がコーヒーを淹れているんだ それがサイフォンではなく
ってね 点滴の容器なんだ お待たせしましたと針を僕の腕に刺そ
うとする ミルクは?と聞くと 医師がハサミで看護婦の胸の辺り
を切っていく ブラジャーも 切られたところからおっぱいがぷる
んと飛び出す というような夢なんだけど どう思う? これって
どういう意味だと思う?

「恋人」「消える」で夢占いを見たら 「別れを示す」って書いて
た えー 別れの暗示?(涙) まあ、夢だしね(笑)

明日はクリスマスイブ イルミネ きれいだったらいいね

うん いっぱい楽しもうね

まだ誰も戻ってこない 庭が白くなってきた 積もるかな ナホに
も見える? 夜はハサミがいっぱい 外も切り取られていくようだ
った

生存証明  甲田四郎



息子一家との夏休みの旅行が終わって
女房と二人定職の日常が戻った
ただ暑いばかりだため息する日常
七十八歳で五十肩で
半年痛かった左肩が今日痛くない
と思ったら右肩が痛い
たぶん十月まで痛いのだ
一日が過ぎていく夜中トシ取ったと思う日常
五十肩は一日一日過ぎていくが
死が近づいてくる
四十三歳の息子と同い年の女房も暑いなあと
その日定職働いている
その日お姉ちゃんは高校で勉強とダンス
弟は中学でバスケの練習と試合

よく寝た晴天の朝は身が軽い
窓を開ければ救急車が止まっていたのが
黙って発車していった
なかったことにするといったって
消防署に救急車出動の記録が残っている
私が死ねば私は確かに死んだと区役所が
私の名にバッテンをつけた抹消謄本を発行する
生まれてからバッテンがつくまで生きていた証明
八十年間保管している
誰も私がいなかったことにはできない

恵まれているこの日
しかし生存証明には死因は書いてない
理不尽さ 無念さがあっても
残った者の目にそれをくみ取る能力がないと
なかったことになってしまう
願わくば死は平穏のうちにあれ
水の流れの後の空白に
紙切れ一枚平穏に残れ

衣更え  福永祥子



  点 点 点
      点 点 点
地面を這っている虫が
不意に羽を広げて
空に飛び立った
  翔 翔 翔 ・ ・ ・
西向きの窓から 隣家の木魚が響く
  没 没 没 没
爺さんを見送ってから
残された婆さんの朝毎のお勤め
朝の岸辺で戯れている昆虫どもは
彼岸への催促をうながされ
  黙 黙 黙 黙
他人事の空へ介入を試みる
  ギョ ギョ ギョ ギョ

有ることよりも
無いことのほうへ
親しみを感じるこの頃
爺さんは
現在形を保ちながら
影になってこの家で戯れている

月命日には
必ず白足袋を履いて
寺に赴く婆さんに
息子たちはさっさと手続きを済ませ
山の中腹に位置する
特別養護老人ホームを用意した

そんなもんでしょう
八十七才まで生きてあれば
ご厄介になっても いたしかたないことよ

庭いっぱいに干された
白い洗濯物が
がらんどうの部屋に向かって
ひるがえり
そっと手招きしている
       来 来 来
 来 来 来

夜の樹  弘津 亨



夜 皆が眠りにつく時刻に
樹はひとり目覚めている そして
耳である大きな葉が聴こうとするのは
とおい海のなつかしい響きなどではない

いまはもうわたしたちからはなれて
ここにいないひとたち
死者や
死者にすらなれなかったひとたち
声になりそこねた声
言葉になりそこねた言葉を
樹の耳は聴いている

誕生できなかったものたち
光を知らないものたちの声
が 夜を深くして
樹は おおきな沈黙で
声たちに応えようとするのだ

樹は
わたしたちよりも繊細な
耳を持っているから

樹の頂
わたしたちには
聴こえない声のように
星がまばたく

鎮魂の木  木村孝夫



朝になると
太陽を背負った時間は金色に光り輝くから
私は鎮魂の木と呼んでいる

津波被害を受けたこの地区は
戻らない人がいるので
その木はまだ姿を隠したままだ

海から見て その線上の先にある定位置
目を閉じると
ボコボコと津波の走る音が聞こえてくる

山にぶつかる音がして
名前を呼ぶ声が波に跳ね返され
舟がゆらりと浮いた

夕暮れを見送ると 
夜が来て朝が来る
長い夜には考えることがいっぱいあって
朝まで残ったりしている

水平線から昇り始めた太陽が
丸みを帯びた背中からゆっくりと入ってくると
私の中に鎮魂の木は出来上がるのだ

私は 一人静かに
そこに向かって手を合わせる
そこにはたくさんの願い事や考え事が
ぶら下がっている

風が吹くと擦れ合う音がする
この音が切ないのだ
木からも涙が零れ落ちてくるから
周りはいつも水浸しになっている

このようにして時間が過ぎてきた
手を合わせるとき 今も心の中に名前を置く

太陽を背負った木は育っている
いつまでも枯れることなく朝になると光り輝く
この木の本当の姿は誰も知らない

陰・影と光  佐古祐二



古びたビルの夜のアトリエで
女のトルソーを
デッサンする
ランプの灯りに
対象は浮かび上がる
描くのは
立体の陰であり影である
光があたっている
ハイライトは
描かずに残す

陰も影も
光がなければ存在できない
光は
明るければ明るいほど
自らどこを向いているか
見失うときがある
その時
陰や影は
光が向いている方向を光に
気づかせてくれる

ブレスレット  本多清子



あなたが送って下さった
手作りの ブレスレット
お手紙が そえられていて

あなたは わたしの誕生日など
ご存知ないはずなのに

ブレスレットを
十五夜の 月の光に かざす

アメジストは わたしの誕生石
ラベンダー ローズクォーツ オーロラクリスタル
輝きをまし 光をはなつ

まごころ
やさしさ
よろこび
いのり
みちあふれ

わたしの心は
しだいに
浄化されてゆく

病室の窓から  本多清子



積み木を三つ四つ置いたような病棟
少し低くなっている空間の
空中に浮んでいる せまい庭
椿の木らしい垣の囲い
まだ紅葉していない
かぼそい楓の木が手を広げ
すすきが 三 四本
木に寄りそって
ゆれている。

うすい水色の空に
真綿雲が
秋のけはいを からませ
少しずつ 形を変えながら
東の方へ ゆっくり流れてゆく。

わたしも
綿あめの雲にのり
やせた手首につけた
うす紫の珠の輝きを きらめかし

この果てしない空の下の
どこかにいる ひとよ。

渡り廊下の向うに
遠く 低くみえる
北山の つらなり。

寒すぎる季節  関 中子



沈める花よ
寒すぎる季節をやわらげよう

冷たさとさみしさを囲んで
わたしもあなたも途中で眠るだろうが

花のもとにて我死なん
わたしもそう言いたいのです

花の季節に亡くなった人を思いだします
わたしが生きているとつけ加えます

願わくば
花のもとにて見つけたい

わたしの眠りが埋もれるほどの
あたたかさを見つけたい

あなたにわたしがお話しできる
あたたかさをだきたい

思い満たされるまで
とこしえに花を沈めて

ふりむいて――朝  斗沢テルオ



それは早朝出勤途中の出来事だった
いつもの路地に入ると
前方の薄闇に小さな黒い後ろ姿がふたつ
私の歩幅が大きいか
どんどん距離は近づき
それは少女と少年らしき子どもの背中
手をつなぎしっかりと寄添って歩いている
まだ東雲時というのにどうしたのだろう
路地を抜けるとコンビニはあるが
まさかこの時間にお使いでもあるまい
怪訝な想いを近づけていくと――

「おはようございます!」

あ! と不意をつかれ足を止めた
ふりむいたのだ
大きな清んだ声で朝の挨拶をしたのだ
白む東光を受けたあどけない笑顔が
くっきりと浮かび上がったのだ
瞬時の予想もしない行動に
返す挨拶が咽に絡まっていると
ふたりはサッと駆け出して
路地を曲って消えたのだ
出来事はこれだけだった

それからの会社に辿り着くまでの時間
私は中途半端な大人の感覚で
今起きた出来事を推し量ってみた
あの子たちは薄明の中近づく足音に
恐怖を抱くのではなく
朝の挨拶をどう発しようかと
顔を寄せてヒソヒソと
秘密の相談をしていたのだ
そして勇気を出してふりむいたのだ
「おはようございます!」
走って帰り着いた家できっと話しただろう
「あのねお母さん、知らない小父さんだったけど
 元気に挨拶したよ」って
「あらステキね、挨拶返してくれた?」
――返せなかった いい大人なのに
会話の続きを思うと赤面してしまうのだ
何を戸惑ったか
殺伐とした社会だけに
知ったかぶりな大人の常識が
邪魔をしただけかもしれない
ごめんね――
小さな悔いの念に立ち止まり
私もあの子たちのように
ふりむいてみた
そして深閑とした未明の路地に向って
「おはようございます!」
――と 一軒の家にポッと灯り
あ! 挨拶――届いたか!

ふりむいて――人生の忘れ物
見つけたような 還暦の朝だった

じっとしててや  原 和子



年季の入った年寄になっても
デパート、デパート と
デパートへばかり行きたがり
まどろっこしいのを
タクシーに乗せこんで連れていき
ちょっと買物をすると 今度は
椅子、椅子、椅子、と椅子を探して
どっこいしょ、とひと休みばかり

―お母さん
 しばらくここでじっとしててや
 あと欲しいものを
 私がさっさと買い集めてくるから
 何と何が欲しいの

―どして?
 アッパッパが二枚ほど欲しいんやけど
 あんたが見たかてわからへんわ

―アッパッパやったら
 こんなとこまで来てウロウロせんかて
 近くのスーパーの方が早いやないの

―けど 品が違うわ

口ばかり達者な母に ツンケン言って
あとで後悔したものだったが
いまでは私が
そっくり その通りになってしまって
今日も 千里阪急デパートの
花屋さんの椅子に 腰かけさせられて
娘が さっさと買物をして出てくるのを
待っている

大河ドラマのエキストラの一人として  清沢桂太郎



NHKの大河ドラマを観ている

昨年は『八重の桜(新島八重)』で
今年は『軍師官兵衛(黒田官兵衛)』だ

皆 日本の歴史の流れの中で
無意識の 止むに止まれぬ思いで
生きた一生であった

彼らは
それぞれの時代の
英雄であり 天才であった

いや それは
現代の歴史家や ドラマの脚本家が
彼らを 英雄として描き
天才として描いている
ためなのかもしれない

私は 今
二十一世紀の十年代に生きている

私と一緒に生きている人たちの中にも
後の世の歴史家や ドラマの脚本家から
英雄や 天才として描かれる人が
いるかもしれない

私は
その英雄や 天才を主人公とした
大河ドラマの一場面の中の
エキストラの一人に
すぎないのかもしれない

今を生きている私には
誰が後世に残る
英雄であり 天才なのかは
分からないが

女子を食う  根本昌幸



間違って
女子(おなご)を食ってしまった。
いなごを食うはずだった。

なぜ こんな間違いを
するのだろう。

人間を食ったのだ。
生きていることはできない。

人間の手によって
おれという人間も
食われてしまうだろう。

たぶん おれは
放射能という
得体の知れないものに頭が
犯されているのだろう。

悪い時代に生まれ。
悪い時代を生きた。

長いようで
短い
おれの人生よ。

どうぞご加護あれ。

雨の訪問者  藤原節子



遅かった
あなたが訪ねてくるのが
花はもう立ち枯れていた

花は待っていた
毎年
梅雨の季節に訪れる
あなたの楽隊を
ポロン ピチン
ポロン ピチン
ザザザ ドドド
ダダダ ヂヂヂ

あなたの打ち鳴らす
リズムと
あなたの降らす滴で
蕾は目を覚まし
大輪の紫陽花になれたのに

どこで道草をしてたの
今年は
いつまで待っても
あなたの足音は
聞こえてこなかった

真夏の今頃やって来ても
虚しい弔いになるだけ

水田に
緑の早苗が縦横
きちんと整列している
まるで
入学式の児童のように
初夏のまばゆい光の中で
薫風に吹かれている

米という字には
早苗が稲穂に実るまでの
八十八の知恵と労苦が
こめられてるとか

八十八の知恵と労苦も
一夜の嵐でなぎ倒され
長い日照りで
枯れ死することもある

六月 農夫は
米作りという
険しい山登りの入り口で
地下足袋の紐を結ぶ

私の二十五時  蔭山辰子



深夜に
咽が渇いて水を飲む
残った水を鉢植にそそぐ
深夜に水をやる
「お昼にもちょうだい」
花たちの声がした
「うん わかった」
隣の鉢にも
軒下に置いた葉の鉢にも
水を遣る
グラスの水滴がキラリと光る
チミモウリョウも(*) 乾いていよう
深夜に水を撒く

 私の二十五時


                 *魑魅魍魎

黒魔術  葉陶紅子



神経のすそたきつけて ストリキニーネ
自爆までの間 薄笑いする

水銀の滴の 罠に錯乱し
小瓶の中に 盲いて堕ちる

ルミナール誘う眠り 夢さまし
口裂け悪鬼 おしよすうつつ

霧の中 ジキルとハイド見え隠れ
襲う禿鷹 獲物はひとつ

エフェドリン 痩せ衰えしスーパーマン
ち切れ飛ぶ四肢 破裂する瘤

アンフェタミン 獣の皮膚をこすりあい
高く舞い揚げ 地上に墜とす

伝授せん 快楽(け らく)ホルモンつくる秘儀
裸線となりて 蒼穹に彳て

青  葉陶紅子



数多なる侍従 給仕(ギヤルソン)はべらかし
空の径ゆく 夜会服(ソワレ)の頃は

頬高く蓮歩せし 空の径あと
雷鳴打つは 浮かれし裸身

汝れが彳つ浮島のみぞ 一畳の
汝れが重力 柱えるものは

肉を削ぎ裸線となりて ひとり彳つ
無一物なる 空の広さよ

捨てしより 目に沁む青のたおやかに
はるばるとして 息づくを見ゆ

摘みゆくは み空のごとき青き草
少女のごとく 老女のごとく

鳥はゆき星は流れる やわらかき
光は巡る 裸線の内を

揺曳  牛島富美二




  虚生

ある女人の詩を読んでいると
わたしの生に覆いかぶさって奪い去る
言葉が女体となってわたしははかなくけつまずく
――さなきだに一期短し弥生地震(な い)…

  現実

揺られ揺すられて壁にしがみつく
棚を飛び出した小芥子が三つわたしを打つ
その時すでにこの世を離れた別れの合図
――春来るも地震(な い)は振る振る鬩(せめ)ぎ合う…

  秋日

夕間暮れになると
こっそりと懐に忍び込むものがいる
明日を信じようとささやき続けながら
――まず一日(ひと ひ)終えた眼を惹く婚星(よばい ぼし)…

ねこさんぽ  瑞木よう



ねこにであう
まるまるねこに
にげるねこ
こっちをじっと
にらみねこ
みちばたの くさも ねこのこのみ
ふさふさはえている
ねこじゃらし
ちゃいろ しましま ねずみいろ
しっぽをたてて あるくねこ 
おすわりねこに
あくびねこ
せなか のびのび のびるねこ
おなか ふかふか みせるねこ
たくさんのはとも ねこのこのみ
はとのまんなかに とびこんで
しっぽくるりと
とびあがるねこ
いしのうえでは
ひなたねこの ひなたぼこ
あるくたびに ゆびをおる

来い来い早く  晴  静



桜花愛でる間もないままに
無情の雨風
春逝きて
海山愉しむ間もないままに
梅雨空長雨
夏終わり
紅葉観る間もないままに
寂風木枯らし
秋消えて
凍える冬のみ忘れず来(きた)る

命火ある間に
来い来い早く
心浮き浮き
桜花の春よ

再婚  もりたひらく



――どんなに お母さんの彼氏が いい人 でも
  私 その人のこと 「おとうさん」とは 絶対に呼べへんから

そうだよ、呼ぶ必要なんて、ないよ

あなたの お父さんは ただ ひとり
あなたと 一緒に暮らしている、お父さんだけだよ

ごめんね
あなたの お父さんと 私
添い遂げられなかった

傷つけたでしょうね
辛い思いも、させたでしょうね

――それ、私に報告する必要あっても
  許可もらう必要ないでしょ

バッサリ切った あなたの言葉

それでも
――うまいこと、やっていけそうなん?
心配顔で 訊いてくる

――ごめん、お母さん
  私、将来 結婚したら
  離婚なんて したくないねん

そんなの 当たり前だよ
私だって 離婚なんて
そんなこと 思いもしなかった

でも、忘れないでね
あなたと 私の 姓が一緒でなくなっても
私は これからも あなたのお母さんに 変わりはないから

――もっと 可愛い柄も あったんだけど
  お母さんの旦那さんも 使えるものを、と思って

アートな向日葵がらの ティーカップのセット
初めてだね デパートでプレゼント、買ってくれたの

「娘さんがくれたカップ、使ってあげようよ」
夫に言われて 紅茶を淹れた

まだ二人は、会ったことない
急かす必要ない ゆっくりと待っていよう

また一緒に 映画に行こうね! メールを打つと
―はーい― 顔文字付きの 短い返事

時間なるものが  ハラキン



目が覚めて 窓のカーテンを開けたら いつもの風景と酷似しているが
どこかしらムードの違う風景が俺に投げ込まれた 雲はきのうの雲では
ないが雲は雲で 太陽はおそらく我ら太陽系のあの太陽だろう アラカ
シはアラカシ コブシはコブシ だけれどあんなに大きかったか いつ
もの野鳥だと思ってよく見たら 見たこともない鳥だ 妻が起きてこな
いとよぎった刹那 俺は独身であることに気づいた 俺だと主観してい
る男はどうやら時間のひねりにひねられたらしい 今の歌手Fも 二十
年前の歌手Fも 半世紀前の歌手Fも 無段階に共存できるようになっ
た「インターネット」を皮切りに しだいに今というものは仮の姿とな
り まもなく今という定義はなくなろうとしている つまり時間なるも
のが 禁欲をやめ じっとしていなくなって ひねり ねじり ひずみ
なだれ うらがえって もんどりうつようになった 戦場ヶ原で繰りひ
ろげられているハリウッド映画の合戦ロケが ほんとうの歴史上の合戦
だった といった現象は もっと日常になるだろう こうして時間なる
ものが自由を手に入れたのに 人間は相変わらず 己という鎖につなが
れ 超越界によって憎しみあうことを強いられ 生存は競争であること
を むしろ誇りと思うようにプログラミングされ続けた 目が覚めて 
庭のポストを開けたら 「召集令状」が来ていた 太平洋戦争!

その世の人は歳をとるほど
美しくなっていった
皮膚が年々はりを増し
皺が消えてゆき
透きとおるような肌になって
輝けるピークで寿命をむかえた
皺くちゃに生まれ
醜いから親に捨てられ
ひとりぼっちで成人になっていく
時が逆に流れるわけでなく
時計はまっとうに時計回りで
日は昇り日は沈んだ
ただし
雨は降るのではなく逆
歌はこの世のすべて逆
鳥は歌えず
魚は泳げず
飛行機は飛べなかった
無常はまっとうに無常
だが「生老病死」とは
誰も言わなかった
その世の俺は
死期を迎えた美しい男から
「この世から持ち去った」
酒という飲み物をふるまわれ
二人で
その世を語りあった
やがて二人とも
おのれの器官が解散となって
細胞が変異して
細胞だけで出て行った

何もなければ ビッグバンはなかった
ビッグバンがなければ 何もなかった
星がなければ 生はなかった
生がなければ 愛はなかった
愛がなければ 生はなかった
生がなければ 瞑想はなかった
瞑想がなければ 仏法はなかった
仏法がなければ 寺はなかった
寺がなければ 禅はなかった
寺がなくても 禅はあった
その寺がなければ 参禅しなかった
参禅しなければ 痺れなかった
痺れなければ ぶっ倒れなかった
ぶっ倒れなければ 腫れなかった
腫れなければ 医者はなかった
医者は フクザツに断裂しているから もはや完
治はしませんよ と常套句を言った
住職が 大したことなくてよかったと言った翌朝
モチのように腫れた
右足首がすでに仮死しており 右横ざまにぶっ倒
れた 行を行じているのにバチが当たったか そ
れとも行をいやがる魔のしわざか もう一人の俺
のしわざか
経行で立ちあがった 刹那
叫べば 他の居士から顰蹙を買い 住職から放り
出されるだろう
さらに痺れ 底知れず痺れていき 座布団一枚分
の痺れ地獄がのたうった
座禅の前半 息を数えることに徹する心に 横手
からミギアシガシビレテキタが 横殴りしてきて
数息が死んでしまった
或る夜 参禅した

真っ正直にすわってみる

 遠くふるさとの一本の樹になってみる
 せせらぎの小川になってみる

 庭の日蔭にひっそりと咲いている
 茗荷の花になってみる

真っ正直にすわってみる

 銀行員だった村の幼な馴染みの友が浮かぶ
 自殺したという

 年老いた義母(は は)ひとり残して
 奥さんが子どもを連れて村を出ていった

真っ正直にすわってみる

 今日の今まで
 ありのままの私であったのだろうか

 原郷が幻郷のようにして
 ふるさとが私を叱咤する

真っ正直にすわってみる

 私の胸に音もなく
 さりさりと雪降りつもる

 何かに祈りたいような
 つつましやかな気持ちになってくる

本当に困ったらまず安心しよう
人間はみな死刑囚
人生が長いか短いかの問題だけだ
とはいってもこの世界で笑ったりはいつくばったり泣いたりうれしかったりしても
最後の行く先の死からは逃れられない
早いか遅いかだけ、30か60か90かだけ
早すぎるか遅すぎるかだけ
でも最後には死を待って楽しんで生きているか苦しんで生きている、それだけのこと
もしかしてこの世からは出れないから
もしかしてこの世は正統派の笑顔有楽しみ有苦しみ有自由有の刑務所なのかと思う
この世、地球からは出れないだろう
死を乗り越えないと
死後もそれもわからないのが人間の本当だが
仏教には密教(霊仏守護系)顕教(現世利益系or来世利益)にも当たり前のように
 共通して言う仏教の根本思想
「人生は苦である」
赤ちゃんが生まれたら赤ちゃんは泣く
でも周りの人は笑う
人間は死ぬとき放棄したように休んで、いや安らかに死んでいる
周りの人は泣く
でも安心して死ぬ
苦から解放されて
人生の苦から解放されて
いろんな宗派の、それぞれの教え、自分では切符と思いますが
その切符の教えの宗派の通りに安心して次に行く
みんな最後は死ぬ
笑ったら嬉しがりまくって
困った時の苦しみもすべて最後は死ぬんだから
バタンキュー 辛かって泣いていたことも嬉しがって楽しがったことも
バタンキューなんだから

人生は苦である
人間はみなこの世の死刑囚
この世から出ようにも出れない
苦しんだり笑ったりしたり大儲けしたりしているだけのただの自由な死刑囚
ただ理想は楽しむのみなり
ただ楽しんで生きよう
いつも笑って生きよ
なむ…
はんにゃ…

自転車で
坂道を下るスピードの中

一瞬一瞬
私のちっちゃなハートが
解き放たれる

大声で叫ばなくとも
風が助けてくれる

上を向いて
木漏れ日を浴びて
もっともっと
もっと

自然に包まれたい
濁った気分は
バイバイ

大きく今日が
揺れて
バイバイと

斜かいに微細な砂の粒子が降り落ちて
私は目を開けられないでいる

大河の凝集を促がすショクバイは
分子どうしの引力ではなく
ひと筋の水底を流れる大地の生命線でもなく
放散した言葉の磁力でもなかった

私という固体を流れる熱を経て
胡乱げな雨の一線とつながって街をうつ
人々をサバンナの夜明けにかえらせる
一生の分かれ道のような音叉の頬を打ち
生滅のことごとくの一瞬を記憶する
失われた砂粒の原初的な鐘と音素の羅列よ

私はいつまでも目を開けられないでいる
砂の大河よ
私の生まれる一瞬はどこになるのか

ん、と だまって
 ふりかえり
ん、と かすかに
 へんじ した
ん、と こっくり
 はずかしげ


イケメン にいさん
 よびとめた
セブン・イレブン
 はんずぼん
レジの まえいく
 カンガルー


ん、と ほほえみ
 ふりかえる
おなかに かくした
 かくしもの
だまって いないで
 だしなさい

―― ん? 

色褪せていく
姿
追いかけ続ける
それは
言葉だったか
もう
わからない
活字が
誘う涙
目指して
書き続ける
読み続ける
自分を
ゆるすことなく
今日も
読み
書き続ける

海を
永遠に縫いつけるかのように
時の水面に 見え隠れする
イルカ
美しきものたち


わたしを導け
わたしの内なるささやかな生命の川を
本源へ遡り
その門を通り抜け
穏やかなひとつの睡りが
新しい目覚めとなる
光遍く
無辺なる海へ

どこへ  神田好能



やさしさも
つらい想いも
胸の中
みんな笑顔で
お早う
言います

ゆうべ鳴いた
コーロギは
どこへ行ったの
今夜も
キリギリスさんは
唄ってくれますか
いい声で

詩とは  尾崎まこと



しとは
ひとと
なれなかった
けもののかなしみ

しとは
ひとと
なってしまった
けもののいかり

しとは
ひとの
ひとよのいのり

しとしとしとしとしと ひと