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166号 子どものいる風景

166号 子どものいる風景

ぞ   内田麟太郎



「ぞ」はきらいだ
いっもいばったこえで
ぼくをおどかす

─なぐるぞ。
─けるぞ。
─つねるぞ。

ぞうがやってきた
あとずさりするぼくに
バナナをそっとさしだした
─どうぞ。
もじもじするぼくに
またいった
─おいしいぞ。

だから   内田麟太郎



クジラはりこうだから
なにごともふかくかんがえすぎる
(こんななにおもいじぶんが)
海にうくわけはないと
(ふうせんじゃあるまいし)

だから
ときどきおぼれる

いまでも   内田麟太郎



別れた女はすぐに
――ふん。
という癖があり
その生い立ちを思わされたが

故郷で電車に飛びこみ
亡くなったという風の噂は
――もう、体はバラバラでさ。
という言葉も道連れで

――ふん、ふん、ふん、ふん、ふん。
――分、分、分、分、分。

車輪に〈分〉〈分〉された肉片が
浮かんではきえたが
女の自慢だったあの美乳だけは
せめて無傷であってほしいと
ぼくは願ったけれど
やっぱり女はいまでも
――ふん。と
笑うのだろうか

高原   内田麟太郎



もうバスはこないのに
あなたは停留所にたっている

あれから一時間はすぎている
いや もっと

とつぜんあなたは手をあげ
バスのステップを上がっていった

─こんにちは。
─こんにちは。

あなたがまっていたのは
ひとのことばだったのか

さびしかったひとをすわらせ
みえないバスは走っていく

らくがき   北村 真



 ひとでなし と かおなし



ひとでなし と かおなし


ちがいは なんだ?

ひとでなしは ひとで

かおなしは ひとじゃないです



ひとでなし と かおなし

じゃ おんなじは なんだ?

どちらも ひとからうまれました



ひとでなし と かおなし

どちらも

かなしいかおを しています


       *


 まど



ねえ
なにか
しようよ

なにかって
なに

なんでもいいからさぁ
なにかしようよ

じゃあ
じゆうがいい

じゆうって

じゆうってさ

ぷーるのなかで
めをあけたまま
みずのいろをてにぬりつけること

きのみきに
もぐりこんで
みみをすますこと

まどが
おおきな
くしゃみをしている

石の棘   瑞木よう



海岸沿いに 垂直に突き出している たくさんの石の棘 海の中か
ら 同じ間隔で 並べたように 屹立している ひとつの石には 
一羽の海鳥 どの石にも鳥が止まり 空いている石はない 不思議
なことに空を 飛んでいる鳥もない 波の音だけの 静寂が覆って
いる

地球の芯から突き出す 石の棘 地核を突き抜け 地層を突き抜け
て立つ 地球の傷跡 石の棘 海の墓標 鳥たちは 石の上にまっ
すぐに立ち 身じろぎもしない 太陽に顔を向けて みな同じ方を
向いて 嘴を閉じて

海に向かう丘では 一面に白く水仙の花が咲く 光を浴びて 香り
を海に流す 丘に立つと 海は澄み 泳ぐ魚の影が見える 香り流
れる海に立つ鳥よ 背中に 陽が射して 羽が煌めいているよ 彼
方見つめる鳥の目には 水平線が丸く映る 海から伸びる 石の棘 
地球の中心から突き出し 鳥を縫いとめ 白い棘 鳥影を海に流す

作業服   もりたひらく



ところ どころに 開いた穴は
火の粉を浴びて 燃えた跡
すえた汗の においに
顔をしかめたりなんて しない

泥と汗にまみれた 作業服を
もみ洗いする
肘のところ、袖口
首周り、胸のあたり
上着、ズボンのポケットの口
膝つく辺り、裾の端
疲れた あなたを もみほぐしていくように

危険と となり合わせの
現場での 仕事
手をすべらせ スチール板で指を切り
五針縫うケガなどは 騒ぎ立てるほどのものではない
脚立から落ちて 手をついて
手首骨折 さらに肩腱板断裂の手術となって
一年を棒にふったこともあるという
一瞬で 皮膚も骨も溶かしてしまう劇物だって
現場には ある

炎が燃え拡がらないように
汗を それでも 吸い取るように
生地は 綿百パーセント
ぬるま湯をたっぷり含んだ作業服の 重みから
私は あなたの 仕事のきびしさを思う

命を張って はたらく
あなたの 作業服を
くる日も くる日も
洗たくできる
私は なんて 幸せ者だろう

どうか 今日も
無事に 帰ってきて
「ただいま」と
どうか 笑顔で

村   山本なおこ



稲穂がさわわと鳴る一本道を歩いていくと
長っぽそい小さな村があった

家いえは寄りそうようにあって
村にそって流れる川にはいわしの雲が映っていた

葉鶏頭(はげいとう)が美しい庭先もあれば
ハッカのよいにおいがする畑もあった

脱穀機の音がぶんぶんし
もみ色の空気の中で
姉(あね)さんかぶりの人がかいがいしく立ち働いていた

柿の木の下では
ひとつほうってよと
女の子が笑いながら手を花のようにひらいた

その村を通りすぎてもまだ一本道は続いていた
道のむこうには小さな村が
ほおっとかすんでいた

そろそろ夕餉のしたくがはじまるのだろう
ねむの花のような明かりが二つ三つともりだした

あの村のむこうにも道はつづいているのだろう
そうして道のむこうにはやはり小さな村があって
人びとがつつましやかではあるが幸福(しあわせ)に暮らしているのだろう

私はいつまでもうっとりと秋の夕暮れの中にいた

魔法と口笛   水崎野里子



あなたが風だった時
わたしは雨だった

あなたが雲だった時
わたしは海だった

あなたが雪だった時
わたしは貝殻だった

あなたが魚だった時
わたしはバッタだった

わたしはいつも 
あなたと一緒に 変幻自在

あなたは 空
わたしは 大地

あなたも私も
永遠の 自然

私たちはきっと
二柱の雌雄の神

でも
あなたは風?

わたしを吹き飛ばす
獰猛な 嵐?

わたしは
口笛

わたしは人魚   水崎野里子



  Ⅰ

わたしは人魚です
王子さまを愛してしまった
悲しい 人魚です

あなた
波を見てください
はたはた はためく波が

わたしです
眠っている わたしです
わたしの姿は

あなたの
波の思い出です




  Ⅱ

わたしは人魚です
にんげんがいやで

蝋燭を赤く塗ってしまった
人魚です

今 わたしは
赤い蝋燭を持って

海の下をさまよいます
ゆらゆらと海藻がゆれます

あなたを探します
暗い海の底

地上ではみつからなかった
愛を求めて

詩の歴史が創られてゆく   清沢桂太郎



三カ月に一度の「PO」の合評会を終えて
帰路に就く

合評会では
会員の詩のほかに
中村不二夫が書いた
山村暮鳥に関する評論や
吉田定一が書いた
阪田寛夫の詩集と山本沖子の詩集に関する評論に対して
意見が出された

山村暮鳥は明治から大正末期までを生きた
キリスト教の牧師であり詩人である

暮鳥は昼間はキリスト教の説教をし
夜には一般青年男女を集めて
キリスト教とは関係のない文芸同人誌の発行などの
文化活動を行った

暮鳥は朔太郎 犀星とともに
白秋門下三羽烏と言われたが
後年 野菜売りの開墾生活をする吉野義也(三野混沌)の
老荘思想的な生き方に深い影響を受ける

阪田寛夫は昭和三、四十年頃に活躍し
童謡「サッちゃん」で有名なキリスト教徒である

山本沖子は昭和二十二年に
処女詩集『花の木の椅子』を出版し
その清純な詩風が三好達治に見出された

沖子に会った伊東静雄は
  孤独と祈りに似た善意が
  私に大変深い感銘を与えた
  戦後初めて 詩らしい詩だと刺激を受けた
と語ったとある

「PO」の合評会では
そのほか牧師であり詩人である森田進の
『詩と祈り 牧師詩人と言われるけれど』という
たった一ページという短い評論をもとに
いわゆる現代詩に対して
批判的な意見が交わされた

森田は言う
  旧約聖書の詩篇は
  神への感謝と賛美 個人の苦しみ 悲しみ
  絶望などの底からの訴え 救いの希求に満ち満ちている

  それなのに現代詩は 日常的な日本語から余りに遠い
  哲学的思想的な表現にまで辿り着いてきてしまって
  「詩と祈り」からは無縁の領域で展開してしまっている

  今回は佐古祐二さんで 四百八十回です
  もうすぐ五百回です
毎月一回開かれる「詩を朗読する詩人の会『風』」の
中尾彰秀は誇らしげに語る

「PO」の合評会も
四百八十回目の「詩を朗読する詩人の会『風』」が
持たれたのも平成二十九年一月のことであった

現代詩を熟知した詩人と
現代詩をよくは知らない詩人たちによって
現代詩とは異なる詩への試みが続けられている
現代詩とは何かという定義はあいまいなままに

大阪の片隅で
詩の一つのささやかな歴史が
創られている



           参考:「PO」一六三号(竹林館 二〇一六年)

願いごと   吉田定一



あの世とこの世の 十字路
ここでは時間が永遠に止まったままだ

「やあ、今晩は!」 「こんばんは!」
二人はひょっこり 顔をあわす

朋子ちゃん いまも小さな子どものままだね
うん、お兄ちゃんもでしょう

(おとなになったら 朋子(わたし)!
お兄ちゃんのお嫁さんになるって 憧れていたのよ)

いつまでも朋ちゃんは 火の粉で焼き爛れたままだ
お兄ちゃんも 銃弾を負った若い兵士のまま

死んだものは いつまでも歳をとらないね
うん! 母さんを哀しませたままで可哀そう

優しく言葉を交えて 二人は足のほうから
すうっと消え ポストのほうへよろける

手に持った 願いごとが重くて
お願い! 平和への祈りを無駄にしないで

(死んだものたちは いまだにこうして
十字架を背負って 死を生きている――)

お願い! 二度と熱い炎と銃で
いのちを奪わないで……

彼方(あなた)たちのほうから
私たちのすがたが見えなくても――

さて   根本昌幸



さて と言って立ち上がるが
また座る。
さてさてと言ってまた立ち上がる。
が、また腰を下ろしてしまう。
気合いは入るのだが
体が付いて行かない。
もちろん頭の中もだ。
齢を重ねるとは
こういったことなのか。
若い日
何事にも向かっていった
このおれではなかったか。
情けないことよ。
さて と少し力を入れてから
犬を抱く。
それから少しずつ歩く
そうしなかったなら
体も頭も
すべてが悪くなってしまう。

ああ ふるさとよ、と
おれは思う。
ふるさとにいたなら
こんなおれではなかったはずだ。
もう少し元気があったであろう。
ふるさとでは今頃白木蓮がさいているか。
夕暮れ時になると
帰れない
ふるさとの方角をじっと見詰める。

君は十八   葉陶紅子



胸衣(むねぎ)より 花のごとくに咲き匂う
首すじ細き 君は十八

花のごと すらりと伸びるなが矜恃
かんばせ賢(さと)き 君は十八

白き額(ぬか) 照り映う木の葉の私語(ささやき)を
静やかに聞く 君は十八

手のひらの木苺は 唇(くちびる)洩れる
小さき思い 君は十八

恥じらいを 蜜より甘い沈黙で
肌の面(も)に挿す 君は十八

目なざしは 夏日盛りに降る雨の
虹のごとくに 君は十八

ひとしきり哄笑はじけ 手のひらゆ
花弁(はなびら)舞わす 君は十八

裸線のなかの宇宙(コスモス)   葉陶紅子



わが若き裸線のおくは 天体儀
金の星くず 着飾るヴェール

湿りおぶ裸線の葉むら かき分けて
わが宇宙(コスモス)の 秘境に入るや

ながこころ ま裸にして見せなまし
森の獣の 匂いかがせて

わが乳房くびらせ吸える 獣とて
青き眸(め)のおく 澄みたればよし

翅なくば わが胎内の青き空
翔けるあたわず 移植せられよ

宇宙(コスモス)の星くずの果て 見つづけよ
失くせし翅は ふたたび生えん

なとわれと裸線をかさね 宇宙(コスモス)を
たずさえ飛べば 〈永遠(とは)〉にとどかん

壊れた財政難の病気の周囲これでいいのだ   中島省吾



御婆さんばっかりだ
ヘルパー御婆さんの濁声が響く私の家
開き直って、私は素直に感謝ですと
それを聞いた自立支援者がヘルパーを男にするぞとトドめ
財政難を強調させて福祉削減に今日も頭を使う
男禿ヘルパーが嫌なら、ヘルパーに頼らず、自立するだろうと無理やりの心理学
その証拠に午後五時以降、土日祝日は難があっても
その禿ヘルパーは助けられない、スーパーであっても無視だった
キリスト教会除名になった影響あり
バレンタイン前日はヘルパー一週間に一度の三十分だったが
おいどんは。おいどんは。と本を褒める男禿ヘルパーだった
私は最近、気付く
バレンタインの毎年恒例のヘルパー所のチョコは? と聞くと
おいどんは。おいどんは。の男だった。答えとして義理チョコも無し
奴は貰うこと自体が悪いと御調子者だった、禿ヘルパー男の鼻歌、吐き気がした
自立支援者の所属する別のデイセンターでは
クリスマスナイト、泊まり合宿
バレンタインどころか、入所者共に男女ペアで行動させて
駅で入所者買い物カップル、利用者とドッキング
ええやろ~♪
すぐ瞬間的にタイミングで奴らは結婚する
生保課で結婚祝いと出産祝い、独身JDヘルパーが来て子守する
それを福祉利用者は知ってるのか? 私の病院では女性は男の宝物
女性がその気もないのにコーヒー奢ったり誕生日個人的に祝ったり
私も千円本を渡す(閲覧料金)で本を受け取ってもらうが
生保者男性が五千円出した
負けた
私は三十代の独身男性
だが、私と似た独り者脂の乗る頃の男性福祉利用者は
市役所に私のようにとどめを刺されてJDヘルパーがオワッてもおかしくない
私と似た境涯の男性福祉利用者は
数は少なくなってきているがみんな福祉職人で若い女性が来る人は
病院、診察拒否や、家の扉を閉めて、変な人をして、最後に女性で扉を開けるなど、
最後まで男の禿ヘルパーなどをいれないように感情戦で粘っている
私の病院は全病棟男女混合の為、閉鎖病棟の患者同士で妊娠して
養護施設に入れたり、新築の高層団地に、病院が負けた! と補佐する
福祉祝い金丸儲けで市役所生保課では勝ち上がった
少子化時代、財政難
独り者、半額弁当の私とスーパーでドッキッグするとええやろ~♪
人間発見
一〇〇パーセント性悪説
私の家のポストは男ヘルパーのうわさを聞き
面白がって、誰かが折り曲げている
おいどんは。が、男の道は難ありきを教える
キリスト教会除名にはこれからの未来を生きる男性には
気を付けてならないようにして欲しい
私が祈ってと男女混合礼拝の教会で迫ったように
ストーカーと間違われないように
教会では男性指導者がいたら普通に男性指導者に行って欲しい
私みたいに死にかけにならないようにだ
それを出来なかったらすぐ離れろ
おかしい、差別だ、性差だとか私のように死んでも言うな、勝てないのだ
私は発信者だから特別に言うから真似をするな
ああ、財政難、少子化対策、福祉予算削減
ああ、性犯罪警戒、できた後に女が困って、あんたしかなあと女に言わせた
勝った性犯罪者の何も出来ない病人が
子供が出来て、泥タコ福祉家庭、さあ、生保課が動き出す

現代の荒地の延長一点
  ~被差別者の翔ちゃんの切ないポエム~

 中島(あたるしま)省吾



まなちゃん彼氏の言うとおりにするわと
私がまなちゃんにあげた本私にやっぱり返すわ、と重たい本の山のかばん私に返却して
私は参ったなあと
私は知らん顔で自分の本を探す振りして、自慢するように自書探す振りして価値出して、
でも、まなちゃんは興味示さず無視で
彼氏といちゃいちゃ
まなちゃん彼氏の帰りのバス追いかけて彼氏はじゃあねえと
バスに乗ってどこかに帰り
手を振っていつまでも手を振って見送り
彼氏は健常者、私は病人
ここは図書館
自立支援者にショックやと電話すると婚前交渉禁止ではない、と、
邪魔したらヘルパー男にするぞといつもの私への脅し、目が仰天で
二人に生活支援者の福祉をと急げと生保課に福祉家庭連絡の勢い
私はまるっきり他人
鬼の他人だらけ
病人の渡る世間は他人だらけ
帰りまなちゃんに焼肉おごって点数稼いで
でもスマホいじくって食べるのは食べて
じゃあねもなしで駅まで見送って私だけ浮かれて
そう、彼氏は健常者、私は病人
彼氏は健常者のイケメン、私は病人のイケメン

<PHOTO POEM>
 雨   神田好能



ベランダに
雨がふる
他人のような顔をして
雨がふる
一日降るかもしれない
雨がふる
静かな雨がふる
平和な日に
平和な雨が
   ふる

知らない地球   髙野信也



ああ 変わるのですね
みるみる
知らない地球になっていく
 
旧約聖書の場面のような
激しい地球になっていく
荒々しい姿が伝わってくる

べつに地球は困ってません
ましてや
森から出たばかりのサルに
助けてなどと
願うはずなどありません

環境問題 温暖化
止めようが 止めまいが
そんなの全部 こちらの都合

ただ
ヒトの知らない地球の上に
ヒトの居場所は
ないでしょうから

知りつつも 滅びた 愚かな種
いつか
そう呼ばわれることでしょう

2017 愚の6月   髙野信也



忖度 そんたく ソンカ トクカの 不公平
自由競争なのに 結果が先にきまるのか

公共の仕事で許されないこと
そんなこと コドモでもわかること
 
過ちならば せめて すぐに認めろ
ばれたなら 素直に責任を取れ

右がやった 左がやってないと どちらがホントか わからない
もし 教室でそれが 起こったなら
子供らは きちんと 話し合うだろう
おとなのくせに 情けない

中間報告は 途中経過 最終まで待つのがあたりまえ
数があるなら 余裕なら 最後まで丁寧に動け

国際社会 国連サイドが不安視して忠告してくる悪法でも
そちらは まったく ソンタクしないか
姑息に抜け穴ぬけたら そこは内閣改造だ
前任者のやったことだから そうやって逃げるのか

心の汚さ 大人の暗黒面 世に決して珍しいとは言わないが
せめて隠せよ

そうしないのは
ひらきなおって 恥 忘れるのは
なおさら 罪深いことなんだよ

木造駅舎の秋   晴  静



レールが続いていました
ゆらゆら逃げ水みたいに続いていました
トンネルの方まで続いていました
桜の青葉が映っていました
入道雲が真っ白に睨みつけていました
汽笛が灼け切った空気に響いていました
トンネルの内に響いて消えていました
風が吹いてきました
裏の山から吹いてきました
青葉を揺すっていきました

桜の紅葉が映っています
筋雲が茜色にささやいています
汽笛が涼しさ超えた空気に響いています
トンネルの内に響いて消えました
風が吹いてきました
裏の山から吹いてきました
紅葉を震え引き離していきました
一葉一葉また一葉
落ち葉になって重なっています
レールが落葉を冷たくしています

秋が一段一段また一段落ちていきます

勤めの朝   佐藤勝太



朝の太陽に私の眼は覚めて
付近の光の中
春の緑が今日を導いて
一日の使命を自覚させる

道端で芽生えた草々が
濡れた顔で
私に元気をくれて
脚を急かせて
今日の仕事を導いてくれる

おはよう今日もよろしく
一斉にあいさつが力となって
それぞれの机の上は
書類とパソコンが動いていた

そんな同時代   ハラキン



仄かなライトだけで暗号を書いている
暗号まわり以外は
底知れない闇に接している
このように深閑なとき
その微小昆虫はあらわれる
どこからともなく
どこからでもなく

この俺のどこから
心はあらわれるのだろうか
と他人のように書くときは
心が俺のどこかにあったとしても
俺そのものではないと区別している

あらゆる事象を擲ったままの同時代
かぞえきれない歴史も擲ったままであるし
心のありかも
数千年保留になっている
これからの数千年も
結論は出さないだろう

お台場の無国籍な水辺を
DC一五〇年の中論学者の影と
共に歩くともなく歩く
歩きながら相手をまちがったと思った
心のありかを語り合いたいのだったが
この影は心なんかにこだわっていない
空性を説いているのだった
とこしえの実体などは無いと

きみの心はどこにあるのか
「ことばでは言いあらわし得ない
有って無いようなものだ」

心は脳のライバルだ いや
敵かもしれない
人生なるものの手柄を
すぐに持っていかれそうになる
だから脳は
いつも心をおのれにすり替えようとする

微小昆虫
(カゲロウ類やダニ類)
胸を締めつける
深閑なときにあらわれると
幽けしサイズなのに
その存在感に慄く
しかし彼の脳は
我が親指と人差し指ですり潰しても
なんら手応えがないだろう

心の話題になったら
微笑になり
倫理になり
表層で共感し
心のありかを擲ったまま
俺の微小昆虫の殺生も擲ったまま
あらゆる事象を擲ったまま
ひたすら流れていく

そんな同時代に生きた

ドンゴロス袋   ハラキン



 廃墟のような建築物の木戸を開けると シネマが唐突に現れた。シネマ以
外は深い暗部でほぼ何も見えないが どうやらこの空間には 客席というも
のが無い。無いというより撤去したのだろう。床は三和土で 観客たちは地
べたに膝を抱えてすわったり 雑魚寝してシネマを観ていることが 暗闇に
目が慣れてくるとうっすらと感じられてきた。三和土は人々の五体で覆われ
ており 移動するための「通路」に当たるものは無い。すわる隙間を求めて
俺は手さぐりで移動し 何者かを踏んだ。どこの馬の骨か知れない踏まれた
男から どこの馬の骨か知れない俺への怒号 怒号に対する怒号。
 名高いカンフーの名画は喧嘩のシーンで 主人公が絶体絶命の危機という
クライマックスとなっていた。おれが助けてやる 待ってろ! 黒い影が立
ち上がり 荷が詰まったドンゴロス袋のような人体たちを踏みつけながら 
シネマに向かって走り出し 銀幕の向こうへ消えたと思うやいなや シネマ
に登場した。作業着の中年男に野次と歓声が浴びせられ 後に続く者どもが
次々とシネマに入っていった。それとともに観客同士の小競り合いがあちら
こちらで生じ 三和土の空間が現実なのか いやシネマの中が現実なのか 
いやいや両方を包んだ小宇宙が夢まぼろしなのか 俺は混沌としていた。こ
の俺も夢まぼろしなのか。
 俺はドンゴロス袋をいくつも踏みつけながら出口に向かい 木戸を開けて
夜ふけのドヤ街に出た。雨が降ってきた と思う間もなく誰かの怒りのよう
などしゃ降りになった。現か夢か不明の俺はどこかへ走り出し 後ろを振り
返った。簡易旅館ばかりで さっきまで潜っていたはずの名画館らしき建築
物は見当たらなかった。

無常のたわむれ   ハラキン



かげろう立つ巨大な十字路の
信号が青に変わった
人々がいっせいに動きだした
無常というかげろうが踊った

かげろうに揺れながらも
ひとりの老婆だけが動かず
スーパーマーケットのレジ袋を
開けたり閉めたりしている

かげろうに
人間 クルマ 建築物が揺れるスペクタクルと
レジ袋が発する耳ざわりなノイズが
しばらく続いたのち
老婆の一挙手一投足にもどった

何をさがしているのか
本人もわからなくなるときがあり
開けたり閉めたりという
反復の行為そのものによって
世界の無常は滞った

紅い百日紅の並木も
さざめかなくなった
と そのとき老婆は
お目当ての「わが魂」をみつけたようだ

彼女が歩きはじめて
世界の無常は元気をとりもどした
人は花物
すべては移ろいゆく

先に咲いた百日紅の花が
しぼんで散りゆく一方で
次の蕾たちが
もうすぐ音を立てて開きはじめるのだ

みちのく六年目   牛島富美二



海へ行った
碧々(あおあお)とした波がくねり
砕けた白波がわめく
わめきながら砂に落とした
波粒があちこちで煌めく
煌めく砂浜を幼子家族が走り回る
波が追いかけては呟く
ああ海が詫びている
ああ海が謝っているみちのく浜辺

山へ行った
鮮やかに若葉がしたたり
白百合たちは化粧(けわい)している
けれども風がそよぐと
ひっそりと若葉はしのび
白百合の香気がふっと包み込む
すると鶯も杜鵑(ほととぎす)も
山いっぱいに谺し合う
ああ山が詫びている
ああ山が謝っているみちのく谷間

庭に畑を造った
春菊も山葵菜(わさびな)も赤蕪(あかかぶ)も
揃ってよく水を呑み
揃ってよく陽を浴びる
蝶も舞い蚯蚓(みみず)も顔を出すけれど
春菊たちは伸びに伸び
揃ってよく身を横たえ
揃ってよく軋(きし)み泣く
ああ地(つち)が詫びている
ああ地が謝っているみちのく農土

古新聞   中西 衛



さくら散る
―宴のあと
紙屑が散らばっている
尻のしたに敷いた古新聞や
弁当を包んできた紙類

どこかで見た
古新聞紙を積んだ車が
アパートの前に止まっている
毎日出てくる新聞は
好奇心をうごかし
新鮮なニュースを伝える宝箱だが
時期を失った広告や記事は
時間とともに劣化し
やがて紙屑となって
古新聞にくるまって
どこかの再生工場へといくのだろう

宝石の行方や
無くなってしまった
清らか子供の愛を伝える
きわどい戦況報告から
交差する人影が透けて見える
酔っぱらった男女の
花見の宴のあと

Liberté(自由)   佐古祐二



頭にピンクの羽根飾り
というより
燃え上がるほのお
真っすぐ
空へと咲く花
フレンチ・ラベンダー

如雨露で降らす

花弁に留まる
透きとおった水玉
世界を小さく閉じ込めて
光り輝いて

 アルバムの赤茶けた写真
 軍服姿の父
 戦争の話はせずに逝った
 話したくもなかったか
 今
 政府は
 人びとを欺罔して
 一般人の内心を処罰しようとする*
 戦時中の隣組さながら
 相互監視させて
 政治批判の声を封じる

人びとの自由な声

明日へと向かって飛ぶ
白い蝶の群よ!



                 * 共謀罪法案

帰り道   加納由将



はじめて一人で阿倍野から電車に乗る
電車の最後部に車いすを固定はした
切符は横につるした袋に入っている
どうも気になる
手に持とうと少し出てるところを
引っ張ろうとすると
せっかくスマホに抑えられていた
端っこだったのに
スマホが動いて
切符は袋の底に落ちて
自分の不随意運動の
手ではどうにも取りようがない

どうしようか見まわしていると
車掌と目があって
合図を送るとドアを開け
頼みを聞いてくれ
切符を手に持たせてくれた
操作をしないほうの手に握らせてもらうと
安心したのか睡魔が襲ってきた
勝てなかった
気が付くと駅についていて
ホームに降ろされていたほうがよかった

電車の中で母に大声でたたき起こされて
駅員の薄ら笑いを見ながら降りた

風はどこへ行く   関 中子



呼び止めたでしょ
えっ 間違い
口を隠す

呼び止めたことばと手放したことば
もつれた香りを巻き込んで
消えた

しっかりした持ち手がいなくなって
きのうの夢みたい
わたしはちょっと肩をすくめた
風の後ろにわたしを重ねた

もう一度見ることはできない
なら聞きとがめもしまい
どうぞゆくままに

少しばかりの贈り物で まなざしをくるみ
すくめた肩をしばらく乗せて
驚いたわ

風はどこへ行く
不意をひとかけらすくって
どこかへ落としてしまうのに気になって

秋の裾   木村孝夫



秋の裾を誰かが踏んだので
転びそうになった
転ぶと秋は小さくなって
冬へと一回転するから
何とか踏みとどまった

秋の色は人々を感嘆させるから
長い方が良いのだが
冬からも
暖炉に薪を入れて待っている と
便りが来ている
いい季節は短く
いやな季節はいつもせっかちだ

秋の色は
山頂から中腹へ
そして人の住む平地へと進んでいく
田んぼで稲穂のもみ殻を燃やす
煙が立ち上がる

冬が足を踏み入れてくる
ここで秋と冬は待ち合わせて
冬鳥へとバトンを渡す
そして 秋は
カレンダーの裏側へと去っていく

低く空を飛ぶ鳥を眺めている
バトンを受け継いだ鳥は
冬の方角へと方向を変えていく
一直線ではない
旋回しながら少し斜め上の方向へと

秋の裾を誰かが踏んだのは
冬へのシグナルだったのだろう
あの日から秋は小さくなっていった
大好きな絵本はあと残り一枚
その中でクシャミ一つする