美しい本作りならおまかせ下さい。自費出版なら「竹林館」にご相談下さい。

出版社 竹林館  ホームへ戻る

  • お問い合わせ06-4801-6111
  • メールでのお問い合わせ
  • カートの中を見る

167号 私の好きな愛の詩(うた)

167号 私の好きな愛の詩(うた)

席   吉田定一



どうぞと、恥ずかしそうにおんなの子は
おばあさんに 車内の席をゆずる

ときおり見かける その光景は
とても瞳(め)に まぶしい

そのように 小鳥の小さなむくろも
生にその席を 仲間にゆずっているのかもしれない

昨日が今日に 席をゆずりわたして
現在(いま)が 在るように

いま在る自分の席は
だれが密かに 用意してくれたのだろう

――そのことが哀しいまでに まぶしい

何処からともなく 舞い降りてくる
小鳥の かすかな羽音にも

きっと 何処かに
どうぞと、小さく声のかかる席がある

テオフィル・ド・ヴィオーへのオマージュ   井田三夫



その倒錯的ヴィジョンとともに
われら現代人の眼前に
衝撃的逆さ世界を
投げつけたフランス・マニエリスム詩人
テオフィル・ド・ヴィオーよ
そなたは二十世紀ダダイスム
シュルレアリスムを予告し
その魁(さきがけ)となったが
そなたのナンセンス・イマージュと
脅迫的ヴィジョンは
われら現代人が明日にも
遭遇するかも知れない驚愕世界の有り様を
あり得る世界のおぞましい赤裸々の姿を
すでに予感していたのだろうか

  そこの小川は源泉(みなもと)に逆流し、
  雄牛が一匹鐘楼によじ登り、
  血潮がそこの岩から流れ出し、
  まむしは雌熊と交尾する。
  古びた尖塔の頂で
  蛇が禿鷹を喰いちぎり
  火は氷の中で燃えさかり、
  太陽は真黒になった。
  月が墜落していくのを眺め、
  そこの木は場所を変えてしまった。*

テオフィルのこの逆さ世界が
この不可能事(インポシビーリア)が
今日にも可能事(ポッシビーリア)とならないという
保証が一体どこにあろうか?
十七世紀初頭のこの牢獄詩人は
モンゴメリー塔獄の薄暗い独牢にあって
焚刑の火焔に怯(おび)え慄(おのの)きながら
四百数十年後のわれらに
そのことを黙示しようとしたのではなかろうか



   *『テオフィル・ド・ヴィオー全集』(国文社、井田三夫訳、三〇二頁)

愛生(アオ)   はやせさとこ



夏の盛りの台風の日
君は揺れる葉を眺めながら
私に問うていた
風の存在を
それをまだ知らない君は
あの葉は生きてるのか?
と問うた
目に見えないものを教える難しさを
教えられたのは
今日も私だった

君はまるで幼い日の私のよう
あれは何?
どこから来たの?
何になるの?
答えがないものを見つけては
答えらしきものが見当たるまで
夢中に追い掛けてみたりして
君もやがて辿り着くのだろうか
かつての私のように
命は何? という問いに

その時、私は
何を教えてあげられるのだろうか
その時、君は
愛に生きてくれるだろうか

風鐸   青山 麗



見晴るかす国原に根づいた
巨樹のような五重塔の軒で
小さな鐘のような風鐸が
シルエットになって
蒼穹を背にカランカラン
金属が奏でる軽やかな
天にも通じそうな神秘な音色
いつかも聞いたことがある
十年や二十年前ではない
遥か昔のこと
それは生まれる以前だったかもしれない

記憶の奥底に
カランカラン
風が鳴る
風が薫る
風が煌めく
遠くて近い
千年前の蒼い空

声   佐古祐二



各駅停車の列車のなかを風が吹いていました
風をつたって車内放送が聞こえます
その女性車掌の
 次は〇〇駅に停まります
 まもなく〇〇駅、〇〇駅~
 〇〇駅です
の声
駅ごとに流れるアナウンス
……………
事務的な伝達だけのものであるはず
それなのに
素敵で愛おしい


乗客もまばらな静かな車両のなか
美しい蝶のように飛翔する


終着駅に到着するまで
わたしは眼を閉じて耳で追いかけていました

小詩篇「花屑」その11   梶谷忠大



  氾 濫

処暑とまではゆかないけれど
天高しを仄めかせて青空が広がり
すこし強く色なき風も吹いてゐる
木々の梢の葉がしきりにさやいで
かなかなやおしいつくが鳴き始める
きのふまでの荒天が嘘のやうに

私が遊行と称して出歩くとき
河を渡つたり河に沿つたりして歩く
さうして詩句の破片を恵まれる
河はその地方の風土を特徴づける
どの地方にも文化や暮らしに結びつく
河川がある

河の氾濫は河の反乱ではない
河が田畑や街や人々を守れなかつた
自然の異変が治水の能力を越えたのだ

九州北部地方が豪雨に襲はれた
英彦山川を合流し南北に流れる遠賀川(おんががわ)
東西に横断して流れる筑後川
縄文・弥生さらに近現代をつらぬき流れ
沃土・鉱山そして流通を支へてきた河が
氾濫した
北陸秋田の高雄山から見下ろせば
秋田こまちを育む青田をつらぬいて
くの字なす明鏡のやうに流れる雄物川が
氾濫した
近畿地方の水甕と呼ばれる近江の海琵琶湖
その奥に羽衣伝説の伝はる余呉湖がある
北陸道を余呉湖へ向かふ途中
古戦場姉川や高時川を越える
その姉川が氾濫した

起伏を均しゆるやかにするという拡散を忘れ
集中と局所に執着する天候気候の
熱中症のやうな現象を心配する
国家と民族の名のもとに
自己抑制を忘れ人倫を忘れた
為政者たちを心配する







  追 憶       梶谷予人


山車の稚児天動説の空めぐる

ぶらさがる青木うれひの莢豌豆

少女子のねがいは螺旋ねぢれ花

誓子句碑へ呟き交はす文字摺草

英彦山(ひこさん)に息づく木霊久女の忌

安達太良山(あたたら)に智恵子のこだま連翹忌


            (筆者注…連翹忌は高村光太郎の忌日)

未来   日野友子



よっちら よっちら
ガニマタで地面を踏みしめながら
未来が歩いてくる

一歳になったばかりの孫娘 ゆりこは
未来そのものに見える

未来は おぼつかない足どりで
しかし 一足ごとを楽しむように
よっちら よっちら 歩き
気になるものを見つけると
ふいっと道を折れ
とてんっと尻もちをついても
また 歩き出す

彼女は
好奇心に満ち だけど怖がりで 意欲的で
そして なかなかの利かん気だ

その両親や 祖父母たち 両親の兄弟たちに
どこか似ていて
でも まぎれもなく
誰でもない彼女自身
かけがえのない個人 そのものだ

こんなふうに命は受けつがれ
未来は日常にほんわりと混ざりこんでくる

Commedia(コメディア)   葉陶紅子



藍青色(ラピスラズリ)の闇 2分する綱渡り
銃口は向く 雷光の瞬

空色の消えた大時計(クロック) カチコチと
無言の闇の 視線を刻む

壁つたう影は 獣のかたちして
馬乗りになる 尻尾を上げて

仮面の下に名前消し アルレッキーノ
昼夜混ぜて 舞台で笑う

壁は裂け星は飛び散る 滴れる
血の海 闇を溺れさせつつ

アーモンドの目をした少女 頚伸ばし
眠ったままで 子供らを生む

太陽と月さす針は 別々に
世界を回る 牧人だけの

霧の中の木   葉陶紅子



舞う雪の空 眺めやる者たちの
トルソのごとき 間(あい)を抜けゆく

辺境に 垂れ籠(こ)む霧の中に彳つ
ひと本の木よ なれに逢わんと

越境し 路頭に惑う少年と
同じ目なざし 年は旧りても

いずこでもよそ者なりき 安らぐは
おのが言葉を 紡ぎえた時

白を着て浜辺に並び 夏空に
踊る人々 柔き目なざし

人々も去りて 残れるなれ独り
夏の邸宅(すみか)は 打ち壊れぬる

皮膚の下 夏空抱え歩み来ぬ
霧中に彳てる ひと本の木へ

夏のあと   加納由将




積木遊びを続ける
懐かしい声が
聞こえた気が
表に出たが
何も見えず
遠くの街灯が
点滅して
一匹の
蝉が鳴いたまま
地面に落ちた音が
聞こえた
急に悲しくなって
また
積木遊びに
戻っていった
翌朝
街灯の下には
なにもなかった
ただ
アスファルトが黒く
蝉のかたちに白かった

光について   清沢桂太郎



 神光あれと言給ひければ光ありき
聖書は述べる

仏教では
ひかりの佛と
佛のひかりが説かれている

私が初めて
光について知ったのは
小学生の時だった

光は一秒間に地球を七周半し
太陽を出た光は
地球に届くまでに八分十九秒かかると
図鑑に書いてあるのを読んだ

その時は
もし太陽が消えたとしたら
瞬間に光が見えなくなるのか
八分十九秒間は光が見えるのかを
疑問に思った

しかし
何故光は一秒間に地球を十周しないのか
あるいは 何故二周ではないのかという
疑問は持たなかった

光は波の性質を持ちながら
粒子の性質を持ち
粒子の性質を持ちながら
波の性質を持つ二重人格者だ

光が
真空中を秒速三十万キロメートルの速度で
進めるという事実は
「場」という物理学概念で説明されるが
私にはまだよくは分からない

ただ分かることは
光は真空を通ってでも
秒速三十万キロメートル前後の速度で
宇宙の隅々に到達できるということだ

だがこの宇宙には
光が到達するのに
数十億年 百数十億年かかる星がある

それでも光は
この広大な宇宙のほんの片隅に位置する
天の川銀河の中の太陽系の
さらにそのほんの片隅に生きている
小さな私にも到達して
私を照らしている

私が
私を無明の闇から解き放ってくださいと
言おうと言うまいと

及ばぬ思いのために   関 中子



ほつれた影は
互いの由にうねる
詩を忘れた肋骨を風が抜ければ
消え入りそうだが
名づけられない香が影を薙いで少し先に着く
細く裂かれた舌先をわたしはきのうのことばで迎え
一心に楽しみを連ねた
強ばった筋には昔のことをふりそそぎ
 夜はこたつに足を突っ込んで桃春に乗り込もう
 しずかな悲しみは背中合わせになって安らごう
 昼は陽のあたる縁側に出て
 陽が徐々に後ずさるのを眼を閉じたまま感じる
格別変わったことではないが
詩を忘れた肋骨に眼を開けても
何ものかの影にわたしたちは眠り込んでいたのだ
 忘れた詩は 庭では桜が大樹となり
 夏にはどれほどの大きさになり
 わたしとわたしになる家を包むのだろう
 文字の手前で思いはあふれ波を薙ぎ波を薙ぎ
陽は傾く
影は空のうろに見え ことばも越しがたく
わたしはまだ重く それで風を弾く
肋骨の舟を仕立て
軽い飛翔したがりがちな忘れものを肩を回して拾い
詩の間(ま)を揺れる
何ものかに贈るほかない間(ま)
及ばぬわたしを愛しみたいばかりに

フィクション   ハラキン



俺には叙情が無い。詠嘆が無い。無いというよりも 俺
のどこかに閉じこめてある。叙情にとりくむと 人生に
囚われ 想像力が人生の想像力に過ぎなくなってしまう
のではないか。
閉じこめてあるのはあくまで叙情、詠嘆であって。人生
は閉じこめられない。だから何名もの自我が俺と数ミリ
ずれながら ありとあらゆるシーンであらわれ 俺に話
しかける。アイツヨリモオマエハアタマガイイ。ソレハ
オマエノテガラダ。ジブンノナマエヲレンコシロ。など
としつこく煽るので 俺はいつも自我に殴りかかる。
解剖室のベッドにやすらかに眠っている俺の死体を 俺
は真上から見下ろしている。シーツが外され全裸になっ
た。ホルマリンが注入された。見下ろしている俺 いや
もはや「俺」じゃないのか だから数ミリずれる自我も
あらわれないのか? ペリペリと皮膚がていねいにはが
されていく。夥しい神経とか血管が露わになった。この
ありさまを野次馬のように見ている「俺」はいったい何
者か? はがされる痛みはもちろんない。自分の死体に
たいする名残惜しさもまったくない。「俺」は無垢な心
なのか? 月並みだが魂なのか? 中有なのか?
何者にせよ幽体すなわち遊体なので 遊戯三昧 生前か
ら気になっていた或る廃寺に向かった。僧形は見当たら
ない。うす暗い本堂に入る。幽体の気配を感じたか カ
マドウマが数匹飛び跳ねた。と同時に 埃をかぶった十
一面観音が大声を発した。そして呵呵大笑した。観音の
背後にまわると やはりそうだ 化仏の暴悪大笑面が 
 「俺」のウソを暴き憎々しげに笑いとばしていた。
「俺」のウソ。フィクション。ハラキンのフィクション。
ハラキンのフィクションだが 世界のフィクションでは
ないかもしれない。世界のノンフィクションかもしれな
い。とはいえやはり叙情が無い。詠嘆が無い。素敵な恋
の駆け引きが微塵もないから愛されない。愛されないど
ころか コンナノポエムジャナイ!か。とまれ異端の
「遊体」として コトバの実験でなくポエムの実験を倦
むことなく重ねて重ねつづけて死にたまえ。

無題(或いは絶対の否定)   ハラキン



あなたの鼻は
正面の鼻と
横から見た高い鼻と
ななめ上から見た鼻
三つもある
三つも鼻のあるあなたを
いったい誰が見たのだろう

そのような
平面の世界の
いつものカフェに
あなたはすわって
足を組んで
けだるく煙草を喫う
三つの鼻からいっせいに
紫煙が出てきた

絶対の鼻なんか無い
と言いたいのか
いや
あなたの鼻を見る
絶対の視点なんか無い
と言いたいのか

あなたの口だって
いくつもある
正面の口からは
俺を褒めたたえる発言があり
ウラがえしの口からは
俺を呪詛する大声

絶対の口なんか無い
そうではなく
絶対の言葉なんか無い
ということだろう

あなたのまっかな口紅が
いま白黒になった

あなたも煙草の煙もカフェも
白黒になった

絶対の色彩なんか無い
まっかな口紅は
まっかではない

世界はいったん脱色し
すべて保留となり
瓦礫がよこたわる更地になった
更地の中央で
俺は
言葉以前の豊饒な音声で
丁重に挨拶を述べた

木造駅舎の冬   晴  静



レールが続いています
やわらかく光って続いています
トンネルの方まで続いています
桜の小枝が裸のままで映っています
雲が日差しを薄っすら透しています
汽笛が力を抜いて聴こえています
トンネルの内に響いて消えています
軒の氷柱が固さをほぐしています
列車が見えています
ほっとした顔立ちに見えています
トンネルに吸い寄せられています

風が吹いてきました
裏の山から吹いてきました
映った小枝が震えました
汽笛が響いて凍えました
氷柱の芯がキュッと固くなりました

忘れ物でもしたのでしょうか

あればお届けしますのに

冬があわてて引き返してきました

退院   秋野光子



紅いばら
黄色いばら
ピンクのばら
白いばら 黒いばら
窓ぎわに咲き

見舞客の 心の色を染め
あの人の心の色に 染まり
色いろな組合せに 束ねられ
部屋中 花ざかり

クーラーの前に さかさまに吊られ
ひと月 ふた月
咲き競っていた頃の 色をとじこめ
セピア色になり
それぞれの人の香りを
かすかに 漂わせ
カスミ草は 枯れても白く

あの人は 一つ
左胸に 深い
深い空洞を 彫りこんで
元気に 退院しました

あの人の残された
右の乳房の 慟哭と
あの人の失った
左の乳房の 疼きを
ばらの花と
カスミ草でたばねた
大きな花束は
痛いです

私は
あの人の元気な姿が
うれしくて
ドライ・ばらあ を
胸いっぱい もらいました

恒星の死   藤谷恵一郎



ひとつの命が青く光った夜
遥かの星がひとつ消えたのでしょうか
命が生まれる以前の昔に消滅した星の粒子が
地球に届いた夜でしょうか
宇宙の深い底で
星と命の感応なのでしょうか

海辺の村で
山里の集落で
森の中の小屋で
砂漠のテントで
瓦礫の中に眠る子どもの胸で
大都会のビルの一室で

いくつもの命もまた
青く光ったのではないでしょうか
孤独の殻を透かして
未来の神の美しい足跡として

六年目の明日   斗沢テルオ



街中(まちなか)の交差点の対角
少年たちが大きな声を張り上げている
「忘れんな! 約束だぞ!」
「お前こそ忘れんな! 明日だぞ絶対だぞ!」
行き交う車の音に
かき消されないよう体いっぱいに
対角の相手にむかって
明日の約束を誓い合っている
あゝなんと美しい光景だろう

あの日も
数え切れない明日の約束
交わされていた
誰もが当たり前に明日が来ると
思っていた

あの日の約束果たせないまま――
六年目の明日――2017・3・12

初老の妻に贈る懺悔の詩   斗沢テルオ



ハグしてほしいだけなの――
俺は戸惑う
オキシトシンがでるんだって――
そうか俺にはそんな力があるのか
若いころは空気になってほしいと言われた
やだよ男でいたいよ と返した
空気は一番大事なものよ――
だからなんなんだよと 返した
夫婦喧嘩の最後の締めはいつも泣きながら
駆落ちまでして―
あんなに親に心配かけて――
今になってこんなんで――
お父さんお母さんに申し訳がたたない――
俺はもうなにも言い返せない
俺は優しくない男だから
深夜隣の布団で
押し殺したようにシクシクと泣くうわ言を
泣き終るまで聞いているだけしかできない

背中流してほしいだけなの――
一緒に風呂なんて新婚以来か
俺は背中に泡をたてた
ふたりで湯船に浸かった
初老の裸を久し振りに見合った
次いで出てくる言葉が互い予想できたので
俺は黙って
六十三歳の裸を六十三歳の裸で
ハグをした

昨夜の夢   根本昌幸



昨夜、おれの頭に浮かんだ
イメージはなんだったのだろう。
もう思い出すことは出来ない。
無理をしても起きれば良かったのだ。
それが出来なかった。
あの美しいイメージ
それだけは覚えている。
あれは只の夢だったのだろうか。
否、違う。
そんなものではない
そんな夢物語りではない。
あれは現実のことだ。
現実のことなのだが
もう記憶から消え去ってしまった。
起きてメモを取ることも出来なかった。
故郷を離れて七年になる。
懐かしさだけが頭の中を
かけ巡って行く
それを掴まえなくてはならない。
何故 それが出来なかったか。
夢なのか
現実のことなのか
二つの過去のことなのか
その二つの判断が
おれには出来なかっただけのことなのだ。

〈浅き夢 深き夢見よ 今のおれ〉

あの時の骨は   木村孝夫



脳腫瘍との長い闘いがあった
四十六歳の若さで
脳腫瘍と向き合ってきた彼女は
五年の余命を十一年間頑張った

腫瘍は大きくて
全てを取り切ることは出来なかった
取り残した箇所に放射線治療を
二十回近く行って退院した

手術から十年目になろうとしていた時
歩いていると足がもつれて
急に倒れるという症状が出てきた
再発だ それも同じ箇所に

すでに放射線治療は
一生の回数の限界まで行っていた
これ以上の放射線治療は無理ですと言う
ドクターに何度も頭を下げた

五回の機会を与えられたが
五回追加しても脳腫瘍の大きさは
小さくならなかった

最後の一年は
彼女の希望もあり
家での投薬治療に切り替えたが
放射線治療による脳の萎縮で
多くの幻覚が襲ってきた

真夜中にむくりと起きだして
「女がいる
玄関の靴入れの中に 押入れの中に
クローゼットの中に」と言う

起きて二人で一つずつ確かめる
「上手に隠したのね」
「いることは知っているんだ」
と 断定してくるのを
なだめすかしベッドに寝かせる

決まった時間にやってきた
病気は人格まで変えてしまう
毎晩のように
「女がいる」場所を
二人で確認した

今度は「私のお金がない」と言う
私の引き出しから盗んだと
激しい口調で詰め寄ってくる
その時の顔の形相は
今でも言葉にはできない

引き出しを二人で探すと
奥の方に財布があった
「上手に隠したのね」と
彼女の疑問は
増すばかりだった

睡眠不足が
毎日のように続いた
どうしようもなくなって
彼女のベッドの横に
簡易ベッドを置いて眠ることにした

蛍光灯を消した後の
白い灯りは人に見えるらしい
「お金を狙っている」と言う
不自由な体を起こしてやると
財布の中を数え始める

数えている途中で
分からなくなるから
その怒りが
何度も投げつけられた



骨は生きていると思った

昨夜遅くに
カタカタと玄関の扉を叩く音がした
風の音ではなく
話したがっているように囁く音だ

夢の中のできごと
そう思いながらもその前の晩も

一方的な音でも音は人の気配だ
引きずるような音であったり
言いよどんでいるような音であったり

あの音は
間違いなく彼女の骨の音だ
最後の時に箸で拾い上げた
彼女の骨の音だ

疑問だらけだったが
あの時の骨は生きている
戻ろうとしているのかも知れない
それにしても悲しい音だ

かぞえてみれば   神田好能



本をひらいて
嬉しい時間
あっ メガネが無い
うーん うーん
詩を書くつもりの
嬉しい時間がきえてゆく

せっかく楽しい時間
嬉しい時間がきえてゆく
老いというものは
なんでも無くなる
せっかく作った時間も
消えてゆく

おしるこの嬉しい時間
あっ ペンがころがった
ベッドの下まで
ころがっていったペン

市長も総理も   丸山 榮



悲しくて 恥ずかしい
この市は どうなるのだろう
市長の奥さんが詐欺をして せしめたお金が三億七千万以上なんて
家業の石屋を継いだ奥さん名義の借金で もう離婚しているから
関係ないんだって 一緒に住んでいるっていうのにさ
ところが どっこい
市の職員の採用試験で 不正をし 受け取ったお金の証拠が見つかって
市長・校長・坊様が 揃って塀の中に入ったなんて
市長になる時も 諸々の税金が払えなく 差し押さえられていて
それも借金して それでもって 支払ったんだってさ

市長になったときも 前の市長がきめていた 上野千鶴子氏の講演をキャンセルし
それが全国紙に書かれると ブーイングがまきおこり
あわててキャンセルをキャンセルし
なんともみっともない スタートだったんですよ
どうも市長は 前の市長のやったことが いちいち気に食わないらしく
エコカーだった公用車を あんちゃんが好きな 黒塗りの車に変え 机も新しくし
エヘンとかまえていたのでしょう

前の市長が 市役所の跡地に 子供も大人もゆっくりと憩えるような 木造の
図書館を造ろうとして 基礎工事までしていたのに これも キャンセル
いまだに更地のままで 駐車場なのさ
ここは 山梨では 一等地なのに なんとも もったいない ことで
笛吹川にそって 万力公園があって 古典部の人達が 苦労して 万葉の森に
変えようと 万葉の歌に出てくる草花を植え 落ち着いた空間をつくったのに
それらの草花も引き抜かれ 今では 松とあじさいがさく
普通の林になってしまうとは
文化の香り漂うこの山梨の財産を 次々に消してしまうなんて
総理は じい様の考え一筋に 歩きはじめたその先は
何だか心が暗くなるものばかりで
総理のじい様は塀の中にいた 戦争犯罪者だったんだよ
そのじい様の考えを叶えるために つぎつぎと 法案をひねりだし
人事権がある総理は 好き嫌いで 行政を管理し 役員人事も思いのまま
もり・かけ問題は 奥さんを国民の前から 消し去って のほほんとしている
なんとも かんとも 上も上なら 下も下

こんな 日本に だれがした

<PHOTO POEM>
からっぽのベンチ   水崎野里子



あるところに いつも
からっぽのベンチがある
小高い坂の上

白いペンキの 金属製のベンチ
草花の蔓がダイナミックに
からまるデザイン

蔓の間に隙間があるから
雨も流れる
溜まらない 隙間だらけ

昨日は小雨
ベンチは涙で濡れていた
座らなかった 通り過ぎた

今日は晴天
ベンチは乾いて日が当たる
でも 座る暇がない

誰が座るの?
ベンチさん? 空気?
日の光? 雨の涙?

いつか 座りに行くわ
誰も座らない ベンチさん
私が座れば きっと

幽霊が来て座ってくれる
数限りない人々の
思い出が座る 息をしてくれる

座りましょう 一緒に 二人で
いつか会えなくなった あなた
遠い時間の影となって

明日

働く手   水田 雪



日々の生活の中に
守ってゆきたいものがある

それは
色も
形も
大きさもわからないけれど

きっと何よりも力強い

escape   中島(あたるしま)省吾



しょうちゃん、ぼやぼやしていたら遅れるよ
しょうちゃん、ぼやぼやしていたらとられるよ


ここは小学校の教室
しょうちゃんは今日別の教室で特別授業を受けています
そこには麻衣ちゃんも受けています
同じ頭なのです
麻衣ちゃんはグーグーと鞄もほり出して授業も聞かず夢の中
しょうちゃんは麻衣ちゃんが世界一大好きでした

教室の外では泣いて本心愚痴っている声がします
T君がぼやぼやと麻衣ちゃんがいないことを念頭に思って
職員にぐたぐた本当の姿を教室の外で見せています
T君も受けていったらどう?
特別授業の部屋の先生は言いました
うっとおしいなあ、いやや、
T君は貪欲にも先に無作法に自分の教室へ帰りました

しょうちゃんと麻衣ちゃんの中には少なからず絆の端くれがあります
今は周囲に邪魔をされて連絡が取れなく拒否られていますが
一時期麻衣ちゃんは土曜日の晩に食事行きたいとか言って来たり
いつもの詩集のプレゼント持ってきてとか電話で言ったわがままな女の子です
しょうちゃんにチャンスをくれていたような
モーションをかけていたような
しょうちゃんはしんどいとかいってほったらかしでした
麻衣ちゃんから電話をかけてきてしょうちゃんとの不思議な
毎晩、深夜、早朝の電話がありました
毎朝、出逢った瞬間にキスする約束もありました

麻衣ちゃんはグーグー寝てます
静寂の二人っきりの特別授業です
しょうちゃんも麻衣ちゃんを見習って寝かけです
その時、特別ルームの先生がT君もつれて来たらどうと
T君が帰った後に自分の教室の先生がT君が脳の病気でどうしようもないやろおといって
T君が帰った後に、特別教室の先生がつれてきたらどう、
そのことを自分のクラスの先生が聞かされました
自分のクラスの本当に担任の先生

しょうちゃんは焦りました
T君はしょうちゃんに助けられているわりにはしょうちゃんをいじめてきます
麻衣ちゃん、おきろおきろ、と
鞄の外のものを鞄に詰めてあげて麻衣ちゃんが起きました
麻衣ちゃん、escapeエスケープ!
しょうちゃんは麻衣ちゃんを起こして初めて男らしくescapeして
先生がどこに行くの、ほったらかしで
麻衣ちゃんを引っ張って外に出て一緒に帰ろうとしました
今から広島に行く
俺無投票の広島県の小さな市の市長になる
麻衣もつれて行く
新幹線の中で再び寝てても目が覚めたら
いや、白雪姫が目を覚ましたら広島のどこかの小さな市の市長の妻になって
オマエを、いや白雪姫を広島の市長の妻として
目を覚めさせてやる
特別教室の先生は、え、何のことですか? と、
脱走ぎわに、特別教室の先生は困っていました

麻衣ちゃんは薔薇の花
それもきれいすぎる赤い薔薇の花

とげがある でもしょうちゃんは冒険屋
とげがきれいです
光が差し込んだ草原の上まで逃れました
麻衣ちゃんはしょうちゃんにしたら神々しく光っている神の子でした

ヒバクシャからの伝言   今井 豊



長崎に向かう電車
携帯電話をいじくる中学生
時々、笑みもこぼれる
大人たちは目を閉じている

突然 皆の携帯が鳴り響く
核ミサイルが日本上空に
「避難してください」
「丈夫な建物の陰に」
「自分で身を守ってください」

真っ赤な閃光
私は溶けてしまった
深い闇を抜けると
長崎原爆資料館

ヒバクシャの証言を聞く中学生
私は広島 長崎に続き
ヒバクシャになったのか

核兵器禁止条約が国連で決議されたはずだ
被爆国日本はヒバクシャの念に応えたのか
核の傘、呪いの傘のなかにいる

私は目覚めても
無力で祈るしかないのだけれど
まだ ヒバクシャになる一歩手前にいる

中学生は奈良に帰り 家族でキャンプに
夜空の流れ星に誓いをした
「核のない平和な世界を」
受け継がれるヒバクシャからの伝言


        (原水爆禁止二〇一七世界大会に孫と参加して)

睡蓮   瑞木よう



簾に雨が落ちる
楠が雨に煙る
緑が淡く沈んでいく
池を覆う睡蓮にも雨が降る
あたりを降り籠め
音を閉ざし

土がぬかるむ
轍の跡が水で覆われ
耳を閉ざす

睡蓮の花の下では
魚が深く沈む
泥に潜り込むように
水面から遠ざかる
昔を今に隠し 淡く咲く紅色
水滴の行きつく先を測っている

やーね   もりたひらく



私って やーね
いつも
 なんで?
  なんだろ

転ばなければ
何かを
つかめない
なんて

やっと 見つけた   もりたひらく



大阪のカラスの鳴き声は もう ダミ声にしか聞こえない
生ごみを出す日の朝の鳴き声には 殺気さえ漂う

夜明けの花街 龍馬も通ったという 長崎丸山
ゴミ収集車は 群がるカラスを 空へと追い払う
シャッターを下ろした 無料案内所前は 人通りもなく

ひがな一日 海を眺めていたい
山下公園前のベンチに腰掛け はまかぜに吹かれて
カラスが二羽 ゆうゆうと 飛んでゆく
カア カア と鳴く 鳴き声は
ユーモラスに こちらに合いの手を入れてくる

赤い靴はいてた女の子の像
やっと 見つけた

問い   もりたひらく



なぜ
と 百万回 問いかけても
答えは たぶん 見つからない

わかっているのに
わかっているはずなのに
繰り返してしまう
懲りもせず

ひたひた と 闇夜が
また 迫ってくる

情炎   中西 衛



めらめらと舞いあがる炎

飛び散る火の粉
飛び来る蛾なく
乱舞する銀粉
燃え散る緋のころも焼ただれ
暗闇からあふれ出る
白煙 白塔立ち
人柱立ち尽くす

人形かぎりなく
天をこがし
舞い散る銀粉惜しげなく
燃え尽き
折り重なり
乱舞する蛾 散りに散り
真白なる顔まさに消え
直立する人柱のうえ
折り重なり

哀婉ひとしく
散り果て 面影うすく
上空の西風にのり
高く 遠く
舞いあがり
地の果てへ
妖艶の色彩もて

あたたかな肌色 肉色 面影
ふたたび
どこかで甦れ
しばしはその炎を心にとどめ

地(つち)の星の病   牛島富美二



夜となく昼となく自ら転(まろ)びつづけて
それぞれの国々に季節を送りながら
秒速三十キロのスピードでお日様を追いかけ
もう四十六億年を過ごしてきたそうな
だからこの楕円の地(つち)の星は
疲労が溜まりに溜まり
部分手術しながらも
まだまだ追いかけなければならないさだめ
寒さで身体を震わせたり
深呼吸も屈伸もしなければならない
これからさらに
三十億年も巡り続けるなんて
気力と体力を鍛えるためには
たびたび痙攣も起こすだろう

お日様もまた
灯りを与え続けて四十六億年
毎秒に六億五千万トン超の水素を霧消しながら
やがては惑星たちにさよならを告げるそうな
水の星・金の星・地(つち)の星までを抱え込んで
無限の宇宙に塵々(ちりぢり)になるそうな
他の星々は巨大な氷の塊となって彷徨(さまよ)い続けるそうな
お日様と同じ恒星が
宙(そら)には二千億個もあるというから
どうかこの地の星もその星の身内(みうち)にして下さい

ああ、もう六年も前になるけれど
この地の星が病に罹った身震いで
地の星の七割を蓄えている水は溢れ
地(つち)は裂けて
ある国は満身創痍
叡智の塊と呼ばれる人類が
水に地に数限りなく姿を消したが
この地(つち)の星の病を癒せる医師は現れるだろうか

静かな恫喝   髙野信也



教員免許研修 嫌なら免停
退屈だが 聞くだけでいいはず

見透かされた 教壇からは
仁王立ち 目の深い教授
唇動かず 静かに響く

法律を変えて
この国は 教育は
持続可能な社会の代わり
競争社会へ 舵を切ったぞ

長所も短所も同じだけなのに
諦めて 子らに格差認めて

負け組にかける 言葉を備えず
少数の勝ち組 ただ おだてる

先生がた それでいいのか?

政治の思惑に流されて
若い不安 ほったらかしに
自分の地位だけ守るのですか

 ああ ありがたい
 この人は本気だ

久しぶりの宿題は
未来を まるごと

 さあ どうする
 どこから崩す